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「海へ」

「海へ」

 海へ向かう電車に乗っていた。アルミニウムの手すりに頬を寄せて、自分が手に入れた自由の冷たさを感じた。そのために引き換えにしたものたちを、窓の向こうにいくつも見つけた。家々の灯り。笑いあう親子。きっと作りかけの夕食の匂いが、換気扇から外へ流れている。
 それは私がずっと夢見てきたはずのものだった。けれど、結局手には入らなかった。人にはそれぞれ生まれ持った手のひらがあって、私の手のひらは小さくて、小

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「夜の足音」

「夜の足音」

 ささやかな宴が終わり、騒がしい学生たちの一団が、中華料理店の熱気から冷たい夜道へと放り出された。彼らは会計を終えてもなお散らばりきらず、軒先に釣られた赤と橙の電球を背にして、蚊柱のようにわんわんと声を響かせている。
 喧騒の中、紺色の服をまとった影がひとつ、するりと群れからこぼれ出た。
「桐子ちゃん、二次会行かないの?」
 遠回しにとがめるような声がした。彼女は聞かなかった振りをして、一人、路地

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詞 "Setting Sun"

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鏡を見ていて 気がついた
おまえは沈みゆく夕陽なのだ
引き裂かれ、しわだらけで、やつれて燃え尽きてしまった
そうしてようやく、おまえは美しいものになった

おまえは金持ちで、いい家に住み、愛のことをよく知っていた
それから全てを失って、あるいは売り払い、そして忘れてしまった
空っぽの部屋で、見慣れたシーツの色だけがおまえをなぐさめる
夜毎くるま

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00:00 | 00:00

数年前バンドやってた頃(解散後だったかも?)に一人で録ってたメモ録りみたいなのを発掘したので、いくつかまとめてあげてみます。英語っぽく聞こえますが、ムニャムニャ言ってるだけであまり意味はないです。
ジャケ画像は一緒に見つけた謎の落書きです。疲れていたらしい。

一応の仮タイトル:
1. ハイホー (0:00〜)
2. Cuckoo Daddy (0:45〜)
3. Black Spot (1:35

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窓

 あの頃窓の外にあった快活なざわめきは、今も同じように窓の外にあって、私はここで彼らの声を聞いている。遠くの声の美しさ、近づく足音、きしむ窓、私は溜め息をついてまた筆をとる。起こらなかった事事の余韻。

 あの踊りの輪は、おまえのためのものではないんだ。だけどおまえはここで、木靴を履いて踊ることだってできる。ただ、やらないだけさ。床が傷むし、音を出すと大家が嫌がるからさ。
 なだらかな午睡の中で、

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