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合格発表からの帰り道、うつむく少女に贈る言葉

2021年3月2日。
在宅勤務が続く中、久しぶりに仕事で外出した。割と大きい仕事で、クライアントへのプレゼンがあった。
乗り換えするために降りたのはたまたま僕が通っていた高校の最寄駅で、たくさんの親子連れがいた。少し垢抜けない子が多かったのでひょっとしたらと思ってスマホを取り出して調べてみると、都立高校の合格発表日だった。
高校受験から15年近く時が経っていたことを少し感慨深く思って、乗り換えの電車に乗り込み席に腰掛けると、真正面にひと組の親子が座った。

中学3年生であろう女の子は、放心状態でうつむいていた。
隣に座っているお母さんと思われる人は暗い表情を見せながらも、時折優しく微笑みながら女の子に話し掛けている。女の子は言葉を発さずに、頷いたり首を傾げたりして反応している。マスク越しに唇に力を入れて、少し涙を堪えているように見えた。
その様子から、結果はなんとなく想像できる。

僕は、幸運にも入学・入社試験は順調に切り抜けてきた方だ。
高校受験は第一志望に合格し、大学受験や新卒採用の時もギリギリ第一志望群に入ることができた。進路選択で放心状態になるくらい衝撃的な「不合格」を通知されたことはない。その一連の流れを見てきた地元の友だちには「太は順調だからなあ」と今でも言われるし、そういう意味では恵まれているのかもしれない。浪人も留年も経験がなく、ずっとストレートだ。
そんな僕が、目の前で項垂れる女の子に声をかけるとしたらどんな言葉だろう、と考える。

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女の子がおそらく「不合格」になったであろうその高校に通った僕の3年間は、苦い思い出ばかりだ。プライドが高い生徒が多くて(僕も含めて)マウントの取り合いばかりしていたし、学歴至上主義の先生たちの価値観は肌に合わなかった。部活は弱いけれど無駄に練習が多くて、学校行事は一部の生徒が自己満足している感じが嫌で3年間居心地が悪かった。友人関係や恋愛もうまくいかないことが多かった。
何より、当時の自分は性格があまりにも悪かった。いろんな形でたくさん人を傷付けたし、そのくせ被害者ヅラもしていた。タイムマシーンで戻ることができたとしたら、ぶん殴って周りの人たちにとりあえず謝罪させたい(でも逆に謝って欲しい気持ちも多分にある)。

そんなことを考えていると、「第一志望に入ったとしても、そんなもんだよ。っていうか、君の行こうとしていた高校、あんまり良くないから落ち込むことないぜ」とか、浅はかな言葉が浮かんでくるけど、そうではない。この子はあの時の僕と違って、しっかりしているように見えるし(多分)。
僕の母校の内情ではなく、「不合格」を受けた女の子の心情を改めて考える。

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今、いろんな気持ちが浮かんできているだろう。
寝る間も惜しんで努力してきたのに届かず、悔しい。
家族や親友があれだけたくさん応援してくれたのに、申し訳ない。
学校の同級生の中には意地悪な奴がいて、落ちたことについて何か言われそうで嫌だ。

試験ではない場所でたくさん「不合格」になることが多かった僕にも、それはなんとなくわかる。サッカーチームのスタメン、小学校のブラスバンド、スイミングスクールの試験、体育祭のマラソン選手の選考。選ばれるより選ばれないが多い学生生活だった。いちいち悔しかったし、好きな人が悲しむのは嫌だったし、傷付くこともたくさん言われた。反撃とばかりに逆に相手を傷つけるようなこともたくさん言った。

ただ散々味わった情けなさは学生で終わりかと思いきや、大人になってからも幾度となく僕は「不合格」を突きつけられている。今29歳だけれど、おそらくずっとずっとこの先も続くんだろうなあ、と思う。
寝る間も惜しんで資料を作って一生懸命進めた仕事が、クライアントの偉い人の「なんとなく嫌だからもう止めない?」という気まぐれ発言で終わったことはたくさんある。
家族や友人が頑張れと送り出してくれた転職先では、上司から社会人失格だと言われ続け、辞める時に「社会人一年目の教科書」という本を渡された。
社会人になって希望の部署に入れなかった時は、飲み会で「お前その会社入った意味あるの?」と意地悪な笑みを浮かべてきた友だちもいる。

書きながら思ったけれど、社会に出てからも散々だ。
でも僕だけではなく、程度にばらつきはあれども、人間は生きていく上で「不合格」とは付き合い続けないといけない。誰かが誰かを評価することからは避けられないように、この社会はできてしまっているから。

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嫌な経験をたくさんしてきた「不合格」先輩だからこそ、涙を堪える目の前の女の子に伝えられることを思いついた。

泣いて良い。

それもたくさん。人前だからとか、そんなの気にせずに。
すごく頑張ったとしても、あまり頑張ってないと思っていたとしても。悔しい、情けないと思うなら泣いて良い。
僕もちょっと前に、仕事でトラブって号泣した。成人男性だけど、抑えるのは無理だった。だって理不尽で悔しかったし、ムカついたから。
泣いても何も解決しないけれど、少しだけスッキリする。

逃げて良い。
嫌な奴やどうしようもない場所からは、徹底的に逃げて良い。
「お前の学校より、俺の学校の方が上だよ」とか言ってきた友だちとは、自分からは会わないようにした。パワハラを受けた会社も、半年で辞めると履歴書に傷がつくよとか言われたけど、気にせずに辞めた。できるできないで繋がる友だちなんて、過去に失敗したかどうかで人を判断するような会社なんて、自分の人生に必要ない。
嫌なことからは逃げよう、健康に悪いから。

たくさん依存して良い。

もうすでに好きなものがあるなら、それを大切にしてほしい。
スポーツでも、漫画でも、小説でも、映画でも、音楽でも、なんでもいい。
嫌なことばかりの毎日だったとしても、僕の場合は好きなサッカーチームが勝っただけで、世界が一変する。
そういう趣味に対して何か言われるようなことがあっても、気にしなくて良い。君だけの世界があれば良いし、誰も邪魔はできない。
大人も、そうやって少しずつ、自分の世界で気を逸らしながら毎日を生きている。人は、何かに依存しないと生きていけないのだ。

そしてそうやって日々を繋いでいけば、いつか大事な人に出会うことができる。自分の感情を大切にして、嫌なものからは徹底的に逃げて、好きなものを抱きしめていれば。
必ず君のことを好きだと思う人、君を助けたいと思う人が、現れる。
明日かもしれないし、数年経ってやっと、かもしれない。
これは、君より十数年長く生きてきた僕が保証する。
ひょっとしたらもう頭に浮かぶ人はいるかもしれないし、実はもう出会っていてそのありがたみにこれから気付くのかもしれない。

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誰かが受かる分、誰かが落ちる。
他の人と、大きく差がついたように感じてしまうかもしれない。でも偏差値でつくような、数字の差なんてものは、生きていく上ではそこまで役に立たない。
大切なのは、君が今後どこで「不合格」を言い渡されようとも、それを乗り越えようと思えるような、いや乗り越えずとも生きていこうと思えるような、大事なものや人が心の中にあるかどうかだ。そして「不合格」になったからこそ、傷ついたからこそ、それは見つけられるようにも思う。

まだまだ先は長い。
辛いも悲しいも悔しいもあるだろうけど、楽しいや嬉しいともこれから必ず出会える。少なくとも、今を生きている人にとって平等に、これから春はやってくる。そこでどうするか、何を掴むかは、自分次第だ。

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焦らずゆっくりと、自分のペースで顔を上げて前へ歩き出せますように。
うつむく少女のこれからを勝手に心の中で思いながら、僕はプレゼンへ向かうために電車を降りた。


ゆっくり行こう / クリープハイプ

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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