見出し画像

黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第十章 地獄

地獄

 其の地獄絵図には風柳も、人の姿に戻り呆気に立ち尽くすばかりだ。
 針山地獄と言えば近しいだろうか。
 地面のアスファルトさえ割り、一斉に植物の様に上空目掛け生える無数の針は巨大な槍の様に、敵共を突き刺し上げたのだ。
「こっ、此はいかん!やり過ぎだっ!」
 風柳は慌てて、救急へ連絡を取ろうとした。
 だが、其の手を勲が静かに止めるでは無いか。
「未だです。誰の命令だか、聞き出さなければ。」
 そう、勲は言うのだ。
「其れは分かっている!幾ら悪党とは言え、人命救助が先だっ!死なれたら「勲さん」が今度は犯人として捕まるんだよ。俺はそんなの真っ平御免だ!」
 風柳はそう言って、勲の手を振り解きスマホを打つ。
 だが、帯状の黒い影に其の手を巻き取られ、スマホを落としてしまう。
「私は捕まりません。この影で逃げ果せますから。」
 風柳は真っ黒になった腕を見て、此もまた黒影の技である「幻影守護帯(げんえいしゅごたい)」と言う、逃亡者を捕まえる時に使う技と酷似していて驚く。
 ……だが、
「何故、此を使わないであんな無惨な技を使ったんだ!」
 と、言いたくなったのも無理は無い。
「良いですか。今までこの金で長く雇われた武田家の者が、そう簡単に口を割るとお思いですか?口を割れば殺される……だから巡査も、捕まっても尚も口を割らなかったのですよ。……けれど、今……此処にいる、哀れで愚かなる者に私ははっきりと証言しよう。
 平岡巡査には確かに出所後直ぐに大金が武田家から入った。然し、其の大金も武田家からしたら、屑の様なものだ。……平岡巡査は大金を持って海外で悠々自適に暮らしている。……ふっ……そんな、夢物語……僕なら信じない。……死んでいるよ、とっくに。屑金を持った屑は目障りなだけだ。何時、口を滑らすかも分からない平岡巡査等、武田家にとってはそんな物だったと言う話しだよ。幾ら金の成る木を得たとしても、今戦い破れても勝利しても、君達は残念乍ら殺される。……正に、捨て駒だ。
 信じられないと思うならば、去年この村先の海で漂流し辿り着いたが亡くなったと言う、遺体を確認してみると良い。単純な事故死。近くの海岸からロープを付けたまま船を出させ、何も食料も与えず、海岸へ寄せつけなければ成立してしまう。周りを他の船で交代で取り囲み、拳銃か何かで脅すだけで良い。数隻の漁船が、数日間総出で探しに出たなんて言っていたが、嘘だ。漁船の雑魚さえ武田家は買い取り、探しに出たと言う漁船は総て新しいソナーを搭載したり網を新しくしている。つまり、口封じに大金を渡し、一隻の船を戻らせず、燃料が切れ沈む前に引っ張らせれば良かっただけだ。勿論、中で平岡巡査が飢え死にしているとは誰も気付かず協力してしまったのだろうな。
 後は、何食わぬ顔で全てを知る人物が、船に遺体がある……暫く使っていなかったと言えば済む状態だったのです。
 如何ですか。痛がっているところを長々と話してしまって申し訳ありませんねぇ。
 素直に誰からか言って頂かないと、此れ以上武田家自体を蔓延(のさ)ばらせる訳にはいかないのですよ。
 精々、貴方方が出所する頃には十馬は毒殺されるか、生きていても、私が手出し出来ない様にしましょう。……ほら、如何しますか?此れは運命で言う、与えられたチャンスです。チャンスを物に出来ない寓者は何時迄も、愚かに武田家を崇拝し、我を見失い殺される運命にある。
 然し、私は其こまではしない。今、その針を太くし更に伸ばすだけで、貴方方を一撃で死に至らしめるが、待っているのですよ。たかが、人生の一時、少し不自由な監獄に入るだけで済む。実に日本は良心的且つ生温い。……まぁ、そのお陰で貴方方の選択肢も簡単になりましたね。」
 と、勲は既に平岡巡査がこの世にいない事、そして簡単に言えば誰の差金か白状し、大人しく逮捕されろ、と言っている。
「誰があの平岡巡査を…。まぁ、理由は分かったがその程度にしておかないと。救急を急ぎで呼んでも、台数も時間もある程度は掛かる。「勲さん」……あんたが、追われるなんてらしく無い。」
 風柳はそう言って、スマホをゆっくり拾う。
 勲は其れを横目でじろっとみたが、気にせずまた前を向いた。
「……分かっています。風柳さん。」
 勲は過剰防衛に当たる当たらないの瀬戸際を攻めていた。
 黒影よりは乱暴で、血を出そうが気にもしない。……けれど、風柳が教えた最低限の事は、冷酷そうに見えても守っていた。
「漁船に配られた金の流れの元が武田家である事は、口座を逃げた弁護士を捕まえ、調べてもらい分かっています。再捜査願いたい。」
 勲は風柳に伝えると、風柳は分かったと頷く。
 警察関係者がいない勲にとっては、黒影とは違い再捜査請求でさえ、一苦労だ。
 息絶えさせる事を勲は望んでいるのでは無い。
 じっと敵を深慮深く見詰めるのは、敵が死なない様にである。
「――証拠があるなら今……見せてみろ。」
 敵の中の一人が息も絶え絶えに言った。
 話す度に身体の重さで、更に下へズッズッ……と針山の下の太い方へとジリジリと落ちて痛みが増す。
 勲は其れでも表情一つ変えはしない。
 生死を気にするだけで、痛みは気にしないのだ。
「……証拠ねぇ。ご自分でお調べになれば良いと言いたいところだが、今は残念ながら何も無い。私は別段信じて貰いたいとは言っていないのですよ。チャンスをやると言ったまでで。貴方方の様な下世話な者に、信じて貰ったところで嬉しくも何とも無い。一緒にしないで頂きたいですね。
 ……で?誰の差金ですか?武田家の者だとは分かっているのですよ。」
「百合子だ!百合子っ!」
 勲と話していた敵とはまた違う敵の男が、とうとう痛みに屈して変わりに答えた。
 勲はその言葉ににっこりと冷笑を浮かべ、其奴に近付いて行く。
「ひぃっ!く……来るな!いっ……言っただろう!……はぁ……はぁ……。」
 答えた男は痛みにか諦めたかの様に、そう命乞いをしてぐったりとした。
 その姿は針山地獄で絶命した者かの様である。
「勲さんっ!」
 救急に場所を教えていた風柳も思わず、勲が片手を高く頭上へ振り上げたので、まさかと声を張り上げ、勲の名を読んだ。
 だが、次に勲が取った行動は思いもよらぬ行動であった。
 手を振り下げると同時に、一斉に勲の針山地獄の如き幻影斬刺が地面に下がって消えた。
 残ったのは貫いた地上の無数の穴だけだ。
 そして次の行動に風柳は、勲の事を未だ理解していなかったのだと気付く。
 だだ冷酷な犯罪を、何処迄も恨むだけの存在であり影……。
 そんな認識を持っていた事を恥じるのだ。
「幻影守護帯(げんえいしゅごたい)……発動!」
 勲は黒影と此れまた同じ技の名を放ったが、やはり形状は全く違う。
 力無くぼとぼとと落下し倒れ唸る敵に、その帯状の影を指でスッと切るように擦(なぞ)り影を飛ばすのだ。
 その影の形状の精密たるや、黒影にはとても出来る芸当には見えない。
 其れは敵の傷口を塞ぎ、必要に応じて包帯にも成り、大きな出血箇所の上には止血帯として、吸着して行くのだ。
 其れを一瞬で判断し、伸びる帯を飛ばしている。
 瞬きする事も無く、敵の状況を凝視するこの地獄の炎と呼ばれた蒼く深い瞳は……今、一体何を思っているのだろうか。
 応急処置は己で総てやると分かっていたから、風柳に自白するまで待てと言ったと言う事が、今なら風柳にも分かる。
「……まさか、全員の応急処置をしてしまうとは……。勲さんも……あの頃から成長したんだな。だが、百合子が如何手を出した所で、十馬に戸籍上の妻だと書いて貰わない限りは、何ら関係無いじゃないか。何だって、こんなにまで白雪を探すんだい?十馬ならばまだしも。……其れに、これだけの人数を如何やって雇ったんだ?」
 風柳は救急を呼び終え通話を切り、唸り乍も大人しくなった敵勢を眺め、勲に聞いた。
「百合子は十馬を死に近付け乍も、戸籍に入れる様に懇願……否、正しくは脅していました。……が、其れは上手く行かず、頼みの綱の十馬は命を削られれば削られる程、白雪に御執心だ。……其処で百合子は考えた。「じゃあ、別れてあげるから、手切れ金ぐらい貰っても良いでしょう?」と、推測ですが、言ったのでしょう。法的には愛人で不貞行為による慰謝料を払う必要はありませんが、正妻が亡くなってからは其れ相応にお付き合いをしていたと言う事にはなりますし、口止め料や今後、十馬の近辺に現れない事も約束したとしたならば、相当額が発生したと思われます。
 其の金を受け取った百合子は、動くのも億劫になって来た十馬の権力を、実質的には正に女帝の如く、あの武田家を支配していた。……勿論、僕の大切な内通者の駒を殺したのも、百合子でしょうね。

 此処で言うならば、これから集めるべき証拠は、
 ◉船での平岡巡査殺しの武田家周辺犯人の、絞り込み。
 ◉武田家の情報を流してくれていた内通者を殺した犯人は誰か。
 ◉現武田家当主、武田 十馬の毒の名前と解毒可能か如何か。
 ◉矢井田 百合子の毒物入手経路等証拠集め
 ◉武田 十馬周辺の金銭の流れだな。……此れはまた弁護士を雇いたいところだが相手が相手だ、引き受ける弁護士がいるかどうかですね。
 調べる以上は、此方も危険を省みる必要はあります。」
 其処まで、勲が話すと風柳の耳に黒影の声が聞こえる。
 勲の声と、少しトーンが違うだけなで、ついびっくりしてしまう。
「……黒影、傍受しました。此方で要点は確認した。二人は、救急に怪我人を引き渡したら、休憩しに上がって来て下さい。」
 と、黒影が「夢探偵社」専用の、超高性能小型無線で言うのだ。
「そうならそうと早くだなぁ……」
 と、風柳は黒影達のいる、開け放たれた二階の窓を見上げた。
 すると、黒影は窓枠にのうのうと座り、風柳と目が合うなり、手に持った珈琲入りのカップ&ソーサーの、カップを取り風柳に見せ付け乾杯と言いう様に掲げ、にっこり笑うと珈琲を悠々と口にするのだ。
「何だぁ?此の天と地の差は……。」
 思わず風柳が呟く。
 其れを聞き逃さなかった勲はこう言った。
「まるで、「天国と地獄」。ダンテの方ですかな?陽気なビバルディですかな?」
 と、道化の様に2階の黒影に見える様に、片手でコートのヒラの先を持ち、鳥の尾の様に和かな笑みで広げ、もう片方の手で、胸に手を当て、深々とお辞儀をしてみせた。
 其れを見た黒影は気を良くして、立ち上がるとサダノブにカップ&ソーサーを一度渡し、帽子を手に取り勲に見える様に大きく振る。
「ブラボー!!」
 そう歓喜に叫び、再び帽子を被ると、拍手を贈るのであった。
 この二人に掛かれば、総ての闘いもまるで魔法か、夢、幻。ただ、目覚めても残るのは「真実」其のものだけである。

 ――――――――
 「二人共有難う。お疲れ様でした。……お陰様で白雪とのんびり僕は珈琲を堪能出来ましたよ。……其れにしても「勲さん」のあの技……。僕にも出来るだろうか?攻撃は簡単だが、人体の構造や敵の細やかな状態にまで気を配る必要がある。救助の心得だけでは無く、かなりの注視する集中力と、知識、経験も要する様だ。
 弁護士依頼すべき案件の二件については、僕が何とかするよ。探偵は裏も表も顔が広くないとやっていけない家業でしてね。」
 黒影は、風柳と勲が一段落付け、部屋に入って適当に座ったのを確認すると、先程無線で傍受した内容について、二人を軽く労った後、金の動きを確認すべき、

 ◉平岡巡査への報酬と、殺害に必要だった船上殺人事件での漁船数隻に流れた武田家からの金、
 ◉そして十馬から百合子への示談金、
 ◉また白雪捜索と誘拐の為だけに、これだけ人を雇う為に発生したであろう金、
 ◉弁護士を脅す為に従業員に行った賃上げ、
 これだけあるのならば、
 ◉裏金を動かしている可能性も考え、

 明らかにする事となる。

黒影は早速、サダノブに此れ等を「たすかーる」の涼子に送り、外注依頼し確認してもらう手筈を取る。
「あら、黒影の旦那。あたいをおいて何日も開けてしっぽり旅行だなんて、いけずな人だねぇ。」
 涼子は依頼の電話に出ると、空いてる手の着物の袂をくるんと遊ばせる様に巻き、黒影に話す。
「僕だって早く解決して帰りたいんだよ。もっと早く戻るつもりだったのですが、気になる事件がありましてね。留守をお願いしてすみません。……お土産に地酒でも買って行くよ。データ確認出来ましたか?」
 黒影はデータ送信が無事に行われたか、聞いた。
「ああ、限り無く真っ黒に近い灰色じゃないかい。……灰色どころが、見たまんまの真っ黒かもねぇ。」
 そう言うと、涼子は高らかに笑う。
「……そうなんだよ。だが、以前関わった弁護士は命を脅され、この村から逃げ出したよ。タフな弁護士が良いのだが……いるかな?」
 と、黒影は真剣な話だと、あえて笑う事はせずに言った。
「あたいが持ってない人脈の方が探すのが困難だよ。任せておきなっ。事務所に爆弾投げられても生き延びれそうな弁護士がいるから。」
 涼子は自慢気にそう答える。
「爆弾でも?」
 其れには流石の黒影も苦笑いするしかない。
「元、はっぱ(爆弾)屋だよ。間違えて事務所に連絡無しで入っただけて、木っ端微塵に吹っ飛んじまう。」
 と、涼子はケラケラ笑うのだ。
「えっ……じゃあ、其の事務所って初めて行った人は如何……。」
 黒影は木っ端微塵を想像し乍ら聞いた。
「大丈夫だよ。事務所らしく無いところに住んでるし、転々と場所も変えちまうんだよ。一般人が探せる奴じゃないのさ。逃げて隠れていた時の癖が消えないらしいのさ。」
 涼子はその元はっぱ屋の弁護士の事を、そう黒影に紹介する。
「ぁはは……それは良い。気に入った。じゃあ、其れで一つ頼もう。今度、飛ばされない様に紹介しておくれよ。」
 そう世間話の様になって来ると、白雪が態とらしい咳を二度する。
「あらあら、お姫さんが寂しがってるみたいだね。じゃあ、其方はあたいに任しておきなっ!」
 と、涼子は楽しそうに言った。
「あぁ、頼むよ。有難う。」
 黒影はそう良い、通話を切る。

次の↓[「黒影紳士」season6-X第十一章へ↓
(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

この記事が参加している募集

スキしてみて

読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。