深読み_スプートニクの恋人_第19話あ

『深読み 村上春樹 スプートニクの恋人』第19話「マルボロの箱」


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スナックふかよみ にて


パチパチパチパチ!(拍手)

すごーい!かっこよかったー!

二人とも息ピッタリ。やっぱりホントは馬が合うのね(笑)

まあ、なんだかんだで長い付き合いだからな。

それに俺たち二人は、若い頃から音楽と関わり合ってきた者同士…

そうなの?

俺はイギリスでレコードデビュー寸前まで行ったし、春木は音楽を流す店をやっていた。

若い頃はお互い、音楽漬けの生活だったんだよな…

カヅオさんはロン毛時代の写真を見せてもらったことがあるから知ってたけど、春木さんにもそんな過去があったんだ…

あたしと同業だったなんて、ちょっと意外…

春木さんって、無口だし愛想ないから…

ねえねえ、どこでお店やってたの?

中央・総武線の… 沿線です…

え~?どこどこ? 教えてくれたっていいじゃない!

私の話はいいざんす。

ざんす・ざんす・ざんす…

・・・・・

何をボケっとしてるんですか。

さあ『スプートニクの恋人』の続きを進めましょう。

まだチャプター1の半分あたりですよ。

あ、そうでした…

では、再びすみれの創作風景の描写を見てみましょう…

 夜の十時になると彼女は机の前に座る。熱いコーヒーをたっぷり入れたポットと、大きなマグカップ(ぼくが誕生日にプレゼントした。スナフキンの絵がついている)と、マルボロの箱と、ガラスの灰皿が前にある。もちろんワードプロセッサーがある。ひとつのキーが、ひとつの文字を示している。

「スナフキンのマグカップ」の次は「マルボロの箱」ね。

わざわざする必要のない銘柄指定をしてるくらいだから、何か意味がありそう。

そう。天才は無意味なことをしない。

ラッキーストライクやキャメルではダメで…

マルボロでなければいけない理由…

そんなのあるかしら?

この場面でラッキーストライクやキャメルでは全く意味をなさない。

ここは絶対的に「マルボロ」でなければいけないんだ。

もしかして…

上がパカって開くボックスタイプのパッケージを最初に採用した煙草だから?

それを「契約の箱」に喩えてるとか?

え?

だって、これ見てよ。

(買い置きのマルボロライトをカウンター上に置く)

「山型」の部分が、契約の箱の「ケルビムの翼」そっくりじゃん!

おお!似てる(笑)

でしょ?

確かに「スナフキンのマグカップ」で「聖杯」を表していたから、「マルボロの箱=契約の箱(アーク・聖櫃)」説も面白いかもしれない。

だけど…

それなら村上春樹は「マルボロ」ではなく「マルボロライト」としたはず。

赤白のマルボロではなく、金白のマルボロライトに…

あ、そっか。

ちなみに「契約の箱」のことをヘブライ語では「ハコーデシュ」というぞ。

箱でしゅか?

そう。箱でしゅ。

なんだかタラちゃんみたい(笑)

カヅオ君、ヘブライ語も得意だったんですか。

さすがネーサン・ロスチャイルド卿に育てられただけありますね。

まあな。ネーサンは超厳しかったよ。

「契約の箱」でないとしたら「マルボロ」でなきゃいけない理由ってなにかしら?

そんなのある?

村上春樹は何も考えずに「マルボロ」なんて書きはしない…

ちゃんと理由が隠されているんだ…

深代ママ、赤のマルボロをちょっと見せてよ。

ライトがあるなら赤マルもあるでしょ?

うん。はい、どうぞ…

このパッケージを見て、何か気付くことはない?

うーん…

あっ!もしかしてマルボロ都市伝説のこと?

あたし知ってる!

パッケージデザインに「アメリカの黒歴史が隠されてる」ってやつでしょ!?

有名だよね、マルボロ都市伝説。

逆さにして「Marlboro」のロゴを半分隠すと…

白人が黒人を木に吊るしてるみたいに見えるのよね…

ほら!

まだあったよね。

あとは中央の紋章!

二頭の馬の後ろ脚の空間が、WASP(白人・アングロ・サクソン・プロテスタント)至上主義団体KKKの白装束に見えるの!

二人の白装束がスローガンを掲げているみたいに!

月刊ムーで読んだわ、昔。

でも「アメリカの黒人差別の歴史」は『スプートニクの恋人』と関係ないわよね…

この都市伝説は、すみれにもイエスにも関係ない…

そんなことないよ。

え?

まず「木に吊るされた男」と「それを下から見上げる男」…

これって…

このシーンには見えないだろうか?

ああ!

・・・・・

そして「左右からスローガンを掲げる二人の白装束」は…

このシーン…

左右に座る、白い衣を着たふたりの御使!?

イエスの復活シーンじゃない!

その通り。

マルボロの2人の白装束の間にあるスローガンは、ジュリアス・シーザーが遺した有名な言葉だ。

VENI VIDI VICI
来た、見た、勝った

村上春樹はこれを「イエスの復活」のシーンに重ねた。

『ヨハネによる福音書』では、マグダラのマリアがイエスの棺を見に行くと、あるはずの遺体が消えてなくなっていて、白く輝く二人の天使が棺の左右に座っていた。

嘆き悲しむマリアに対し、二人の天使は「女よ、なぜ泣くのか?」と声をかける。

マリアはその意味がわからなかった。

当たり前じゃん。だって泣くのが普通よね?

そうじゃないんだよ。

イエスは処刑される前に「私は復活する」と予告していた。

だから本来なら、イエスの遺体が墓から消えたら、悲しむのではなく喜ばなければいけない。

だけど弟子たちをはじめ皆その言葉を信じていなかったんだよね。「いくらなんでも、そこまでは…」って感じで。

だからマリアも嘆き悲しんでしまったんだ。

つまり、二人の天使が言いたかったのは…

「イエスの遺体が棺から消えたということは《勝利》を意味しているのだから泣くのはおかしい」ということだったんだよね。

ヨハネによる福音書
20:11しかし、マリヤは墓の外に立って泣いていた。そして泣きながら、身をかがめて墓の中をのぞくと、20:12白い衣を着たふたりの御使が、イエスの死体のおかれていた場所に、ひとりは頭の方に、ひとりは足の方に、すわっているのを見た。20:13すると、彼らはマリヤに、「女よ、なぜ泣いているのか」と言った。マリヤは彼らに言った、「だれかが、わたしの主を取り去りました。そして、どこに置いたのか、わからないのです」。20:14そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。20:15イエスは女に言われた、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。マリヤは、その人が園の番人だと思って言った、「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取ります」。20:16イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。

まさに「来た、見た、勝った」だよな。

・・・・・

ところで「Marlboro Friday」って知ってる?

なにそれ?

通称「マルボロ、魔の金曜日」…

それは1993年4月2日の金曜日のこと…

マルボロを製造販売するフィリップモリス社が、ライバルブランドに対抗するため、突如マルボロの価格を20%下げると発表したんだ。

だけど、主力商品の大幅値下げを投資家たちは「自殺行為」だとみなし、なんとフィリップモリス社の株価は26%も暴落してしまった。

これを「Marlboro Friday」と呼ぶ。

4月の魔の金曜日って、イエスが処刑された「13日の金曜日」みたいね。

やれやれ。これだから日本人は…

イエスが処刑されたのは「13日の金曜日」じゃないんだけど…

あれは「15日の金曜日」の出来事だ。

え?15日?

「13日の金曜日」は「イエスの処刑」とは何の関係もないんだよ。

そもそも「13日の金曜日」なんて言われ出したのは、ここ100年くらいのこと。歴史的には最近つくられたブームなんだ。

そもそもイエスが処刑された日は「ニサン15日の金曜日」だからね。

ニサン?6じゃなくて15?

「ニサン」とはユダヤ暦の月の名前だ。

宗派や地域によって「14日の木曜日」だったりもするが、おおよそイエスが処刑された日は「ニサン15日の金曜日」だということになっている。

この日は「過越し」の夜だから、イエスたちは最後の晩餐で「種なしパン」を食べ「葡萄酒」を飲んだ。

そして深夜にゲツセマネの園で祈り、ユダの裏切りで逮捕され、早朝に裁判が行われ、昼間に十字架にかけられ、午後3時半頃に絶命し、日が暮れる前に埋葬された。

ここまでが「ニサン15日の金曜日」だ。

あ、そっか。ユダヤ暦では日没から一日が始まるのよね。

イエスは「ニサン16日の土曜日」を死体として石棺の中で過ごした。

そして「ニサン17日の日曜日」の朝、マグダラのマリアが空っぽの石棺を見て嘆き悲しみ、そこに復活したイエスが現れる。

処刑前にイエスは「三日の後によみがえる」と言っていた。

これは「死んだ15日・ずっと死んでいた16日・途中まで死んでいた17日」のことを意味する。

昔の「数え年」と同じ感じかな。スタートする地点を1とカウントするんだ。

なるほど。イエスは15・16・17日の三日を死んでいたと数えるのね。

そういうこと。

ところで深代ママ…

「Marlboro」という名前にまつわる都市伝説は知ってるか?

マー坊?

マー坊じゃない。「Marlboro」だ。

だから「マー坊」って言ってるじゃん。

カヅオ君は発音が良過ぎるんですよ。

すまん、つい…

深代ママ、「マールボロ」のことだ。「Marlboro」の名前の都市伝説。

ああ、それね!知ってるわよ!

「Marlboro」の名前に隠されたメッセージでしょ?

昔よく飲み屋でキモい男が女を口説く時に使ってたネタじゃん。

「人は本当の愛を見つけるために…」とかいうやつよね。

『Man Always Remember Love Because Of Romance Only 』
(ロマンスゆえに、人は愛を忘れない)

もしくは

『Man Always Remember Love Because Of Romance Over』
(ロマンスが終わり、人は愛を思い出す) 

だったよね。

そうそう、それそれ。

だけどよく覚えてるわね。

もしかして岡江クンも女の子を口説く時に使ったことあるとか?

僕の話はどうでもいい。

この文章の「Romance(ロマンス)」が「Romans(ローマンズ)」に置き換えられることがポイントなんだ。

「ローマ人」や「カトリック(カソリック)」そして新約聖書の『ローマ人への手紙』を意味する「Romans」にね…

え?

Man Always Remember Love Because Of Romans Only. 

Man Always Remember Love Because Of Romans Over.

ホントだ…

どっちも「Romans」でも意味が通じる…

おもしろいよね。

そういえばサリンジャーの『THE CATCHER IN THE RYE(ライ麦畑でつかまえて)』でも、やたらとローマ・カトリックの話が出て来たわよね…

サリンジャーの母親は結婚時にユダヤ教に改宗したんだけど、その前はずっとカトリック教徒だったからね。

だけどサリンジャーは子供の頃、ずっと自分の母親を「生まれながらのユダヤ人」だと思っていた。

大きくなってから「そうじゃなかった」ことを知らされて、ショックを受けるんだ。

母親は名前もユダヤ風に改名して、カトリック教徒だった形跡を消し去っていたから。

そのへんのことが『スプートニクの恋人』では「ミュウ」に落とし込まれているのね。

彼女は在日韓国人で本名は不明のままだった。

たぶんそうだろうね。

なんか「マルボロ」すごい…

いろんなことが繋がってくる…

だから村上春樹は「マルボロ」を選んだんだよ。

だけどまだ肝心なことが残ってるじゃない。

なぜマルボロライトでもなくマルメンでもなく「赤白のマルボロ」だったのか…

そうだったね。大事なことを言い忘れていた。

『スプートニクの恋人』にとっても『THE CATCHER IN THE RYE』にとっても大事なことだ。

この両作において「年長者が若い者の髪を撫でる」という行為は、とても重要な意味を持っている。

『スプートニク』では「すみれがミュウにフォーリン・ラブする」ことになる行為であり、『ライ麦畑』では「ホールデンが危機一発になる」行為だった。

うんうん。だけどそれが「赤白」と何の関係があるの?

「赤白マルボロ」が登場するこの「深夜に机に向かうすみれ」という場面には、「ゲツセマネの祈り」が投影されていたよね。

すみれの目の前に置かれた「苦いコーヒーが満たされた大きなマグカップ」とは、イエスが持つ「死の運命で満たされた杯」が投影されたものだった。

だから村上春樹はマルボロライトでもなくマルメンでもなく「赤白」のマルボロを選んだんだよ。

この絵を想起させるために…

『ゲツセマネの祈り』
カール・ブロッホ

ああ!確かに似てる!

マルボロを横にしたら、白い天使の膝とイエスの赤い服みたい!

この絵は『THE CATCHER IN THE RYE(ライ麦畑でつかまえて)』でも重要なモチーフとして登場する。

ラストシーンの前の夜に、語り手の「僕」ことホールデンが、ずっと彼を気にかけてくれていたアントリーニ先生の家を訪問する場面でね。

村上春樹はサリンジャーのやったことを「赤白マルボロ」で再現したというわけだ。

すごい、村上春樹…

煙草の名前を出すだけで、ここまで意味を持たせるなんて…

・・・・・

しかしカール・ブロッホの『ゲツセマネの祈り』は、映画や小説でよくネタに使われるよな。

赤白のコントラストが使い勝手いいんでしょう。

映画『CALL ME BY YOUR NAME(君の名前で僕を呼んで)』もそうですから。

日本で暮らしてるとなかなか宗教画を意識する機会ってないけど、村上春樹みたいに海外生活が長いと、すっごく身近なものなのかもしれないわね。

・・・・・

はいはい。

そろそろそんな時間かと思ってたわ(笑)

何が歌いたくなったの?

「十五、十六、十七」は…

年齢ではないんです…

は?

春木、歌います…

藤圭子の『夢は夜ひらく』…



はぁ…

いつ聴いても心に沁みる歌よね…

あたしが夜の商売してる女だからかしら…

・・・・・

どしたの?岡江クン…

この曲の歌詞って…

・・・・・



つづく




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