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黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第十二章 干し茸

12 干し茸

 勲は黒影達と離れ、十馬を亡き者にしようとしている、愛人の矢井田 百合子宅を訪れる。
 やはり、十馬からかなりの示談金で別れたのか、広い和風庭園で、数人の使用人が彷徨き警戒している。
「……表からは無理そうだな……。」
 余り騒ぎにせずに、一人一人遭遇して影に取り込むのであれば何とか成りそうだ。巡回は離れて不定期に回っているらしいので、一人にバレて無線や笛、若しくは大声で呼ばれては厄介である。
 黒影は勲を案じて、発信機と超小型無線機を渡した。
 大袈裟だと断ったが、一人は危ないと半ば強引に渡された。
 確かに黒影と言う男は、周りが言う様に、自分であり自分とほぼ同じだが、心配症であるし、技の使い方や持っている物は全く違う。
 裏から入ると、屋根の垣根から堂々ときのこが網で連なり干されているではないか。
 隠さず、大胆にも普通に吊るし、まるで椎茸の干物を作っている様だ。
 勲は吊るされたテングダケの一番先に揺れていた物の紐を宙で指でなぞり、影で切った。
 証拠品扱いになるので、慌てて真下にビニール袋を広げて、キャッチする様に中にするりと入れて、封をする。
「裏庭に大量に椎茸を干すみたいに、干しています。証拠として一枚、押収。」
 勲は久々で慣れないが、無線を聞いているであろう他の面子に言った。
「了解。後は其れを使用した証拠だな。監視はこっちからも見えている。近付いたら教える。安心していい。」
 黒影はそう言った。このくらいの下調べ……一人で良いと言うのに。「僕も是非、勉強させて頂きたい。」と、この通りだ。
「中へ潜入する。これより、無駄な会話はしません。成功したら、また。」
 勲はそう言った。
「了解。成功を祈る。」
 黒影はそう答え、近くにいたサダノブ、風柳、白雪に会話をしない様な唇に人差し指を当て、知らせる。
 他の三人は黒影のジェスチャーに気付き、深く頷いた。
 此処で変な音を立ててしまったら、潜入の妨げになる。
 サダノブは衛星画像で上空から、監視の動きをタブレットに表示した。
 分かり易く頭上に赤い矢印をくるくる回る様に付け、建物内に多少入っても、見える様にし、黒影と見ている。
 電気、水道配管の集まる場所を、事前に勲に伝えてある。
 恐らく、キッチンであろう。
 勲は指定されたキッチンへ向かう。
「一人……3時の方向より。」
 黒影は静かに勲に伝えた。
 勲からは返事が無い。
 急いで隠れているに違いないのだ。
 勲は食器棚の影に、スッと潜り込んで、監視が出て行くのを待つ。何気ない影から、蒼い瞳の目だけが、まるで水面下から見える様にギョロギョロと辺りを見渡していた。
「……クリア。」
 監視が通り過ぎ、離れたのを確認すると、黒影は小さな声で勲に告げた。
「了解。捜索にはいる。食器等音が出る物が多い。先程よりも監視は遠距離でも伝えて下さい。走り出す恐れがあります。」
 勲はそう伝え乍も、既にシンク下や彼方此方を静かに開いてはある物を探していた。
「了解。」
 黒影は祈る気持ちで、次の勲からの返答を待つしか無い。
「サダノブ、「勲さん」の発信機からのセーフティゾーンを広げてくれ。」
 黒影は急かす様に、サダノブのタブレットの角をカチカチと二回爪先てトントンと弾いた。
 これは、至急やるようにと、黒影が昔から行う、せっかちな態度で、黒影自体は無意識にやっている。
 サダノブは勲の発信機位置半径のセーフティゾーンを1.5倍に上げる。
 この円のセーフティゾーンに監視者が入ると、円自体が赤く点滅し、わかり易い構造となっているのだ。

 ……勲が探している物は、ミキサー、摺鉢、すりこぎの様な物だ。
 普通に置く筈も無く……。だが、最近使用していた。
 勲はハッと気付いた。キッチンにある、簡素なテーブルセットの下を覗く。
 やはり、キッチンには貯蔵用の床下収納があるものだ。
 そっと開けて見ると、やはり其処に、摺鉢と、すりこぎがある。小さなボタンを押すだけで中身を細かく砕くミキサー。
「勲さん、一人行きます。」
 黒影が言った。
 勲は、その小さな物が入っていないとしても、大人一人入れるかどうかのスペースに、呑み込まれる様に入って行くでは無いか。
 運が味方をしたと、勲は思った。
 何故ならば、床下収納の貯蔵庫は真っ暗だからだ。
 既に、影だらけなのだ。
 勲は影に滑り込み、蓋を少しだけずらし開く様にすると、中で悠々と物色する。
 証拠品で、百合子の指紋が付着している可能性が高い為、少し大きめの袋に分け保存した。
 これだけの証拠品となると、少し荷が多い。
「クリア……通過した。」
 と、黒影の無線が届く。
「セーフティゾーンは誰もいませんか?入りそうな者は?」
 勲は聞いた。
「今はいません。如何しましたか?」
 黒影は何か状況が変わったのでは無いかと心配した。
「大丈夫です。突破します。」
「えっ?突破?」
 勲の言葉に、黒影も驚く。
 勲は、床下収納をから飛び出すと、両手に証拠品を抱えたまま、漆黒のロングコートを水平に波打たせ、猛スピードで走り出す。
 そして一番近い垣根を地を踏み切りジャンプすると、飛び越えて、後ろを振り向く。
 気付かれていない、尾行も無いと確認すると、黒影達の元へと走る。その速度は影から影を伝って飛ぶのだが、感覚に近い物があり、次に飛ぶ場所を考えているのかさえ、定かではない。
「……持って来ましたよ。」
 勲は、黒影に証拠品の山を見せる。
 黒影は唖然とし乍も、
「あ、うん。凄いね。僕等要らなかったみたいだ。まるで涼子さんみたいだよ。」
 と、黒影は思わず言った。
「涼子?……ああ、聞いた事はある。真っ赤でド派手な、真昼から堂々と盗む大泥棒「昼顔の涼子」だろう?」
 勲はそう言った。
 まさか、その涼子に……現在十馬の金周りを調べて貰ってると言うと、話が長そうだと、黒影は苦笑いし違う「涼子」に頼んだ事にしようと心に思ったのである。
 ――――――――――――――

「良し、此れで証拠が揃ってきた。」
 部屋に入る前に風柳は証拠品を県警の鑑識の分析に回し、満足そうに帰って来た。
 先に宿にいた黒影とサダノブと白雪は寛いでいる。
「お帰りなさい、風柳さん。お疲れ様でした。」
 珈琲カップを口から離し、黒影は風柳に言った。
「そうだ。其方の十馬の金の流れは如何だ?」
 風柳はふっくらとした、クッションの様な座布団の上に胡座を掻いてドカッと座ると、涼子の事だからもう情報を仕入れても可笑しくない頃合いだと、黒影に聞く。
「全部、勲さんの推測通りだ。
 長く下調べしていただけはあります。
 ◉平岡に十蔵と加代子さん殺しの後にも、多額の報酬金が動いたのを確認出来ました。

 ◉また、その平岡を船舶で事故死に見せ掛け、漁船に金を配って監視させた。漁船の者達は知らなかったので、同情の余地ありとはされ、法的には知らない事は罪ではないので、其処まで重くはないが、知っていれば立派な殺人における教唆の罪に問われるかも知れないですね。(殺人教唆という罪名は良く使われるが存在しない。)

 ◉武田 十蔵の弁護士を監視させる為、従業員数名に特別ボーナスが出たようです。通常では有り得ない、一人500万円。口止め料込みと言ったところでしょう。

 ◉白雪を誘拐しようとした際には、裏社会に白雪に莫大な懸賞金を掛けています。ですが、見つけた者も今度は殺す気だったのでしょうから、此方は金額云々の話では無さそうです。

 ◉そして、明確なものとしては、矢井田 百合子に渡した手切れ金……つまり、示談金や慰謝料と成りますが、これが、二億程ですね。

 此れは如何やら裏金で、税理士と内密に脱税しています。
 マルサにでも、後で入って貰いましょうか。」
 と、黒影は淡々と一連の金の流れについて、涼子からの報告を共有する。

「真っ黒だなぁー。金って怖いっ!まだ先輩の常識外れの使い方の方がマシに見えてきた。皆んなハッピーになりますもんねぇ。」
 と、其れを聞いたサダノブは言った。
「そうねぇ、イギリスでのスラム街で宿経営も、帰って来てからタワーマンション経営も驚いたけど、皆んな幸せそうだわ。」
 と、白雪は大好きなロイヤルミルクティーを飲み、思い出し乍話す。
「昔は、六畳二間だからねぇ。僕だって、こんな風になるとは思っていなかったよ。」
 黒影はそんな事を言って苦笑いする。
「だったら、宿泊だって、何時もスイートじゃなくても良いんしゃなくて?」
 今回もそうだが、スイートじゃなきても、良い所があるでは無いかと、白雪は言いたいのだ。
「……其れは、ソファーが選べるし……まぁ、色々ですよ。」
 そう、黒影は言葉を濁したが、実は白雪に合う所を探していると、やっぱりスイートだよ……と、思ってしまうのは、ここだけの話である。

「其れより、主犯に死なれたら未だ困りますね。
 僕、解毒剤持っていますけど……。」
 と、黒影は立ち上がり、コートをバサッと広げた隙に、裏の無数のポケットから、一つの小瓶を取り出す。
 そして、
「ただ、此れを如何飲ませるかですよね。遅効性であり、恐らく粉末状か細かくして、直ぐに致死量に至らない様に与えていたのですから、体内に蓄積された分も薄めたり、抜く必要もあります。内通者も消された事ですし、一刻を争います。此処は担当医を呼んで、堂々と潜入しましょうか。」
 と、黒影は楽しそうに言うのだ。
「堂々と潜入?」
 白雪は黒影がニヤッと笑うものだから、また良からぬ企みがあるのだわと、黒影に呆れつつもその笑みが浮かんだ時は、良い案に違いないと安心して紅茶に舌鼓を打つのであった。
 ――――――――――

「ではっ、黒影助手……行って参ります♪」
 と、黒影はブルーライト眼鏡……通常キャピキャピ眼鏡を掛けて、如何にもインテリっぽく、スーツの上に黒のロングコートでは無く、今日は膝丈程の白い白衣を着ている。
「似合うじゃないですか。……まさか、テングダケをねぇ……。」
 と、言ったのは、十馬の担当医である。
 新米助手の雑用と見学と言う名目で、担当医について行き潜入するのだ。
「狡いですよ、先輩ばっかり。」
 サダノブは少しだけ羨ましいが、サダノブはサダノブで無線管理や、もう一つの重大な仕事がある。
 昨日、テングダケを致死量にして干していた百合子は一個ない事に、致死量に至るか心配になり、また取りに行く筈なのだ。
 そろそろトドメを差したいところであろうからね。
 テングダケ生息地に小型カメラを何台も設置した。
 その監視と録画をサダノブはしなくてはならない。
 更にだ。神主さんには耳に引っ掛かける補聴器型の録音機を付けてもらっている。
 これは勲が神社に持って帰り、神主さんに説明し着けて貰う事となった。
 神主さんは御歳であるからして、補聴器を付けていても不自然では無い。
 神主さんには百合子に重要な証言を聞き出して欲しいのだ。

 ―――そして、同時進行で事件は進展して行く。

 黒影は担当医の横に座り、初めて武田 十馬と出逢った。
 今までの行動や権力の横暴が嘘の様に、其処には頬も窶れ、げっそりとした細い男が、布団に横たわる。
 その布団でさえも、余りの痩せ細り方に立体感は無く、顔が出ているから誰かいると分かるだけで、顔も布団の中ならば、誰も入ってい様にぺたんこである。
 後は死を待つだけ……そんな死臭漂うホスピスでも、かなり末期に窺えた。
 医師が乾いた口に脱脂綿で含んだ、解毒剤を軽く絞り飲ませる。
「これは大事な薬です。吐かないで頑張って飲んで下さいね。」
 と、黒影から渡された解毒剤を医師は優しく飲ませた。
 呑み込むのも苦しいのか、咽せり乍も眉間に皺を寄せ、吐き出さない様、口を閉じ時間を掛けて飲み込んだ。
 黒影が何時も何か毒を仕掛けられた時にと持っていた解毒剤が、此処で役に立つとは。
 医師は直様点滴をする。
 その腕には、もう点滴の針の跡が痛々し程に在った。
「……何故、こんな風になる前に、百合子さんを追い出さなかったのですか。」
 何も言うなとは、担当医から言われていたが、黒影は思わず聞いてしまった。
「……やっぱり……独りで死ぬのは寂しいものでしょう?……誰も信用出来なかった。金に群がる何かにしか、人が見えなかった。だけどね……私だって夢を一瞬ぐらい見てみたかった。仮初でも良い……。料理を作って尽くしてくれた。……毒ではないかと、助手さんも思っているのでしょう?……例え毒入りでも嬉しかったのですよ。正妻の公恵が死んだ時、もしかしてと思いました。だけど、助けてくれた様にも勝手に思ったのです。
 公恵は金遣いが荒く、私に暴力を奮ってはもっと金を出せと……情けないですが、私は其れに従うだけの馬鹿な男でした。そんな苦しい日々から、百合子が救ってくれた様な気がしましてね。だから、嘘でも信じていたいんですよ。
 手切れ金も示談金も渡した。其れでも来れば会ってしまう。せめて……哀れで愚かな男から、少しはお礼をしたかっただけなのですよ。」
 と、十馬は言うと、寝たまま天井を見上げて、一筋の涙を流した。
「すみません。野暮な事を聞いてしまって。」
 黒影は近くのティッシュで、その涙を擦らない様に軽く拭う。
「あんた、優しいね。……良い医者になるよ。」
 十馬は黒影にそんな事を言った。
「そう……成れると良いですね。」
 黒影は長い睫毛を下ろし、悲しみを押し殺し薄らと笑う。

 ……何故に人は……死を前に素直になるのだろうか……。

 もっと早くに気付いていたならば、犯罪は侵さずに済んだのだろうか……。

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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。