黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第十七章 儚き時より
17 儚き時より
「……其れが如何かしたんですか?」
サダノブは、黒影がしきりに懐中時計をじっと見詰めるので、何か大切な用事でもあるのかと、不思議そうに覗き込む。
「あの人が20年前の創世神と分裂した時点で、既にバグ……否、この「黒影紳士」の時間軸が崩れ初めていたのだよ。この時夢来の懐中時計は、本と一対となり僕の予知夢を反映させる為だけの道具ではない。……もしも、僕に……正しくはこの「黒影紳士」の世界が崩れる危機があったならば、其れを危険と感じて、どんな予知夢よりもその事案を伝える為に、その発生時刻を刻んだまま止まっていたんだ。
……20年……。この時夢来製作に関わった、少しだけ過去に干渉出来たビル(ビルマティ※FBI特殊捜査官)も今はいない。」
黒影は現在が何処様な状況かは分かりつつも、20年と言う長き時を遡り修正する方法が見当たらない。
時夢来は時の狂いを許さない……何とか、この習性を逆に使えはしないかと頭を捻る。
その頃、やっと体調が落ち着いたのか、薄らと聞いていた創世神がむくりと上半身を起こし、黒影にこんな事を言った。
「……何時も言っているだろう?考え過ぎても分からない時は、やってみるしか無い。……正義崩壊域に恐れを成して忘れたか?大事な唯一の社訓ではないか。
そして僕は黒影にこうも散々言ってきた。
自分一人で出来ない時は、素直に周りの手を借りれば良い。僕の大切な手を守ってくれたのだね。
……今度は、僕が守らせてもらう番だ。」
創世神はそう言って、黒影の痛々しい両手の指先を眺め視線を落としたが、再び黒影の目を見て強い眼差しで言った。
「……守るって……何をです?」
と、黒影は思わず聞く。
すると創世神はにやりと笑い、
「そんなの決まっている。この「世界(黒影紳士含む総ての物語)」の他に何が在ると言う?」
黒影に幸せそうに言ったのだ。
書ける事だけが幸せなのではない。……この愛すべき世界を書ける事が……何よりの幸せなのだ。
だから僕は僕の愛するものを守る。
たった其れだけの、至極簡単なシンプルな答えで十分だ。
……だからこそ……誰よりもこの世界を愛しているからこそ、出来る事がある。
……20年前の始まりに戻る方法。
……其れは……。
「……削除だ。一度ウィスルに蝕まれた箇所は、ワクチンも良いが原因が分かるまで時間を費やし、他の物語にバグが転移する前に完全削除出来れば最小限の被害と修繕で、抑え込める。この「黒影紳士」も他の世界もWeb上に存在する限り、膨大なデータと言う認識をした方が良い。黒影も他の皆も、この「黒影紳士」内に存在する以上は、膨大なデータを読み込んだハードの部品であると考えるべきた。
一聞に冷たい言い方に聞こえるかも知れないが、どの世でも、生きている以上は誰かやその世界の一部だ。
単なる割り切り方と響きの問題だと思っていて構わない。」
と、創世神は事もあろうか世界の削除を提案したのだ。
「えっ?其れって、この「黒影紳士」の世界って事?!……そりゃあ、創世神さんは削除したり書き換えたり出来るでしょうけど、あんまりに酷いじゃないですか?あれだけ愛情歪みまくりで「この世界を愛してる〜」なんて、言っておいて。ちょっと壊れたからポイッと捨てるんですか?創世神が其れで良くても俺は納得出来ないっ!レクイエムの保存媒体に突っ込まれて、眠るか……言わば死ぬ様なものじゃないですか!……痛くないから良いとか、勝手過ぎますからねっ。大体20年も先輩の事も放ったらかして、懺悔しようってまた書き始めたのに、何ですか?その消去の潔ぎ良さは。本当に、先輩に申し訳ないと、後悔している人の言葉とは思えないですけど!」
サダノブは其れでは余りに創世神を再び信じて歩んで来た黒影が不憫ではないかと、不機嫌さを全面に出して創世神に巫山戯るなとでも言いたい様だ。
「サダノブ……イマイチ、僕の事が未だ分からぬ様だな。僕はは至極残念であるよ。サダノブが「黒影紳士」に現れてからは真っ黒だった影の世界が、次第に色を帯び始めた。僕は君の登場と、黒影と出逢ってくれた事に、心から感謝しているのだよ。……なぁ、黒影?」
と、創世神は黒影ならば分かるだろうと会話をふった。
「そうですねぇ……。如何も貴方は相変わらず肝心な事を最後に話そうとして、更にはそのまま忘れてしまう悪い癖がある。ずっと物書きをしていれば、手順がそうなるにしても、会話までそうなる人は滅多にいませんよ。……サダノブ、余り気にしなくても大丈夫だ。この人は今から、大事な事を言う……推測する必要性すらなく。ただ、消すのでは大事になる。其れこそ、「黒影紳士」と読み込んだ物語がバグを起こす以上の被害にはなるだろう。……そのくらいは、この人だって想定済みな筈なのだよ。
だったら何故消去を選択するか……。
答えは一つしか無い。
データを消去するが、コピー……詰まりは、バックアップを一時的に他のハードに移して孤立保存して置くつもりなんだよ。
……其れが言いたかったのですよね?」
黒影は最後に其れで合っているか、創世神に確認する。
「……そうだよ、正に其れだ。其れを言おうとしたら、サダノブがごちゃごちゃ言い出すものだから、すっかり肝心な事を言い損じてしまったではないか。」
此処ぞとばかりに、創世神は外方を向いてサダノブの所為にしようとしている。
黒影は、その姿を見て……何時もの創世神らしいと、ホッと肩を撫で下ろし声も無く微笑んだ。
……らしく無い考えなんて欲しくは無い。
……何時も通りで変わらないが、平凡な小さな幸せがあるならば。
黒影は片方の掌をじっと見詰める。
未だ痛みで痺れの様な感覚もあり、動かさない方が良い事は分かっている。
……其れでも、この雨風が運んで来る冷ややかな空気を……少しでも、この場にいる皆に安心して欲しかった。
震える指先で、指笛を吹く。
暗雲を掻き分け一筋の真っ赤な光が差し、雨すら光の粒へと輝かせて黒影に向かって来る。
飛来した鳳凰の鳳(ほう。鳳凰の雄の総称)は、黒影の様子が何時もと違うので、肩では無く目の前に止まり、黒影を真っ黒な円らなくりっとした瞳で不思議そうに見ている。
「少し怪我をしただけだ。指が上手く使えなくてね。……炎を出して皆を温めてはくれないか。」
黒影がそう鳳に言うと、鳳は黒影の両手を嗅ぐ様に、嘴を近づけて心配している様にも見える。
軈て状況が分かったであろう頃になると、鳳は一枚の羽根を黒影の掌に落とした。
鳳や黒影が羽根を自然に落とす時は、鳳凰の力を使い、疲れを感じている時の筈である。
黒影は、鳳まで力が少ないのかと一抹の不安を頭に過らせたが、其れが間違いであると、次の瞬間に気付くのだ。
羽根が風に飛ばされそうになり、咄嗟に反射神経で掴んでみると、骨折だらけの指先が自然な流れで動いた。
……そうか。
「……鳳、有難う。」
黒影は何時もの様に、鳳が喜ぶので閉じた翼を優しく撫でてやる。
黒影に力を与えた鳳と、鳳凰の力を得た黒影は力を分け合い……また、痛みも分け合う。
余りに力の消耗が激しい時は、鳳凰が飲むと言われる霊水や甘水を黒影も飲み、回復させたりもする。
鳳が黒影が自分を呼べないのは困ると、自ら痛みを追って持っていってくれたのだ。
大きめの霊鳥とは言え、人間よりも小さな身体で、その痛みを代わるには、相当に苦しいだろうに……。
鳳は其れでも黒影の側を離れようとはしないのが、不思議なくらいである。
どんな罪も罰も犯罪者も被害者も、またその家族でさえ……元は同じ人間であると……ただ、捕まえ終わるだけでは無く、その平等を考え「真実」を見る様になってから、ずっと懐いているのだ。
鳳は孔雀の吉方角の八方に尾を見事に広げると、その其々の尾先に炎を揺らがす。
「後で、霊水をたっぷり飲ませてやるからな。」
そう、黒影は優しく鳳に言う。
両手を何かを掬う様に合わせ差し出し、微笑むのだ。
鳳は孔雀の尾を黒影の掌に集め、一つの輝かしくも真っ赤に燃え盛る、美しい大きな炎を作り上げた。
黒影は其れを、皆の真ん中にゆっくりと置く。
あの悲しみが滲む様な「正義崩壊域」の交差点中央に、魂が息づく炎が揺れている。
……僕らは此処で何度もすれ違う
生き方や進み方に迷い見失う事もあるだろう
大切な人さえもすれ違っても振り向く事すら出来ない時もあるだろう……。
其れでも……約束を一つだけしないか。
何度離れ見失い迷っても……またこのスクランブル交差点中央で会うと。
少しだけ安心しないか?
一人一人が違う道へ行き……色んな経験をして、出逢いも別れもあって……。
其れでも、もう迷いはしないんだ。
其れが此の……「黒影紳士」中央核心部……「正義崩壊域」スクランブル交差点だ。
君に言っているのだよ。
此れを読んでいる筈の君に。
僕らは長い人生を進み読んでいる。
共に歩く道があり、共に記憶を読んで行く。
果てない旅だ。
然し、君にも人生があり、其れは大切な時間で経験だ。
だから同じスピードで歩くとは思わなくて良いんだ。
如何か……君には君の人生の大切さを、健やかなる安寧の日々を願って止まない。
忘れた頃にまた再び黒影紳士を開いた時、何時でも君が迷わず正しい一本の道を見付けられるよう、其の素晴らしき再会の時は、僕は此処にいよう。
……だからね、今から二つになった道を一つにしなければならない。
誰も迷わない様に。
「黒影紳士」のスタート地点も読み方も君次第だが、間違った迷い道があるのはいけない。
今から其奴を探しに行くのさ。
……僕らの道は……誰にも譲れないからね。
――――――――
「……黒影!データのバックアップが他のハードに移せた。準備は出来たぞ。」
創世神は黒影にそう言った。
鳳の力とと白雪の応急処置……そして身体を温めた事で、幾分か元気が戻ったのか、そう言って立ち上がる。
勲は無口ではあったが、揺れる鳳凰の炎を見詰め、何か考えているようだった。
「なぁ……君は……勲さん。もし……もしも20年前からもう一度事件解決後に行けるとしたら、君は其れでも……君の人生を歩むべきではないだろうか。きっと、あれから今までの20年間の記憶は消えない。
だから、君にとっては40年の感覚にはなると思う。……けれど、きっと20年前の創世神が其処にいるならば、過去の白雪も風柳さんも其処に存在している筈なんだ。……僕は僕の道を変える気は無い。
今までの全てを大切に想う。きっと其れは……君も同じではないだろうか。
またこの村の人々と出逢い直すも良い……君の人生を歩んで欲しいんだ。例え……僕の影の力が弱くなろうとも。僕には十分な影がある。成長させ甲斐のある、君からしたら未だ微々たる力の影だが。行きませんか……もう一度、始まりの場所へ。」
黒影は勲にそう言った。
其れは黒影にとって、己の影の一部を失ったままこの先を生きていくと言う事だ。
怖いとか……強さが云々とは考えてはいなかった。
今までも無かったのだから。
けれど、逢えて嬉しかった。誰よりも自分を理解してくれている……そんな存在にも思えたからだ。
「もう……僕は君を消滅させる事など出来ない。」
黒影は勲にはっきりと言った。
勲は炎から視線を黒影に上げる。
「……また、会えますか?」
勲は落ち着いた声で黒影に聞く。
「……ええ、恐らくは。もし、駄目だったら、此処を待ち合わせ場所にしませんか。未だ君から影について学びたい事もある。」
その黒影の言葉に勲は、
「確かに……。私も、其の影を極めると言う事には興味があります。然し、一度20年前を消すとなると、私の行き場所は当然、複製されたハードの方になる訳ですよね?けれど其れは仮の始まりであり、本物の始まりでは無い。……詰まり、私が言いたいのは、私が20年前の複製されたハードに移る事により、更に修繕に成功したとして20年前の物語に移動するとします。……その間、如何しても20年前の物語……黒影紳士season1短編集が、二冊存在しなくては成立しないのです。……其れはまるで、この現在の二つの分かれ道にも似ていませんか?失敗すれば、「黒影紳士」の始まりが崩れてしまいます。私は己の人生よりも、より多くの「世界」への被害を懸念せざるを得ません。」
その勲の懸念点を聞いて、創世神が反応した。
「其れは僕が何とかしよう。此方の世界ではなく、現実世界に、もう一冊の安全地帯を作成する。其処を介して行けば問題ない。……一番問題なのは、其々の決意である事を忘れてはならない。何が起こるか、僕にも分からない。時間軸の空間に永遠に彷徨う事になるかも知れない。
其れでも、己の人生を己で進み全うするか如何か……其れが、今後の「黒影紳士」を作っていく礎になるのは、間違い無いのだ。……僕は行くよ。
……影だから何だと言う。現創世神として「勲さん」にこれだけは言っておくよ。君が影である限り、本来ならば君の周りに光が溢れている筈なのだ。
光が無ければ……影は現れる事すら出来ない。
闇ばかりでは無い。君が探すべき道は光だと……そう僕は感じているよ。あくまでも自由意志だ。参考程度に思えば良い。」
創世神からは、勲にそんな言葉があった。
もっと、自分自身を大切にして欲しいと、勲に言いたかったのかも知れない。
黒影は聞いていてそう思った。
だってそうだろう?
光を見て……光に突き進む者が、己を粗末に生きる方が難しいのだから。
勲は其れに対し、返事は無いが……何か心に想う物があった様だ。
例え影とは言え、感情を持ってしまった瞬間から、勲は影では無く、少し珍しい人間とも言える。
勲の瞳にには、一心に見詰める炎が揺れていた。
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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。