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「校則さんって、お客様目線欠けてませんか?」

「環、大丈夫?…大丈夫そうじゃないね。いいよ、外出よう」
体育館で開かれた全校集会。3学年が整列し順番に床へ腰を下ろすなか、ピンク色のカーディガンの雅(みやび)が私の腕を引く。化粧品のような香りがした。
「おい、加賀!(雅の苗字)坂本!(環の苗字)早く座れよ。全校集会だぞ」
学年主任の男性教師が私たちを呼ぶ。不安そうに教師を見た私に雅はいう。
「大丈夫だから、ね。えーっと、先生!まじで体調悪いので」
「そんなわけないだろ、お前ら」
「無視無視!」
そのまま体育館を出ると、渡り廊下を走った。

雅はトランスジェンダーである。出生時に割り振られた性別は男性、性自認は女性。高校入学時には男性として振る舞っていたが、一緒のクラスになった3年生の時はピンク色のカーディガンを着て化粧をし、髪の毛にエクステをつけるなど、性表現が女性っぽかった。(ちなみに校則がゆるく制服もなかったので、服装は自由)
本人は明言こそしなかったが、振る舞いも交友関係も、トランスジェンダーであるということを隠すことはなかった。同級生たちはなんとなくそのことを察しながら雅と接していた。

そんな雅と一緒に廊下を抜け、教室へ向かう。
目の周りをだるくさせるような、熱気のこもった教室に入り、向かい合って座った。
「環、どうしたの?体調悪いっていうか、なんかあったでしょ」
「人がたくさんいて拘束されるようなところにいたくないんだよね・・・」

私は当時、2つのことで悩んでいた。
1つ目は全校集会や電車など、人が多くいて身動きが取りづらいところに行くのが怖かった。それは部活に起因していると、この年になってようやく気づいたが、当時は理由がわからずとても苦しかった。
入部した男子バレーボール部では、全国大会出場を目標にしていたがわずかに届かず、関東大会止まりの成績だった。周りが何も見えていない当時の私にとって、部活の目標だけが生きる目標だったため、引退後は抜け殻のようになっていた。
現役時代はとにかくストイックに自分と向き合い、それゆえにチームメイトに対して衝突とも呼べぬ一方的なつっぱりを発揮。明らかに孤立していた。部活を引退した後も”全国大会に出られなかった”という後悔だけがモヤモヤと残り、受験勉強に身が入らなかった。
そして、人がたくさんいて身動きが取りづらいところ(例えば全校集会や電車など)にいくと、そわそわして今すぐここから脱出しないといけないという脅迫観念にかられるようになってしまっていた。おそらくこの症状はいわゆるパニック障害で、部活で移動する際に電車内で自分に強いストレス(絶対に勝つとか誰よりも上手くなるみたいな暗示)をかけることを繰り返してしまい、似たシチュエーションの全てが怖くなっていた。

2つ目は性的指向のことだ。
当時1年くらい付き合っている彼女がいたが、部活の後輩にも惹かれていた。ただ当時は、バイセクシュアルという概念を知らず、ゲイ(男性同性愛者)という言葉だけを知っていたため、「今の彼女のことはもちろん好きなんだけど、部活の後輩も好きかもしれないって思うのはなぜ?男だけ好きなわけではないんだけどな…」と頭がかなり混乱していた。
受験期ということも相まって、「俺ってなんなんだ?どう生きていくんだ?」という自我の目覚めのようなことを考え、答えが出ないままだった。

そんな2つを抱えている中、全校集会という自分にとっては悪いシチュエーションかつ、彼女とも部活の後輩とも顔を合わせてしまって、かなりうろたえていた。そんな様子を雅は敏感に感じ取り、強引に体育館から引きずり出してくれたのだ。

私は、自分の都合の良い形に言葉を変えながらだが、雅にぽつりぽつりと打ち明けた。
全校集会や電車に乗るとお腹が痛くなってトイレに行きたくなってしまうこと。
彼女のことが好きなのに、後輩の男の子のことも可愛いと思ってしまうこと。
将来どうやって生きていけばいいのか漠然と悩ましいということ。

雅は「うん、うん」と頷きながら、特に口を挟まず話を一通り聞いてくれた。

「環の気持ちわかるよ。なんていえばいいかわからないけど、うちらって近いものを感じていたし仲間だなって勝手に思っちゃった」
雅が笑う。
言葉たらずの高校生たちでは表現できなかったが、性自認や性的指向、性表現に悩み、きっとLGBTQなど性的少数者に含まれるであろう自分達が悩みを共有できたことに雅は少しほっとしていたのだと思う。
「実は私もね、彼氏と・・・」
雅が自分の彼氏との話をポツポツとしてくれたことも嬉しく、全校集会から抜け出せたその時間は思わぬところにいた仲間と再会できた喜びがあった。

その後、雅とは一緒に行動する機会が増えた。体育では一緒にペアを組んだり、行事準備の時は準備そっちのけで恋バナをしたりした。友達と喧嘩した時も廊下で地べたに座りながら延々と話し、思いっきり泣いたり、笑ったりしながら青春の時間は過ぎていった。

雅のことを「いじる」同級生もいた。
雅は身長170センチほど。化粧やエクステ、ピンク色のカーディガンはかなり目立っていて、「オカマ」などと差別する人もいた。ただ、雅は言い返すことができていたし、周りの(特に女性が多かったと記憶している)人たちが「は?意味不明」とキレたり、いじる人たちを取り扱おうともしなかったので、「いじることがカッコ悪い」という認識がそこにはちゃんとあった。
そして何より、多くの周りの人たちが雅のスタイルについて口を挟まず、一緒に遊びに出かけたり、学校行事を楽しんでいたり、化粧品について情報交換をしたりしていたので、偏見はかなり薄まっていったと思う。

校則がかなり自由だったことも影響していると思う。
部活の先輩から教えられたのは「犯罪を犯さないこと。下駄を履かないこと。それだけだ!」ということだった。
何やら下駄に関しては、過去に反社会的勢力によるゴタゴタがあり、その人たちが下駄を履いていたとか。そんな都市伝説のような校則しかなかった。
実際、学校を見渡すとそこには色々な人がいて、パンクロッカーのように髪の毛をモヒカンにしている人、ピンクや緑に髪の毛をそめた人、私服もジャージもなんちゃって制服もいて、自己表現をしたいようにする人が多かった。
だから雅は目立ってはいたものの、誰から咎められることもなく、「まあうちの学校だしね」って感じで多くの人が納得していた。

自主自律を謳う学校だったため、生徒たちの自主性がかなりあった。
雅と私が全校集会に出なかったのはダメなことだが、一人で切羽詰まっていた私を見つけ、緊急的に外に連れ出そうと考えてくれた雅の行動は、私の人生をだいぶ楽にしてくれた。
そして、私は新聞社に入るときの志望理由として、「高校時代にトランスジェンダーの友達がいて、その子が高校では差別をあまり受けないのに社会に出た時になぜ差別に遭うのか考えたい」と会社に入る動機にまで発展したのだった。

ニュースなどで校則の話題が上がるたび、校則は誰のためにあるのかという問いが頭に浮かぶ。未成年の子どもたちをまとめるため、つまり教師のためにある側面も多いと思う。ただ、もし細部まで決められ過ぎた校則で縛られていたら、生徒たちの自主性は、自由は、思いはどこに向かうのだろうか。

私たちの場合で考えてみる。
雅が制服などを通じて男性としての性表現を強制されていたら…
私がパニック障害を起こしていて、そのことに自覚がない状態なのに、校則で「全校集会に出席しないと停学」などと規定されていたら…
男女別に色々なものが分かれ強制されるようなところだったら、もしかしたら雅をみる周りの同級生の目は…

自由な校則の中で、自分達の頭で考えてきた私としては、校則で縛られる世界というのを想像するだけで首がギュッと閉められるような気持ちになってしまう。

社会人になって思う。
大人は高校生と同じような無垢さで、「お客様のために」という綺麗事をビジネス上で平気で口にする。それを否定しているわけじゃなくて、無垢な心や所属する団体の行動指針に縛られるその姿は、高校ぐらいからあまり変わっていなのだろうなと思える人が案外たくさんいるのである。
会社に入るのも部活に入るのも同じくらいの温度感じゃんって、ツッコミを入れたくなる。

なのに高校生のことは校則で縛って、自分達で考える余白がなく、自由に動く余地がなかったら、大人になっても同じように会社の方針ばかりに沿ってしまうような人が増えてしまうのではないかしら。
少なくとも私は、雅とその周りを取り囲んだ良くも悪くも色々な人たちに出会い、そして彼女ら彼らの本音や建前に基づく行動に触れ、自分の頭で自分の人生を考える素地ができたと感じている。

社会人になって何年かしてから雅、そしていつもの美香で群馬へ温泉旅行にいった。そこではお互いの局所は隠しながら混浴に入りたくさんの話をした。性別関係なくみんなで楽しんだその思い出は、きっと何かに縛られてる人達では経験できない楽しい体験だっただろう。

<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社に入社。その後シェアハウスの運営会社に転職。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(美香談)という自覚があったから。
▽太は、私が尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽好きな作家は辻村深月




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