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魔法少女の系譜、その130~『王家の紋章』と口承文芸、続き~


 今回も、前回に続き、『王家の紋章』を取り上げます。
 前回の末尾に、「アイシスが、インドネシアの伝承に登場する魔女に似ている」と書きましたね。インドネシアの口承文芸には、魔女が登場することが、よくあります。ヨーロッパの魔女に比べると、インドネシアの魔女は、もっと大物であることが多いです。

 例えば、インドネシアで最も有名な魔女は、ランダでしょう。ランダは、インドネシアのバリ島の伝承に登場します。悪役の中の悪役、悪のラスボスと言える存在です。
 ランダは、バリ島の聖獣バロンと、永遠に戦い続けます。世界の終わりまで戦っても、決着がつかないといわれます。
 ところが、善の体現である聖獣バロンと、魔女ランダとは、じつは、同じ存在なのだと伝承されます。同じものの別の面を見て、それぞれ聖獣バロン、魔女ランダとしているに過ぎないとされます。聖獣バロンも魔女ランダも、世界の根源に位置する存在で、彼らの争いこそが、この世を作っています。
 聖獣バロンと魔女ランダとは、哲学的で深遠な、バリ島の思想を表わす存在です。

 『王家の紋章』のアイシスと比較するには、バリ島のランダは、大物すぎるかも知れません。とはいえ、世界の根源に位置する点は、アイシスとランダとは、共通します。
 『王家の紋章』では、そもそもの発端となるのは、アイシスが、三千年の時を経てミイラから蘇り、現代に現われたことですね。キャロルがメンフィスと出会い、運命の恋に落ちるのも、アイシスが、キャロルを、古代エジプトへ連れ去ったためです。

 以前に書きましたとおり、『王家の紋章』の世界では、メンフィスとキャロルとの運命の絆が、絶対正義です。それを結ぶきっかけを作ったのが、アイシスなのですから、アイシスは、『王家の紋章』世界の始まりを作った存在です。世界の根源に位置する点が、ランダと同じです。

 『王家の紋章』は、二〇二〇年現在、まだ完結していません。このため、キャロルとメンフィスとアイシスとが、最終的にどうなるのかは、現時点では、不明です。
 ただ、その結末は、第一巻の時点で、示唆されています。メンフィスとアイシスとは、死んで、ともにミイラにされ、同じ墓所に葬られました。キャロルのミイラは、そこにはありませんでした。
 この場面が変わらないとするならば、キャロルは、どこかの時点でメンフィスと別れてしまい、メンフィスは、アイシスと結ばれたことになるでしょう。

 しかし、そこは、フィクションですからね。作者さんが望み、かつ、読者が望む方向へ、物語は進むでしょう。歴史が書き換えられて、最終回で、メンフィスとキャロルとのミイラが並んでいたとしても、私は、驚きません。
 四十年以上も連載に付き合ってきた読者が、メンフィスとキャロルとが別れることなんて、望むとは思えません。もし、そんな最終回が『月刊プリンセス』に載ったら、秋田書店は、怒れる『王家の紋章』ファンによって、焼き討ちされるでしょう(^^;

 『王家の紋章』世界の根源であるアイシスは、あらゆる意味で、「強い」キャラクターです。死んでから約三千年も経って、ミイラから蘇るほどの魔術の達人であり、ラガシュと結婚してバビロニアの王妃となっても、メンフィスを愛し続けます。メンフィスのほうも、キャロルと結婚したというのに、アイシスは、決して、メンフィスを諦めません。意志も魔力も情熱も、強いですね。
 しかも、彼女は、三千年後の現代に現われても、うまく適応してしまいます。一時期は、キャロルたちをだまして、リード家に入り込んだほどですからね。
 三千年もの時を隔てて、古代でも現代でも、自分の意志を実行してゆくアイシスは、確かに、女神か、強力な魔女のように見えます。それでも、本当に欲しいメンフィスは、手に入れられないところが、哀しいですね……。

 アイシスが愛するメンフィスは、アイシス自身と、よく似ています。二人とも美形で、気性が激しいですよね。姉弟といわれて、納得します。美形で気性が激しいのが、この王家の血筋なのでしょう。
 違いと言えば、男女の別と、武力と魔力の別くらいですね。メンフィスは武力に優れますが、魔術は使えません。アイシスは、武力は持ちませんが、魔力に優れます。
 メンフィスは、直接的な力(武力)を持つためか、辛抱ということをしません。古代の王族らしく、傲慢で、自分の意にそぐわないことがあると、暴力をふるいます。
 アイシスは、気性は激しくても狡猾で、自分を抑えることを知っています。そうでないと、魔術を使いこなすことは、できないのでしょう。だから、現代にも適応できたのでしょうね。

 メンフィスも、いろいろな意味で「強い」キャラクターですが、現代では通用しないタイプですね。「古代エジプトの王」という社会的地位を失って、現代に来たとしたら、早晩、誰かを致命的に怒らせて、殺されるか、犯罪者になってしまうでしょう(^^;

 古代ヒッタイトの王子イズミルも、現代に連れてきたら、ヤバい傲慢男ですね。メンフィスよりは柔軟性があるので、時間をかければ、現代に適応できるかも知れませんが。
 イズミルの父親であるヒッタイト王や、古代アッシリアの王アルゴンも、現代では、とうてい通用しないタイプです。隙あらば戦争を仕掛けて、自分の領土を増やそうとしますし、隙あらば女を集めて、酒池肉林したがります。古代から中世くらいまでの王族にしか、あり得ないタイプです。

 『王家の紋章』を恋愛ものとして見れば、このような「現代にはいない」タイプの男性を、恋愛相手に選べるところが、魅力の一つですね。タイムスリップものだからこそ、できる技です。バラエティに富んだ男性を集めて、逆ハーレムができます(笑)

 キャロルは、現代と古代とを往来するので、現代の男性も、逆ハーレムに入っています。ジミーとアフマドですね。
 ジミーは、もし古代に行ったら、一瞬で殺されてしまいそうなタイプです(^^; 考古学が好きなだけの現代っ子で、優しい少年ですからね。
 アフマドは、いまだに氏族間の抗争が激しいといわれるアラブの出身なので、古代でも、わりと行けそうです(^^)

 『王家の紋章』の古代の男性で、現代でも通用しそうなのは、バビロニアの王ラガシュ、ミノアの王ミノス、古代エジプトの大神官カプターくらいですね。

 ラガシュは、やたらに戦争をしたがりません。女好きでもなく、アイシスがただ一人の妻のようです。作品中では、よく狡猾といわれますが、王たる者、狡猾なくらいでなくては、国など治められないでしょう。戦争をしたがらないのは、統治者としては、賢明な態度です。
 ラガシュがアイシスに求婚したのは、アイシスの美しさに惚れこんだのとともに、古代エジプトと縁戚関係を結べるからという理由があるでしょう。そのくらいの計算もできずに自分の結婚を決めるなら、むしろ、王としては失格です。
 情熱ばかりではなくて、冷静な計算も働かせられるので、ラガシュは、現代に連れてきても、通用しそうです。

 ミノスは、以前に書きましたように、『王家の紋章』のショタ要員です(笑) 彼の場合、病弱なため、古代よりも、医療の発達した現代に来たほうが、幸せに暮らせるでしょう。

 カプター大神官は……こういう「金ぴかもの大好き」なヘンタイおやじ、現代にも、いそうですね(笑)

 そうそう、ミノアには、ミノスの兄のアトラス王子もいますね。彼は、角が生えた巨人という異様な姿なので、現代では、見世物になるだけでしょう。古代でも、幽閉されているくらいです。

 このように、キャロルを狙う現代・古代の男性たちを見てゆきますと。
 超影の薄いジミーと、ヘンタイ枠のカプター大神官とを除けば、キャロルの相手になる男性は、みな古代の王族か、アラブの大富豪です。女の子の願望まっしぐらの大ロマンですね(笑)

 これまでは書きませんでしたが、『王家の紋章』世界には、キャロルやアイシス以外にも、強い女性が登場します。伝説のアマゾン族の女王や、ギリシャ神話の魔女キルケー、古代アビシニア(現在のエチオピア)の王子の配下エレニーなどです。みな、武力または魔力に優れた女性です。
 一九七〇年代に連載が始まった漫画―しかも、少女漫画―としては、これほど強い女性が、複数登場するのは、珍しいことです。この点でも、『王家の紋章』は、時代に先駆けていました。
 『王家の紋章』は、確かに、二〇二〇年現在に見れば、古いと感じる部分も、多いです。けれども、古くさいだけの作品ならば、四十年以上も、読者が付いて行くはずはありません。のちの時代に通じる要素も、いくつもあります。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『王家の紋章』を取り上げます。



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