見出し画像

スナックふかよみ 志賀直哉『網走まで』第十一話「ロト」


前回はこちら



2023年 某月某日
東京 新宿
スナックふかよみ にて




では、このまま最後の5番もよろしく頼む。


はい、わかりましたボス… いえ、藤堂さん。

5番は『HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61)』のオチになっている重要なパートです…



5番は何を言ってるんだ?


さすらいのギャンブラーはとても退屈なので

次の世界大戦をアレンジしてやろうと考えていた

彼はほとんど床へ落っこちそうなプロモーターを見つけた

プロモーターは言った

「こんなプロジェクトは今まで手掛けたことがない。しかし大丈夫。この私にかかれば超楽勝」

そして言った

「日向に野外ベンチを設けなさい。それはハイウェイ61がいいだろう」


とんでもねえハルマゲドンを画策する流離いのバクチ打ち、博徒の話か…


戦後最大の賭場で戦争を仕掛けた流山の博徒 本庄とは、あっしのことでござんす。



なんか健さんってさ、高倉健よりも鶴田浩二って人に似てるわよね。



・・・・・


めぐみちゃん、それは言っちゃダメ。

本人も気にしてるんだから…


あっ、めんごめんご。


いいんです、深代ママさん…

あっしの顔が至らねえばっかりに…


健さんの顔が高倉健に似てないのは健さんのせいじゃないわ。

健さんを生んだ人が悪いの。


なんだか、慰められているのかよくわからねえフォローですが、そういうことにしておきやしょう…


ところで米津君、5番は4番とセットだと言ったよね?

2番と3番と同じように、旧約『創世記』アブラハムの物語の1つのエピソードを分割して歌ったものだと…


ええ。そうです。

つまり5番の主役「さすらいのギャンブラー」とは?


ソドムの街から逃げ、高台を目指していたロト?


ビンゴ。さすが藤堂さん。


でもなぜロトがギャンブラー、博徒なの?

ロトは非道な者たちの行いに耐え忍んでいた義の人だから仁義ってこと?


ペテロ第二の手紙 2:7
ただ神は、非道の者どもの放縦な行いによって悩まされていた義人ロトだけを救い出された。


そうだったら面白いですけど、ボブ・ディランは「仁義」という言葉を知らないでしょうからね。

今では日本の任侠映画やヤクザ漫画のファンだと公言する外国人がいて「JINGI」という言葉を知ってるアメリカ人も結構いますが、『追憶のハイウェイ61』が作られた1965年当時はそうではありませんでした。



じゃあなぜロトがギャンブラーなの?


深代ママ、ボブ・ディランはギャンブラーが「退屈」だと歌っているの。

つまり「退屈なギャンブル」をする人なのよ。


退屈なギャンブル?


退屈な博打といえば…

これのことでしょうか?



宝くじ、ロト… え?


ソドムの郊外を彷徨った義人「ロト(Lot)」と、退屈なギャンブル「宝くじロト(Lot)」の駄洒落ですよ。

英語をはじめ多くの西洋言語で、この2つは同じ綴りなんです。



Lot と Lot?

それじゃあ「Lot Lot」は「義人ロト 宝くじロト」という意味なの?


Lot Lot?


昔あったファミコンゲームよ。

米津さんが生まれるずっと前のゲーム。

あの徳間書店が出していたゲームなの。



このゲームが「Lot Lot」なのは、おそらく玉がたくさん出て来るからでしょうね。

そもそも「Lot」が「宝くじ」なのは、「Lot」という言葉の原義が「たくさん・多数」という意味だからです。

英語で「たくさんの」は「a lot of」と言うでしょう?


なるほど…

当たった人はたくさんのお金がもらえて、それ以外のたくさんの人は敗者になるから、宝くじを「Lot」と呼んだのね、きっと…


ボブ・ディランが言う通り、宝くじは退屈なギャンブルです。

なんの技術も才能も必要としない、純粋に運だけのゲームですから。


それじゃあ、退屈な宝くじギャンブラー「ロト」が出会った、ほとんど床に落ちそうな「プロモーター」とは?


ゴロー刑事、そんなこともわからないの?

ソドムでロトが出会った人といえば「主の御使い」でしょ?

promoter(プロモーター)とは「興行主」つまり彼らのこと。


あ、なるほど…


うまい。ソドムだけに(笑)


は?


だから「a promoter who nearly fell off the floor(ほとんど床に落ちそうな興行主)」なんですよ。

「the floor」には「地面・地上」という意味もあります。

主の御使いは、ソドムの堕落を確認し、ロトとその家族を逃がすため、天から地上に降りてきましたから。


そーゆーこと。

わかったかね、ゴロー刑事?


ったく、いちいち癪に障る小娘だぜ…


この私が癪に障るですって?

お逝きなさい!



なにが「おいきなさい」だ!

人に向かって指を指すんじゃねえ!


まあまあ二人とも、つまらねえ喧嘩はよしましょう。

何もかもお天道様は見てらっしゃる。

ねえ、米津さん?


ええ。そうですね。

さて、ボブ・ディランは最後に「just put some bleachers out in the sun」と歌いました。

ほとんど床に落ちそうなプロモーター、つまり地上へ降りて来た主の御使いのセリフです。

この意味、わかりますか?


次の世界大戦イベントのために、日向に観覧席を設けろ…

わかった!

炎に焼かれる低地世界を高台の特等席から見物するってことね!


『Sodom and Gomorrah(ソドムとゴモラ)』
John Martin(ジョン・マーティン)


深代ママ、ビンゴ~


ちなみに、 英語の「bleacher」という言葉には、「野外ベンチ・観覧席」の他に「色を白くする人・漂白者」という意味があります。



つまりセットになっている4番の最後のフレーズ「the second mother was with the seventh son」に対応しているんですね。

ロトの妻、つまり二人の娘の母は、色が抜けて真っ白な塩の柱になってしまいましたから。



なるほど…

だけど、変よね?


何がですか?


主の御使いは「後ろを振り返ってはならない」と言ったでしょ?

つまり「燃えるソドムを見てはいけない」ってことよね?

何枚かあった『ロトと娘たち』の絵でも、ロトは燃えるソドムを見ていなかった。

それなのに、どうやって見物するの?


そこは御安心を。

プロモーターが提案した観覧席で滅びゆく世界を見物していたのは、ロトではなくアブラハムなのよ。


ええっ?


アブラハムは「後ろを振り返ってはいけない」と言われてないから、滅びゆく世界を見ても大丈夫。


創世記 第19章
23 ロトがゾアルに着いた時、日は地の上にのぼった。
24 主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、
25 これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。
26 しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。
27 アブラハムは朝早く起き、さきに主の前に立った所に行って、
28 ソドムとゴモラの方、および低地の全面をながめると、その地の煙が、かまどの煙のように立ちのぼっていた。
29 こうして神が低地の町々をこぼたれた時、すなわちロトの住んでいた町々を滅ぼされた時、神はアブラハムを覚えて、その滅びの中からロトを救い出された。


そういうことか。うまく出来てるわね。

さすがノーベル賞作家ボブ・ディラン。


『創世記』アブラハムの物語の数々のエピソードの中でも、この「滅ぼされたソドムとゴモラ」は「イサクの燔祭」と並んで多くの芸術家にインスピレーションを与えました。

「滅ぼされたソドムとゴモラ」がモチーフになっている有名な作品、何か知ってますか?


「滅ぼされたソドムとゴモラ」がモチーフに使われた有名な作品?

マルキ・ド・サドの『ソドム百二十日』とか、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』とか、芥川龍之介の『歯車』とか?



深代ママ、もっと有名な作品があるわよ。

日本人の国民的作品。


え? 国民的作品?

そんなのあったかしら?


脚本、庵野秀明…

画コンテ、樋口真嗣…

製作、庵野秀明、鈴木敏夫…

原案、宮崎駿…


何この豪華ラインナップ?

まごうことなき国民的作品じゃん!


でしょ?

スタジオジブリの短篇映画『巨神兵東京に現わる』ですよ。


2012年的作品《巨神兵出現在東京》 #庵野秀明 x #宮崎駿 x #樋口真嗣

Posted by 迅雷進 on Friday, September 25, 2020


あっ、これか… 名前だけは聞いたことがあったわ…

確かにそれっぽいけど、本当に「ソドムとゴモラ」なの?

あべこべの「天地創造」はわかったけど…


前半は「滅ぼされたソドムとゴモラ」、後半は逆回転された「天地創造」になっています。

だから冒頭で近親相姦を匂わせているんですよ。


姉の部屋に突然弟が入って来て、姉が「今までそんなことしたことなかったのに」と戸惑うところ?


そうです。

ロトと娘のエピソードにおける「親子」を「姉弟」に置き換えているんですね。

だから庵野秀明は姉に「酔っぱらってるの?」と言わせたんですです。

娘と肉体関係をもった時にロトは酒を飲まされて泥酔していましたから。


創世記 第19章
31 時に姉が妹に言った、「わたしたちの父は老い、またこの地には世のならわしのように、わたしたちの所に来る男はいません。
32 さあ、父に酒を飲ませ、共に寝て、父によって子を残しましょう」。
33 彼女たちはその夜、父に酒を飲ませ、姉がはいって父と共に寝た。ロトは娘が寝たのも、起きたのも知らなかった。


なるほど、そういうことだったのね…

さすが聖書オタクの庵野秀明。


しかし『追憶のハイウェイ61』のテーマは「アブラハムの物語」なのに、なぜボブ・ディランは最後を飾る5番の主人公に甥のロトを持ってきたんだ?

歌のオチとしては弱くないか?


来た来た来た。大事なとこ。


いいえゴロー刑事。ロトでいいんですよ。

作品的にも完璧にオチています。


どこが?


欧米人や我々日本人は「Lot」と呼びますが、実際に彼が活動していたヨルダン川・死海の東岸地域では「Lūṭ」と呼ばれているんです。


ルート?


こんな風に。



確かに「ルート」って呼んでるわね。

「ロト」は「ルート」なんだ。


そして「ルート」は「route」つまり「道」でもある。


へ?


ボブ・ディランが歌った「ハイウェイ61」は…

アメリカでは普通「ルート61」って呼ばれてるんですよ。



ルート61?


そういえば「国道66号線」の歌も「ハイウェイ66」ではなく「ルート66」だったな。



そう言われてみれば確かにそうだった…

アメリカの国道は「ルート○○」だ…


これが歌のオチに「ロト」を持ってきた理由です。

「ロト」は「ルート」ですから「ルート61」。


さっすが米津さん!

ガーシーのおじいちゃんと全く同じ読み解き!

わたし、もう、しびれちゃう!


あっしには何だかよくわからねえ話ですが、米津さんは凄いお方なんでしょうねえ。

ここまでめぐみちゃんが言うのですから。


いやあ、俺なんて、まだまだ…

英二さんに比べたら、駆け出しの青二才ですよ…


まったく、英二さんといい岡江クンといい、どこに行っちゃったのかしらね…

またすぐに来るなんて言ったまま、もう何年も姿を見せないなんて…


どっかで臭い飯でも食ってるか、マグロ漁船にでも乗ってるんだろう。

そんな野郎のことなんか忘れて、どうだいママさん…

この俺と…


ゴロー!何言ってるんだお前は!

今は捜査中なんだぞ!


す、すいませんボス…


で、めぐみちゃん…

あの夜ガーシー老人とここで待ち合わせしていた不幸な女とは何者なんだ?

死んだ安木との間に何があった?


そうそう、それそれ。

すっかり忘れてた。


では話してもらおう。


あれは真夏の出来事でした…

今から話すけれど、もらい泣きなどしないでくださいね…


するかボケ! 寝言はいいからさっさと話せ!


うふふ。

それじゃあ、聞いてね…



つづく




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?