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今日のハイライト 2021年3月25日(木)

シネマクレールで毎月映画をみる

コロナ禍になって考えさせられたことの一つとして文化にお金を使おう。
シネマクレールを存続させたいとかそんな上から目線ではない。
どうせ使うなら文化的なことにお金を使おうと思うようになった。
だから平日昼間だろうとしても、みたい映画を見に行くことにした。
3月の映画はこれ!「私は確信する」

実話を元にしたフランス映画。
妻を殺した容疑で夫が10年たった今、裁判で真偽が問われている。
妻を殺した容疑と言いながら、動機、証拠、遺体すら見つかっていない。
裁判所、まちの人の目線、マスメディア、検事はもちろん有罪の空気が流れている。

クレバーな弁護士は、真実とは何か。
人は裁判という場で真実を追求できるのか。
検事が容疑の仮説を唱える。
仮説は仮説でしかないが、1つしかない仮説は真実のように信じられていく。
しかしながら、
この映画で、唯一変わらない事実がある。
それは、夫には動機も証拠、遺体すら見つかっていないこと。

日本ではもっとあり得るのは?同調圧力
映画の結末は、無罪になる。
映画の中では同調圧力を利用して、有罪にしようとする人物も現れる。
ここに登場する弁護士は、この人物を真犯人にしたてあげることはしない。

誰かが犯人になった方が、この事件は世の中的には解決するように見える。
年間の失踪者(行方不明者)は8万人に超える。(日本の話)
え?8万人??そんなに・・・。

弁護士は、最終法廷で陪審員、一人ひとりに真実とは何かを考える問いかけをする。裁判官にも。

心の声を聞き、誠実に生きているか
日本人は「和」を重んじること、重んじれる。
素晴らしい点である。
しかし、自分の判断なしに全てに身を任せることは苦しめる人をうむ。
冤罪や人間が作り出す不条理で苦しめられる人は作りたくない。
そういう気持ちを晴らしてくれる映画だった。

「藤戸」

能の演目に「藤戸」というものがあるのはご存知だろうか?
倉敷市藤戸のこと。
詳しくは、下のリンクで読んでほしい。
源平合戦の時代の話が演目となっている。
しかも、戦いとは関係あるようでないような、不可解な話。
知っている人は、当たり前のことだが、
「能」は全く知らない演目を突然見にいくと、全くわからない。
(感性の差はあるだろうけど、そういう楽しみ方をするものではない)

今度、この「藤戸」を見ることができる。
能は京都や奈良、東京に能楽堂がありそこのものだと思われがちだが、
「藤戸」に関していえば、倉敷、岡山のものだ。
能のことはほとんど知らない。
でも「藤戸」は知っている。これがゴール。

鬼は悪いヤツではない
岡山の人は、桃太郎の国に住んでいる。
同時に、鬼の国に住んでいる。
桃太郎は勧善懲悪、桃太郎は正義で、鬼は悪党。
鬼の国でもある岡山の人は、鬼には鬼の事情があることを知っている。
なので、鬼に優しいし、2つの意見を同時にもちえる。
全国でも特殊な県民性。

同じように、「藤戸」についても特殊な県民性になり得るのではないかと模索中。いいアイデアがあったら、教えてほしい!!

うちの子ども新聞

息子と妻は、「アラフォーママの会」に出席した。
・驚きは同じ名前の子が2カ月違いでいたこと
(連絡先の交換はできなかったらしい)
・うちの子は離乳食もよく食べるし、特に大きくも小さくもない。
・太腿のちぎりパン状態は、うちの子だけみたい。

暖かくなってきたので、どこか行きたいね〜。


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