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短編小説:『幸せのおまじない』前編

 ねえ、先生。
 先生は呪いって信じる?

 よくあるでしょ。真夜中の森のなかで白装束着て、誰にもみつからないように藁人形に釘を打って……みたいなの。バカバカしいと思うかな。私もつい最近まではぜんぜん信じてなかった。

 たまに星座とか手相とか、気になったりしてたよ。だってそれって自分の一部だから。誕生日とかもね。生まれ持ったもの。先天的な。運命みたいなもの。今日の星座占いで『身の回りにもっとよく気をつけましょう』とかやってても、ふうんって感じ。だってそれって私にはどうにもできないところでしょ? 親とか性格とか。私が決めていない部分。そこをどうこう言われたところで、結局『でも私のせいじゃないし』って思えるし。

 でも呪いって、そうじゃないでしょ。呪いって行動じゃん。自分からするでしょ。そういうことするときの責任みたいなのは、全部自分にある、って思ってたの。自分で選んでやったんでしょ、って。

 でも今になって思うとそんなこともないんじゃないか、って気がしてくるよ。テストの点が悪かったり、運動が苦手だったりすることと同じなのかもね。「頑張らなかったあなたがいけないんでしょ」って言っちゃえばそれまでだもん。どこまでが自分の意志で、どこまでが外からの働きかけがあったからで、どこまでが環境に影響されていたか……なんてわかんないから。

 あれは今年度のはじめのことだから、よく覚えてるよ。たしかクラス替えの直後だったっけ。でも私たちのクラスって文系と理系がごっちゃになってる変なクラスで、二年生のときと顔ぶれがほぼ一緒だったの。先生は美術だけ受け持ってたから、うちのクラス全員は知らないと思うけど。だからこの高校三年間、毎日会ってた友達も少なくないの。他の学校じゃこんなことないよね。私はその中でも特にカナとはずっと一緒にいた。そう、田所カナ。あのちょっと丸かった子。本人は気にしてたみたいだけど。私は可愛くて好きだった。あんなことになって……ちょっと痩せちゃったけど。

 でもそのころ私はよく考えてたことがあって。「本当にこのままでいいのか」って。今思い返してみると、高三になったプレッシャーもあったんじゃないかな。二年生のときに進路希望調査、っていうの書くでしょ? あれ、とっても苦手だった。それを書いてるとき、思ったの。「書きたいことがない、私はなりたいものなんかない」って。とってもありふれた悩み。そして、そんなありふれた自分がいやだった。

 なんだったかはあんまり覚えてないんだけど、クラスで盛り上がったことがあってね。たしか英語の授業だったかな。そのときの先生がノリよくて、みんな好きだったの。で、これまでも何度かそういう事があったんだけど、男子たちがふざけて先生をイジってクラス中大爆笑。みたいな。でも私はなぜかそのとき、ふと考えちゃったの。「何が面白いんだろ」って。その考えはすぐ消えて、みんなと一緒に笑ってたけど。

 そのときは特に深くも考えなかったけど、だんだんそういうことが多くなっていったの。カナと話してても。そんな自分が嫌だった。たぶんわかっていたんだと思う。なにかが変わったんじゃないか、って。いつまでこのままなんだろう、って思いが消えなかった。他人にあわせて笑って、偏差値もそこそこ、進路希望はとりあえず大学で、親もそれを望んでて。私っていつまでこのまま平凡な人間なんだろう。幸せになりたいけど、それについて何をしていいかわからなかった。彼氏はいないけど……大学行ったら、たぶんおんなじくらい平凡な人と付き合うんだろうな、って。

 長くなっちゃったけど、私はそんな経緯であの『おまじない』に出会ったの。呪い、って字は読み方がふたつあるでしょ。『のろい』と『まじない』。今はその意味、なんとなくわかるんだよね。

 うちから最寄り駅まで向かう途中にちょっと急な下り坂があるの。それを下ってすぐのところに、大きな交差点があって。そばには細い榎の木が生えてる。ある日私が通りかかったとき、そこに変な物があったの。最初はベージュのハンカチかなにかが、枝に結んであるんだと思ってたんだけど、ちがった。よく見るとそれは藁だった。藁の束。捻って一本の縄みたいにした物がくくってあったんだ。

 私はそのとき、なぜかその藁の束がすごく気になった。なんでこんなところに? みたいに疑問に感じるんじゃなくて、目が離せない感じ。いま考えると引き寄せられたのかな、って思う。「藁にもすがる」って言うけど、そのときの私はそれくらい、なやんでいたんだと思うよ。

 それでどうしたのかっていうと、私、束をほどいて持ち帰ったの。なんでそんなことしたのか自分でもわからないけど。縁起悪いとかは全然思わなかったな。特に考えなんてなかったんだ。それで家の机の上でその束を分解したら、なにが出てきたと思う?

 ……紙切れと髪の毛。長くて艶のある、たぶん女の人の。でも別に気味悪いとかは考えなかった。それよりもこれがなんなのか知りたいって気持ちのほうが強くて。それから、『幸せのおまじない』って書かれた札。字からしてたぶん女の子だった。その日はネットで色々なサイトを見て回って、自分なりに仮説をたてたの。「ああ、これ神社なんかでよく見かける、おみくじ結んであるのと同じなのかも」って。

 それから私が同じものを作って、同じ場所に結びつけるのに、そう時間はかからなかった。うちの周りは田んぼが多くて、藁なんていくらでも手に入るから。

 それからしばらくは、そんなことすっかり忘れてた。受験勉強や、模試や、進路相談が始まったから。たぶん、それと同じくらいの時期に、うちのクラスもだんだん受験モードになってきてて。そりゃ、イベントなんかがあるときはみんな仲良くやってたんだけど、ちょっとずつみんな授業中なんかで、遠慮したりするようになってきたんだ。

 でも決定的だったのは、英語の田所先生が私たちの受け持ちじゃなくなったこと。学校がかわるとかじゃなくて、私たちの授業に変わりの教師がついたの。そりゃ、クラスの中で疑惑が浮かんだよ。「もしかして、やりすぎだったんじゃないか」って。男子たちは特にね。自分たちは先生をイジって授業を面白くしていたんだ、退屈させないつもりでやっていたんだ、ってね。

 結局、先生に直接訊きにいくわけにもいかなくて、私たちは落ち着いて授業を受けることになった。

 私の全国模試の順位が上がっていったのもこの頃。定期テストも苦手だった日本史とか世界史とかの点数が高くなりはじめたの。それで「ああ、私ってやればできるのかも」なんて考えて、それが自信になってテスト中も落ち着いていることができた。

 カナともよく「これでよかったよね」って話をしたよ。私たちはにぎやかな授業も好きだったけど、でも自分たちは高校三年生なんだからもっと現実をみようって。同じ都会の大学に行く約束もした。カナも私と同じで普通なのが嫌なんだ、って嬉しくなったよ。

 でも本当はどこからが私の意志で、どこからが運か、なんかわかるわけなかった。たぶん、私の意志なんてほとんど関係なかったのかもしれない。それが、あの『幸せのおまじない』の力だったの。





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