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おくむらなをし
2024年4月27日 20:11
4さいの小さなアッコは目をあけました。 空にはくもひとつありません。アッコは青くすきとおった空に向かってのびをします。「マル。あさだよ。おきなさい」『オキテルヨ』 アッコはペンギンの形のマルをぎゅっとだきしめて、あいさつをします。「おはよう」『オハヨウ』 マルはアッコのまわりをくるくる回ります。 それがこの生きものの朝のうんどうのようです。「おなか、へった」 アッ
2024年4月21日 12:40
「体育のソフトボールで飛び込んで擦りむくなんて、情熱的ねぇ」 保健室の中、池下先生がコロコロと笑いながら私の腕に大きな絆創膏を貼ってくれた。先生は長髪を後ろで結んでいてメガネをかけている。そして少し甘い匂いがする。「先生、消毒はしないんですか」「このくらいの擦り傷なら、ちゃんと水洗いすれば大丈夫。消毒しちゃうと逆に治りが遅くなるからね」「ふーん……。じゃあ、これで終わり?」 池下先
2024年4月12日 00:16
小さなライブハウスの中、両開きの扉がスタッフによって開かれ、招待客を含む観客たちがぞろぞろと会場へ入り始める。オールスタンディングゆえ早足で前の方に駆け寄り、詰めていく客、壁際に陣取る客、後ろの方で腕組みして待つ客などそれぞれこだわりの位置について、開演時間を心待ちにしている。 カメラ映像としてディスプレイに映る会場の様子をじぃっと見つめている男、ベース担当のマサトはがっしりした身体つきで彫
2024年4月2日 21:09
美咲は幅の広い県道脇の歩道をツカツカと歩く。グレーのツーピース、パンツスーツはすっきりしたシルエット。ブロンドの長髪をゆるくお団子にしてまとめている。 真夏の陽射しに熱された道路から、むあっとアスファルトの匂いが立ち昇ってくる。ビル窓の照り返しから目を守るために、美咲はサングラスを装着した。ダークブルーの肩掛け鞄から古臭いシンプルな鍵を取り出し、キーホルダーのリングに人差し指を引っかけクルク
2024年4月1日 20:57
史緒里は弟の亜蘭を抱いたまま、墓の前で手を合わせる。 今日は母方の実家に来ている。史緒里の父がお盆の期間に仕事を休めなくなったため、前倒しで墓参りしているのだ。 母の芳子が、史緒里の肩に手を置いた。「よし、お墓も掃除したし、お婆ちゃん家に行きましょうかね」「うん」 寺の駐車場へ戻って、史緒里はチャイルドシートに2歳の亜蘭を乗せる。後部座席が彼と史緒里の定位置だ。 父は全員が車に
2024年3月28日 23:49
道は果てしなく、ぐにゃぐにゃと曲がりくねっている。 兄とわたしがいる世界は、まるでプラネタリウムをひっくり返したみたいで。遠くの星々が上に向かって流れていったり、突然キラキラと光ったと思ったら、そこから無くなってしまったり。上を向くと、そこには無限の闇。どんな光も通さない、永遠の無。 ……ここは地獄。わたしは兄と一緒にここに来た。「イオリ、また欠片を見つけたぞ。ちゃんとナップサックに入
2024年3月27日 21:08
海を臨む県道の上、スロットルを捻りバイクの速度を上げる。 朝方はどんより曇って見えなかった空は、いつの間にか強い陽射しとともにその蒼を主張していた。 背中にピッタリくっつかれ、両腕で腹を圧迫され続けている。後ろの女はタンデムに慣れていないようだ。まばらに民家が見え始めた頃、右の太ももをトントンと叩かれた。停まれということか。 県道から逸れて細い道路へ入り、自販機の前でバイクを停めて降り
2024年3月26日 21:29
「雨、降ってきそうだね」 フロントガラスに映る鈍色の空を見ながら、運転中のミツヨに話しかけた。助手席に座るハヅキは玩具のパッケージを抱えている。その箱には中学1年生に似合わない、低年齢向けアニメで主人公の使うマジカルステッキが入っている。「嘘ぉ。天気予報だと晴れだったのに。やっぱり、あれから色々おかしくなってるみたい。ほら、ラジオだって……」 ミツヨは悪態をつきながらFMラジオの周波数
2024年3月25日 21:07
鼻歌交じりにステップを踏み、軽快に卵をボウルのフチに当てて、ひびを入れ、そのまま片手で卵殻を割り、白身も黄身もボウルの中に入れる。 中身を失った卵殻は、他のボウルにポイっと投げ入れる。 同じ動きを繰り返し、繰り返し。ボウルの中で白身のプールの体積が増し、その中にどんどん黄身が増えて浮かんでいく。 必要な数を入れたら、今度はボウルの中身をミキサーのタンクに入れて、先輩に声をかける。「
2024年3月22日 21:55
朝8時ちょうどに起きて、寝室のドアを開けてリビングに出る。夫の一生がスーツに着替えているところだった。 ダイニングテーブルの上には白い陶器の皿。スクランブルエッグとウインナー、クロワッサンが完璧な配置で乗っている。透明な小さいボウル型の容器にはプレーンヨーグルト。ありがたい朝食が用意されている。 私の分だけだ。一生はもう食べ終わったようで、皿が綺麗に洗われ水切りカゴに立てかけられている。
2024年3月21日 21:07
「全然ダメ。企画の趣旨が分かってない文章だわ」 ディスプレイに映る洋子が難しそうな顔で目を瞑り、続ける。「春田くんさあ、ライターの仕事、向いてないんじゃない?」「僕の適性の話はどうでもいいよ。不採用なら別のところに持っていくだけだから。そんじゃ」 画面の中の洋子が何か言おうとしているのを無視して、マウスカーソルを終話ボタンに移動させマウスのボタンをクリックする。泡の弾けるような通知音
2024年3月20日 13:55
高校2年生の相沢雪男が売店で買った焼きそばパンを大事そうに持って、階段を駆け上がる。 踊り場で方向転換した瞬間、視界のふちに影が映りその瞬間どぉーん! 雪男とその影は磁石のN極とN極がぶつかり合った時みたいにすごいスピードで離れ、それぞれ倒れ込んだ。「痛てて……おい、大丈夫か」 雪男の瞳に映るはクラスメイトの秋島夏子。雪男がひそかに恋心を寄せる相手だ。「わたしは問題ない。馬鹿とな
2024年3月18日 20:49
朝、欠伸をしながら起きてきた望美はリビングのカーテンを開け放つと、強い陽光に目を瞬かせながら言う。「ねぇパパ、公園でキャッチボールしない?」「また急に。ボールとグローブあったっけ」「私、グローブ持ってるよ。軟式のボールも。パパは素手で捕ればいいんじゃないかな」 はぁ、と首を傾げながら正彦は、ずんだジャムを塗り広げたトーストを頬張る。ずんだジャムはこの間の仙台出張で買ったお土産だ。
2024年3月16日 08:39
とある日の放課後。帰り支度中の夏子に声をかけてくる無礼な男子がひとり。「お前んち、珈琲屋なんだってな」「それがどうかしたか相沢。わたしの帰宅を遅らせるほど利益のある会話でなければ切腹ものだぞ」「何時代? ……俺、コーヒー好きなんだよ。今日行ってもいいか?」 夏子は俯き何かを考えるようにして、そのまま眠りに就いた。「なんで寝てんの?! 今、俺と話してるよねえ?」 ハンカチで涎を