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実は一番の抗うつ剤は「90年代後期ミスチル」だった【前編】

 また太陽が昇ってしまった、と窓の外に目をやる。「明けない夜はない」みたいな言葉が使い古されていて、ほとんどなんの重みも感動ももたらさないと思っていた。でも、本当に明けない夜はない。毎日、正確な時間に太陽が登る。憎くて、でもちょっと嬉しい事実だな。

 最近夜になったらミスチルをずっと聞いている。小学校のときに「抱きしめたい」をひょんな機会で聴いて、それ以降90年代のミスチルを中心にウォークマンが擦り切れるくらい聴いた。もちろん、ウォークマンは擦れないし切れないけれど。なんにせよ、夜は90年代ミスチルに限る。夜は絶望を許容してくれるから、90年代ミスチルとの付け合わせがいいんだ。

 そんな小学生のときの「90年代ミスチルショック」から時間が経つに連れて、いろんなアーティストを好きになり、またウォークマンを擦り切れるように聴き、また別のアーティストも好きになりと生きてきたが、結局は戻ってくるのはミスチルなんだな、とこの頃思う。あるタイミングで好きだったものは、あるタイミングで助けてくれる。そうやって人生は成立する。漫画だって小説だってアニメだって絵画だって歌だって、全部ぼくらを救ってくれる。

 小学生や中学生のころは、さほど歌詞の意味がわかっていなかったように思う。大好きな90年代の曲は、桜井和寿の暗鬱とそこから希望と挑戦へ向かう旅路をそのまま表現していて、なんの苦労もない小中学生がわかるはずもなかった。その時は、当時の流行りの陳腐なメロディーラインとは違うことや、瑞々しさと闇を抱えた尖りの共存を直感的に愛していたのかもしれない。

 ミスチルは、97年から一時活動を休止していた。主な理由は、ボーカル桜井和寿さんの精神状態だという。表現としての音楽活動と、何を出してもミリオンセラーになるヒットチャートの浅はかさのギャップ。過度な桜井さんの神格化・アイドル化への苛立ち。重なり、プライベートでの不倫発覚。絶望。どこにも居場所がなかったんだろうな。当時の不倫相手で現妻の吉野美佳だけが理解者だったのかもしれない。96,7年のミスチルは、当時の心境が物語る作品ばかりだ。

 特に活動休止前のアルバム「BOLERO」とその前の「深海」は桜井さんの鬱憤と絶望が丁寧に荒っぽく表現されている。また、休止明けの「DISCOVERY」と「Q」には絶望を乗り越えつつある新たな挑戦者としての桜井さんが表現されている。

 今は、休止前のアルバム「BOLERO」から「ALIVE」と、休止明けのアルバム「DISCOVERY」から「終わりなき旅」が特に刺さる。桜井さんがどう絶望から逃げ、あるいは取り組み、数多の板挟みと葛藤の中で答えらしきものを導き出したかが透けて見えてくる。すげえいい作品だな。音楽は自由なんだな、自分のありのままというか、自分の底にあるものが出てくるのが表現なんだなと、勇気になる。

活動休止前、もっとも精神的に苦しかった時期の曲「ALIVE」の冒頭。

この感情は何だろう 無性に腹立つんだよ
自分を押し殺したはずなのに
馬鹿げた仕事を終え 環状線で家路を辿る車の中で

全部おりたい 寝転んでたい
そうぼやきながら 今日が行き過ぎる

 もう冒頭は絶望に塗れている。笑っちゃうくらい。「馬鹿げた仕事」なんて当時もっとも売れてたロックバンドのボーカルが言っちゃう。「全部おりたい」「寝転んでたい」そんな本音をこぼしながら、それでも今日は過ぎてしまう。絶望的な日々を惰性で受容してしまっている自分にも嫌気が刺しているのかな。

手を汚さず奪うんだよ 傷つけずに殴んだよ
それがうまく生きる秘訣で
人類は醜くても 人生は儚くても
愛し合える時を待つのかい

 続く歌詞も、世界や人類の醜さやどうしようもなさを嘆く歌詞が続く。たぶん、本当に「どうしたらいいのか」も「どうしたいのか」も分からなかったんだろうな。サビ直前まで、1mmの光も刺すことなく絶望が歌詞とメロディを暗い翳りを見せる。

無駄なんじゃない 大人気ない
知っちゃいながら Uh さぁ 行こう

 そんな絶望的な世界と自分に対して「無駄だ」「大人気ない」なんてひねくれてみて、それでもそんなことは分かっててでもどうしようもなくて、という絶望の延長の先に突然「さぁ 行こう」と出てくる。ある種の諦めのような、でも進んだ先に何か見える可能性をほんのりみているような「さぁ 行こう」

夢はなくとも 希望はなくとも
目の前の遥かな道を
やがて何処かで 光は射すだろう
その日まで魂は燃え

 「さぁ 行こう」まで終始暗雲が立ち込めていた世界に、ほんの少しだけ投げやりな光が射す。「夢はない」し「希望はない」けれど、目の前の道は遥かに際限なく続いて行く。だから、「さぁ行こう」と進むしかない。残酷な真実。絶望的な状況は変わらない。しかし、生き続けるのであれば、魂を燃やして進み続ければ「やがて何処かで 光は射す」かもしれない。あるいは射さないかもしれない。そんな一縷の望みを手繰り寄せるような「さぁ 行こう」。そして物語は2番へ。

誓いは破るもの 法とは犯すもの
それすらひとつの真実で
迷いや悩みなど 一生消えぬものと思えたなら
ボクらはスーパーマン

 2番Aメロも引き続き世界と人間の闇を滔々と奏でる。「誓いは破るもの 法とは犯すもの」で「それすらひとつの真実」だそうだ。正義がぶつかりあい、せめぎ合い、傷つけ合う様子を嘆く。ミスチルの曲には、紛争を嘆くような歌詞のある歌がそういえば多いな。「ano I love you」とか「タガタメ」とか。

怖いものなんてない 胸を張ってたい
そして君と Uh さぁ 行こう

 そしてひとしきり絶望すると、「さぁ 行こう」とくる。今度は「そして君と」だ。今の奥さんのことなのかな、わからないけれど、人間は概して個人的な理解者とともに進む時にもっとも力を発揮できるものだ。

意味はなくとも 歩は遅くとも
残されたわずかな時を
やがて荒野に 花は咲くだろう
あらゆる国境線を越えて

 2番サビで、またぼんやりと光が射す。今度は「残されたわずかな時を」という生命の儚さを悟りながら、「意味もない」し「歩みも遅い」けれど、進む道は「荒野」だけど、いつか花が咲くことを信じて進もうとする「さぁ 行こう」だ。「そして君と」とAメロで話した人の存在が、1番サビよりも希望を匂わせる。乾いた希望を。

さぁ 行こう
報いはなくとも 救いはなくとも
荒れ果てた険しい道を
いつかポッカリ 答えが出るかも
その日まで魂は燃え

夢はなくとも 希望はなくとも
目の前の遥かな道を
やがて荒野に 花は咲くだろう
あらゆる国境線を越え…

 そしてラストサビ。気がつけば、冒頭から漂い続けていた暗鬱な空気は拭い去られつつあり、「荒れ果てて険しい遥かな道」を「いつかポッカリ 答えが出るかも」とか「やがて荒野に花は咲くだろう」からとか、そんな希望の火を灯しながら、また歩き始める。ラストサビには、それまでにはなかった希望が色づき、暖かさを感じさせるミュージックになっている。

 こんなに飾りもせず、答えを出さず、絶望を表現できる人を僕は知らない。絶望しきって、心の奥底まで深く降りたからこそ、ぼくらの心を素手で掴んで話さない歌になるのかもしれない。彼は表現者なんだ、と小・中学生のときにはわからなかったことに気づく。

 すごいよな。20年以上前の曲だもんな。まさか、20年後に20代の若者への抗うつ剤になるとは思ってもみなかったんじゃないかな。もしかしたら、同じように絶望を抱えた人に、いつか届けばいいくらいの気持ちだったのかな。もっともしかしたら、ただただ自分の奥底を吐き出し救われたかっただけなのかな。わからない。ぼくは桜井和寿ではないし、桜井和寿も20年前の生々しい記憶と情動を呼び起こすことは難しいだろう。過去は、いつだって恣意に色付けられるのだから、あの時の心境はあの時の作品からぼくたちが受け取る他ないだろう。だかぼくらは、「古くても」音楽を聴くんだろう。

 こうして、やるせないどうしようもない感情を表現しながら保っていたミスチルは1年ほどの活動休止に入る。そして、活動休止にピリオドを打った作品が「終わりなき旅」だったそうだ。ある意味、嘆きに嘆いた高校生みたいな尖りを見せた「ALIVE」とは異なる色を持つ曲調になっていく。

 もっと正確に言うと、「DISCOVERY」や「Q」を通して自分たちの音楽を実験していく期間に入る。売れることが重要なのではなく、可能性を模索することを何より大切にする期間へと入る。そんなきっかけであり一つの集大成でもある「終わりなき旅」の歌詞を紹介したかったが、いかんせん3500文字を超えてしまった。いかんいかん、好きなものを語ろうとすると文字が多くなる。文字が「俺も使ってくれ!」と言わんばかりに溢れてくる。

 一旦賑やかな文字たちを制して、「終わりなき旅」とそのあとへ続くミスチルが、どんな抗うつ剤になるのかは後編で書こうかな。世界の絶望と人間の闇を半ば諦めて、「さぁ 行こう」と投げやりな希望を見せた「ALIVE」とは違う角度で、ぼくらの闇に処方してくる。薬の名前はそうだな、「希望」かな。毎晩一錠摂取するんだ。本当は、何錠摂取してもいいんだ。「さぁ行こう」と思えるまでは。セットで処方するんだ。夜と、ALIVEと終わりなき旅。レクサプロよりよっぽど効く。

 当時のテレビ出演。ほら、どうみても病んでる。でも、「さぁ 行こう」ってさ。それぞれのタイミングで、それぞれの事情と傷を抱えて、さぁ行こうってさ。「やがて何処かに光は射すだろう」と言ったように、必ず夜は明けて太陽が昇るから。さぁ行こう。

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