自己紹介2.0
信号が切り替わり、人の波が押し寄せる。
僕は新宿駅西口にいた。
今日はとても大切な日だった。
駅を出てすぐの信号を渡ったところで、彼女と待ち合わせをしていた。
僕が集合場所に着いたとき、約束の時間まで10分ほど時間があった。
たくさんの人がつくるうねりの中に、彼女の姿を探した。
しかし10分経っても、彼女は現れなかった。
そこで僕は気づいた。
もしかしたら、今まで僕はずっと夢を見ていたのではないか、と。
本当の僕は精神を病んでおり、彼女と待ち合わせをするという白昼夢を見ているのではないか。
それならきっとここは新宿などではなく病院の中で、すれ違っていく人たちは医者かナースなのかもしれなかった。
恋人がいる、というのも僕の頭が創り上げた幻影に違いなかった。
当然かもしれない。
彼女は僕の恋人というには、あまりにも素晴らしい存在だった。
五、六年前、僕はうつ病を患ったことがあった。
それまでは調理師を志し、東京というところに期待を抱いていた。
しかしいざ職についてみると、朝早くから夜遅くまで自らの労働力を酷使し、プライベートなどまるでない生活が待っていた。
毎朝、満員電車でビジネスマンたちと格闘し、席を奪い合った。
終電で寝過ごして、一時間ほど歩いて帰ったこともあった。
休日は睡眠時間を稼ぐための日だった。
そんな生活をしていたからだろう。
僕は精神に異常をきたし、ある朝、どうしても出勤の電車に乗ることができなかった。
おそらく、そのあたりから妄想が始まってしまったのだ。
思えば小説を書き出したのは、そのころだった。
しかし実際は小説なんか書いておらず、病院のベッドの上で、意味不明な文字列を書きなぐっているだけに過ぎないのだろう。
僕は、お酒を飲みに行くのが好きだった。
しかしこれも実際には、病院の地下深くにある死体安置所の消毒用エタノールで一杯やっているのかもしれなかった。
このnoteにしてもそうだ。
意志のよわい僕なんかが、この一年まめに投稿を続けられているわけがなく、ましてやコメントをいただけるなんてことも信じられなかった。
きっと優しい患者さんやナースの方々が、僕の妄想につきあってくれているのだった。
僕は『絶対に嘘だけは書かないぞ』という固い決意をして、このnoteに臨んでいた。
自宅の前には【真実一路】という横断幕をかけていたし、両腕に【嘘つきは泥棒のはじまり!】というタトゥーをいれていた。
それもこうなってしまっては、なにが嘘でなにが本当かは自分自身でもわからなかった。
僕の大好きな乙一さんや、デイミアン・チャゼルや、amazarashiや、『風の歌を聴け』や、『わたしを離さないで』や、『ドロヘドロ』や、『ファイトクラブ』や、『チェンソーマン』は現実のものなのだろうか。
僕ははやく現実にもどりたかった。
現実にもどって、真実を受け止めたかった。
駅前(病院内のどこかだろう)でそんなことを考えていると、僕に近づいてくる人の気配があった。
それは彼女の幻影だった。
「それじゃ、いきましょう」
僕と彼女の幻影は歩きはじめた。
今日は付き合い始めて2年が経ったお祝いの日だった。
彼女の幻影と、豪華なホテルビュッフェを予約していた。
ローストビーフや各種チーズやタコライスなどをたくさん食べた。
彼女もその料理もホテルもそのお客さん、スタッフの方々も、幻影にしてはなかなか存在感があった。
僕と彼女の幻影は、たくさんワインを飲んだ。
それはたしかに、この世のものとは思えないひとときだった。
noteの皆さん、二年目も乙川アヤトをよろしくおねがいします。
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