見出し画像

「黒影紳士」season2-10幕〜秋だって云うから〜 🎩第二章 トレーニングだって云うのに

――第二章 トレーニングだって云うのに――

黒影はビルの一階のコンビニのレストルームで着替えると、何時もの服装に戻り、未だ焼け焦げた匂いの立ち込める三階へ向かった。
「……二人は此処で死んでいた。……もし、此の二つの遺体を消す為に燃やしたならば、何故三階ではなく二階だったのだろう……」
 黒影は三階の被害を見て廻る。……やはり、そんなに未だ被害は少ない。時間が経てば確かに自然に三階まで火の手は届いただろう。然し、直接遺体を燃やした方が痕跡を消せるのに、態々こんな手を使う理由があるのか?……犯人にしか分からない理由があるんだ。現に三階に火が周り切る前に消火されてしまえば、火を付けた意味がなくなる。
 ……普通の殺害現場と見て良いのか?何か引っ掛かる。
「火元は何でしたか?」
 黒影は現場を調べていた風柳に聞きいた。
「其れが此のビルの配電盤自体が古くなっていて、一度ショートした事があるらしい。それから点検をしたのが一週間程前だ。なのに事件前にまたショートして、二階のキッチンのオーブンから発火したらしい。今、此のビルの配電管理業者に問い合わせているところだ。今日はもう遅いから、詳しい事情は明日にならないと分からないかもな」
 と、風柳は言う。
「仕方無い。今日は出来るだけ見たら帰ります」
 と、黒影は伝えた。
「あんまり踏み荒らすなよ。後、小さい煙でも未だ燻っているかも知れない。見付けたら直ぐに下の待機組に伝えなさい」
 と、風柳は黒影の背に声を掛けた。黒影は片手を軽く上げて了解の意思を告げてキッチンへ向かう。
……小さなスナックの割には大型のオーブンがあったんだな。オーブンの真上の天井は黒煙の跡が酷く、一部三階の床を焼き尽くし、三階の様子がちらほら見える。
 三階の煙は此処からか。……黒影は一度スナックを出て三階のバーへ向かう。オーブンの上は三階の丁度店長室らしかった。……経理の跡や破損したパソコンがある。顧客データ目的か?または何かの書類。経理の改ざん……此処でも色々思い付くが今となっては調べる方法が無い。
 黒影は外階段を観る。二階には腰より少し上の高めの位置に窓があった。先程のバックファイアーにより破損し、外を窺う事が出来る。黒影はサッシが歪んで動かないので、窓枠の残った硝子に気を付け乍ら、頭だけ出して辺りを見渡した。
……隣りのビルの側面が直ぐ正面にある。壁面がバックファイアーの影響で少し焦げている。
 ……黒影がいるビル側の壁も焦げているが、何か金属を擦った様な深い傷が確認された。
「風柳さん、ちょっと……」
 少し大きめの声で黒影は未だ二階のスナック内にいた風柳に声を掛けた。
「ああ、如何した?」
 黒影の声に気付いて風柳が来る。
「隣のビルの窓の高さ、あまり変わりませんね」
 と、黒影が聞いた。
「ああ、確か此の辺のビルは同じ業者が一度に建てたんだよ。よく昔から通る道だったから、工事期間が妙に長かったのを覚えているよ。出来上がったら似た様なビルが並んでいたから、名前を覚えるのに一苦労した」
 と、風柳は答える。
「流石、年の功には叶わないな。……真下のあれ、ほら……マンホールを無駄にセキュリティバーで囲っているのは配管か何かの工事ですかねぇ。多分、セキュリティバー調べたら指紋出ませんよ。……警察へのサービスは此処迄。後は正式依頼して下さいねって、上官に宜しくお伝え下さい」
 と、途中迄真面目に話していたかと思うと、いきなり営業スマイルになって、黒影は話をぶった斬る。
「お前、強かになったもんだな」
 風柳が呆れて言う。
「ほら、最近ジムで忙しいですから。……此方も慈善事業じゃないので。此れでもポチの餌代やら新しい機器の導入代が嵩むんでね。じゃ、先に帰りまーす!」
 と、黒影はにっこり笑うと颯爽とコートを翻し帰って行った。
「……まあ、やるだけの事はやってくれたか」
 風柳はそう言い乍ら、あまり此の現場に黒影が居たがらない理由も分からなくもないので、其の儘黙々と居残り捜査した。
 ……出来るだけ現場の状況は俺が伝えてやらねばな……
 そう思って。
 ――――――――――
 ジムに通って五日目。
「あの、昨日はうちのママを助けて下さって有難う御座います」
 と、派手な服装の……恐らく、火事の二階のスナックのフロアレディー達が一斉に黒影が更衣室から出ると駆け寄って来て、花束やらプレゼントを渡しに殺到する。
「否、あの……そう言うつもりじゃ。ただの仕事の営業ですから」
 此れには流石の黒影もたじたじだ。
「其れより、皆さんはこれからお仕事は如何なさるんですか?」
 と、心配して聞くと、
「それが、隣のビルに空きがあるので、其処に移動しても良いって。あの辺のビルのオーナーが不備で申し訳なかったと、常連さんでもあったから素直に甘える事にしたんです。一応、オープン準備の工事が終わってからですけど、ママを救って下さった御礼に幾らでもタダなので、是非来て下さいね!」
 と、言って名刺を沢山と頬にキスをされて散々な目にあっている。
「せんぱーい、白雪さんと言うものがありながらぁー!」
 と、サダノブは地を這う声で羨ましがった。
「あっ!貴方も昨晩ビルに飛び込んで行った人ですよね!勇敢だったわぁー。貴方も是非、お店に来て下さいね!」
 と、裏にキスマーク付きの名刺を沢山貰う。
「じゃあ!半月後にオープンしますので!待ってまーす!」
 と、ルンルンで全員嵐の様に帰って行く。
「参ったなぁー」
 黒影は顔中のキスマークを、女性会員の一人がくれたメイク落としで吹いていた。
「先輩!絶対飲みに行きましょうね!」
 と、サダノブはテンション高めだったが、
「サダノブさぁーん、何処へ飲みに行くんですってぇー?」
 と、穂が鬼の形相で、呪いの様な声で入って来た。
「えっ、あ……穂さん!此れは何かの誤解でですね……」
 と、サダノブは慌てまくる。
「誤解?其の名刺が幻か何かと?……そうですか、私の幻だと仰りたいのね?」
 と、穂はプッツン寸前だ。
「サダノブ……素直が取柄なんだから、謝った方が良いぞ」
 黒影は人事の様にサダノブにアドバイスする。
「あっ、はい!あの、御免なさい!昨日の御礼にって言われてつい……全部神妙にお渡しします!」
 と、諦めて素直に名刺を全部穂にサダノブは差し出した。
「……此奴ら、全員……ぶっ殺す!」
 穂がドス黒い声で言う。
「穂さん、彼方もただの営業です。本気にしなくて良いのですよ」
 と、黒影はキスマークがなかなか落ちなくて苦戦し乍らも、穂にそう言って苦笑いする。
「うー……そう言うものですか……?」
 と、穂が聞くのでサダノブは何度も頷いた。
「それにしても、スポーツウェアって事は、穂さんもトレーニングを?」
 と、黒影が聞くと、
「ええ、サダノブさんが頑張っているなら、私も頑張らねばと思いまして!「たすかーる」も此れを機に、秋のスポーツ週間と命名して体力強化するんです!」
 と、穂が嬉しそうにサダノブと腕を組み、言った。
「穂さんと、トレーニング出来るなんて幸せだなぁー」
 と、ポチの脳内はお花畑でいっぱいらしい。
「ちょ、ちょっと待って!……今、「たすかーる」もって言ったかな?!」
 黒影は青褪めて慌てて立ち上がり周りを見渡す。
「あら、黒影の旦那ぁ……私を探してくれてるのかい?」
 ……いたぁー!!黒影は化け物を見る目で涼子を見た。
「そんなに、びっくりして喜んでくれるなんて、嬉しいねぇ。ほら、サダノブ……旦那の隣は涼子が頂くよ」
 と、言うなり、サダノブにシッシッと他に行く様にする。
「サダノブさん、私達は彼方で頑張りましょうね」
 と、穂はサダノブを引き摺ってベンチプレスをやる様だ。
「涼子さん、ちょっとトレーニングには露出が過ぎるウェアじゃありません?」
 と、黒影は興味薄く注意する。
「何言ってんだい。黒影の旦那と夜のトレーニングするには此のぐらいで丁度良いだろう?」
 そう言って笑った。
「まぁ、何処行っても涼子さんは涼子さんなんだね」
 そう言って黒影は笑った。
「……それより旦那、急いで其の顔の汚いキスマーク、速いとこ、落としちまいなっ!」
 と、涼子は黒影に耳打ちをしてフッと息を掛けて遊ぶ。
「っ!また遊んで……。そうしたいけど、メイク落としなんか普段使わないから上手く落とせないんですよ」
 黒影は耳打ちされた方の耳を手で塞ぎ言った。
「甘ちゃんな旦那だ事。まあ良い。貸して御覧」
 と、涼子は黒影の顎をくいっと上げて、メイク落としで優しく撫でる様に取ってやる。
「ほら……良い目を見せておくれ」
 終わると、目を開けて良いと言った。
 涼子と黒影の目が合った瞬間だった。
「……何なのよ、此れはーーーっ!!」
 と、聞き覚えのある声。そして聞き覚えのある水筒がカランカランと落ちる音がした。
「先輩!白雪さん!」
 サダノブは修羅場な気がして青褪めた。
黒影は涼子の手をすっと払い退け、白雪を見る。白雪はズカズカと涼子の前に仁王立ちして、
「何で魔女が此処にいるのかしらん?私の許可無く黒影に触れて良いと思って?」
 と、言う。
「あら、旦那のお姫様じゃないか。今日も可愛いねぇ。私等はただトレーニングに来ただけだよ。さっきのは旦那が誘ったんだから仕方無いだろう?」
 と、涼子は言う。
「黒影!……どぉー言う風の吹き回しかしらん」
 白雪は黒影に振り返り、聞いた。
「そんなの一々信じるのか?白雪らしくない」
 と、黒影はケロッとはぐらかした。
「そっ、そんな一々魔女の言葉に振り回される程暇じゃないわよ!」
 と、口を尖らせて白雪は言った。
「心配しなくて、いーよ。白雪以外ブスばっかりだから」
 と、悪ぶれも無く黒影は素直に言っている。
 色んな空気が凍って見える……。サダノブは、そうだった此の人……白雪さん以外は多分てるてる坊主にしか見えない独特な視界レベルの人だったと、思い出す。きっとクレオパトラにも楊貴妃にもブスって言うだろう。
「ほらほら、サダノブさぁーん、よそ見してないでファイトー!です」
 と、穂が錘をソーッと増やす。
「おりゃー!」
 サダノブも、穂さんの前だと絶好調の様だ。
「新記録ですねっ!凄いですっ」
 穂はにっこりして拍手した。

「まあ、黒影の旦那、よくも此の涼子を前にはっきり言ってくれるじゃないか。こうなったら、あたし達もアレで勝負だよ!」
 と、サダノブと穂を指差した。
「ベッ、ベンチプレス?!」
 白雪は少し驚く。
「良し、受けて立つ。負けたら「たすかーる」の次の新作、頂くぜ!」
 と、黒影は本気だ。
「勿論だよ。旦那が負けたら、月見で一杯付き合いな」
 と、涼子は言う。
「決まりだなっ!」
 黒影はそう言うが、白雪は黒影を慌てて止める。
「また売り言葉に、買い言葉になってるじゃない!駄目ったら駄目っ!」
 と。黒影はクスッと笑うと言った。
「俺が負ける訳無いだろう?」
 と。サダノブは、カーチェイスの時を思い出して目眩がする。……先輩、また一人称が僕から俺になっている。根っからの勝負師だったのか……と今更になって気付いた。

「あっ……未だ、もっと沢山頂戴……」
 涼子のサポートについた屈強な男が、耳まで赤く鳴っている。
「涼子巫山戯んなっ、卑怯だぞ!」
 と、涼子の色仕掛け戦法に苛立ち乍ら、黒影が言った。
「そうよ、変な声だしてずるいわよっ!」
 と、白雪も激怒する。
「勝負事はねぇ、勝てば良いんだよ。……其れに幾ら色仕掛けしても、ブスの色仕掛けには反応しないだろう?さっきの言葉、訂正したら許して上げても良いよ、可愛い旦那の為なら」
 と、涼子は言って笑った。
「未だ未だ笑う程余裕って事だな。訂正なんかするかっ。メス豚が鳴いたところで如何にかなると思うなよ!サダノブ追加っ!」
 サダノブは重い錘に追加するのでヘトヘトだ。穂も手伝う。
「聞いた?お兄さん……あたいメス豚だって。あんな事言って焦らしたいんだから、酷い男だろう?あんたは優しく焦らしてくれるよねぇ」
 と、涼子も負けじと負荷を掛けた。
「ちょっと、サポーターまで色仕掛けするなんて何処まで卑怯なの!同じ女として許せない!黒影、絶対勝ってよ!」
 と、白雪が言う。
「当然だ」
 黒影はしっかり下げてまた上げる。
「あはは……最高に楽しいねぇ。早く旦那の歪む顔を拝みたいね」
 涼子は女なのに流石は元大泥棒。腕っ節が違う。
「未だ未だ。こんなんじゃ涼子に勝てない。サダノブ、一気に行くぞ」
 黒影は重量を思いっきり上げて勝負に出る。
「……ぐっ……この……万年ブスがぁあああ!」
 と、黒影は上げ切った。
 涼子は舌打ちすると、同じ重量に挑む。
「いくら旦那でも、今のは聞き捨てならないねぇ。ふぅ……女、舐めんじゃないよっ!」
 と、涼子は下げてまた上げようとしたが、惜しくも上げる事は出来なかった。
「畜生っ!また持ってかれたっ!」
 と、涼子は悔しがる。
 黒影は先にベンチから立ち上がり、涼子に手を差し出す。
「良いトレーニングになった。万年ブスは撤回します。これからも手先は大切に、良い仕事して下さいね」
 と、黒影はにっこり笑う。
「何だい。始めっからそうすりゃ良いんだよ」
 そう言って、涼子は黒影の手を取り立ち上がった。
 こうして壮絶な戦いは黒影が勝ったのだが、今度は喧嘩もせず、隣同士で外の夜景を眺め、胸筋を鍛え乍ら仕事の話を始めた。
「昨日の火事の犯人、監視カメラ如何でしたか?」
 黒影が聞くと、
「いや、写ってない。旦那は横のビルが気になっているんだろう?」
 と、涼子は言う。
「ああ、横のビルをずっと行くと監視カメラの無いところに出る」
 と、昨日の下調べを話す。
「此方で追跡してみるかい?」
 と、涼子は聞いた。
「否、まだ正式依頼は来ていない。もし来たら少しでも証拠は多いに限る。その時はお願いするよ……」
 と、話している。
「それより後ろの女共、旦那が気になるみたいだね」
「えっ!?」
 黒影は急に立ち上がり後ろを向くと、女性会員らがさっきの勝利にまた甘い溜め息を付いている。
「あははっ!やっぱり旦那は気付いて無かったのかい。まあ、明日からは少しトレーニングし易くなるよ、安心しな」
 と、涼子は楽しそうに笑う。
「……「たすかーる」の店主が言うなら信じるよ」
 と、黒影は言った。
「ビジネスは信頼が大事だからねぇ」
 ――――――――――――
ジム開始6日目……。
 白雪は心配で始めから着いて来る事になり、社用車の黒影の黒いスポーツカーでサダノブも含め三人でジムへ行く。
「先輩、あと一日で目標達成出来そうですか?」
 と、一週間で体力を戻すと宣言した黒影にサダノブは聞いた。
「ああ、かなり良い感じだ。自主トレーニングもしてきたし、今日は此処のマシンでしか出来ない事を重点的にしたいな」
と、黒影は答える。
「そうですね。今日は少し念入りにやりましょうか」
 そうサダノブは予定を考えていた。

「えっ……何、此の大混雑」
 白雪はジムに入るなり言った。
「何か男性会員増えましたねー」
 と、言い乍らサダノブは人混みを避けて進む。
「あっ!サダノブさぁーん!」
 穂が手を振り駆け寄る。
「まさか、この汗臭い人だかりは……」
 サダノブは嫌な予感がした。
「涼子さん目当ての男性会員さんですよっ!」
 と、穂は小声で言った。
「此れがトレーニングし易くなるって意味だったのか?」
 と、黒影が聞く。
「涼子さんがセクシートレーニングウェアで惹きつけたのは良いんですが、ほら……女性会員さんも相変わらずで、結局混雑になってしまいました」
 と、穂は状況を説明した。
「全く呆れた作戦だな。まぁ、混雑すれば少しは視線も気にならなくなるかもな」
 そう言うと黒影は更衣室に入った。
 サダノブは呆れて周りを見渡した。
「困ったなあ……マシンも待たないと」
 着替えた黒影は仕方無く準備体操をしていると、
「おや、黒影の旦那。今、退かすから待ってな」
 と、言うと周りの男達に涼子は、
「ねぇ、もう一台借りたいの。困っちゃったなあ」
 と、言った。
「あっ!如何ぞ、如何ぞ!」
 と、屈強な男達が一斉に引いて行く。
「さあ、旦那どうぞ」
 と、黒影は男性会員から睨まれる。すると、女性会員も負けじと、
「あんた達が邪魔だから悪いんじゃない!見えないから向こう行きなさいよ!」
 と、男性会員と言い争いを始めた。
「ちょっ、ちょっと皆さん順番ですから」
 と、受付の女性が慌てて間に入る。
「じゃあ、彼奴だって並べよ!」
 と、黒影を指差し男性会員が怒っている。
「黒影の旦那はあたいの知り合いなんだから、良いんだよ!」
 と、涼子が言う。
「あの……帰った方が良いみたいですね」
 黒影は立ち上がり帰ろうとすると、女性会員が壁を作って、
「あんな奴等の事なんて気にしなくて良いのよ」
 と、言う。
「困ったなぁ……」
 黒影は本気で困っている。
「先輩の邪魔すんじゃねぇーよ!」
 サダノブが切れた。
「おい!サダノブ一般人だぞ、落ち着け!」
 と、思考を読む力を使わない様に注意する。
「ねぇ、強い漢ってのは小さな事になんか拘らないだろう?礼節を弁えてる。そうだろう?」
 と、涼子は男性会員の胸筋を突いて艶っぽく言う。
「あっ、えっ……まあ、そうだな。小さい事でごたごた言って悪かったよ」
 と、イチコロで他に行ってくれた。
「有難う、涼子さん」
 と、黒影は礼を言って何時ものトレーニングを始める。
「助かったなんて思ってないから!だいたい、魔女が黒影を巻き混んだんだからねっ!」
 と、白雪は涼子に御立腹の様だ。
「あら、可愛いお姫様。お詫びにまたケーキでも穂に持たせるよ」
 と、涼子は言って笑った。
 黒影はあの焼けたビルを見乍らぼーっとトレーニングを続けた。
「旦那、今回の事件……手を引いた方が良いんじゃ無いかい?」
 黒影の事は大概調べ尽くしていた涼子は火事を気にして心配して言った。
「やっぱり涼子さんには隠しきれないか。……事件があれば行く。其れだけだよ。」
 と、黒影は答えた。
「何処までも律儀だねぇ、黒影の旦那は。きつくなったら何時でも甘えて良いもんだよ。此の涼子が何処にでも一番に駆け付けるって事、忘れんじゃないよ」
 涼子は言った。
「それは心強い。夢探偵社と「たすかーる」が揃えば怖いもん無しだ」
 そう言って黒影は笑った。
「哀愁漂うその目も、綺麗だねぇ」
 そう言って涼子も小さく笑った。
「……今回は警察関連の仕事だ。盗聴器は証拠にはならない。法律範囲厳守だ。出来そうか?」
 と、黒影は依頼が入った事を涼子に告げる。
「うちに出来ない事は無いよ。まかしときな」
 涼子は追跡依頼を受けた。
「ほんと、助かるよ」
 と、黒影は笑う。
「毎度あり」
 と、涼子も笑った。
「あの二人、トレーニングし乍ら仕事契約してますよ」
 と、サダノブが呆れて言った。
「今回は黒影に心労掛けたくないから、仕方ないわ」
 白雪が言う。
「この調子だと明日、動きそうね。久々の合同のお仕事ですねっ!サダノブさん、頑張りましょう!」
 と、二社合同で動く事になり、穂は嬉しそうにサダノブに言った。
「……ですね!」
 と、サダノブも喜んでいた。
 ――――――――

 翌日。ジムに通い始めて丁度一週間。事件調査開始。
「昨日は何だか、ジムで騒ぎを起こしたそうじゃないか。幾らジム通いが嫌だからってな……」
 と、風柳が朝から黒影に言っていたが、
「僕の所為じゃありません」
 と、途中で黒影は話を切る。
「そうよ、魔女が来たから無茶苦茶になったのよ」
 と、白雪は黒影を弁護する。
「結果、会員が増えたんなら良いんじゃないですかー?」
 と、サダノブものんびりお茶を飲み乍ら言う。
 朝食も終わったので、黒影は夢探偵の方でマットを広げて座り後ろに手をつくと、足と腹をブリッジの様に上げて腹筋と腕と足のストレッチをしているのだが、そんな状態なのに事件の事を風柳に聞く。
「昨日の亡くなった二人……そろそろ身元分かりましたか」
 と。風柳は、
「真っ黒にならなかったお陰でな。一人は佐伯 啓文(さえき ひろふみ)45歳。もう一人も同じ同僚の常盤 良輔(ときわ りょうすけ)42歳。二人はあのビルの丁度向かいのビルのやり手弁護士だ。仕事終わりには良く近いから通っていたとバーテンが証言している。謂わば常連って事だな。マスターが買い出しの時に常連で弁護士だからと、何度か留守番を頼んだ事も前々からあったらしい。だから其の日も二人に留守電を頼んで、チーズが切れたからと買い出しに行ったと証言している。近くのスーパーの監視カメラとレシートで裏は取れている」
 黒影は聞き乍ら未だ鍛えている。
「パソコンのあった店長室……何があったんでしょうね。……あっ、白雪丁度良い、此処に座って」
 と、食器を片付けたばかりの白雪が素通りするのを止めて、そう言って腹を指差した。
「えっ?私、重くなったわよ」
 白雪はそう言い躊躇するのだが、
「大丈夫、大丈夫。丁度負荷になるものが欲しかったんだ」
 と、言う。
「潰れても知らないんだからねっ!」
 白雪は恐る恐る座った。黒影が急に上がるものだがら、
「きゃっ、ちょっと……!」
 と、少し揺れて驚く。
「ほら、大丈夫だろう?」
 と、黒影は白雪を腹に乗せたまま運動する。
「で……ビル下の工事現場は如何でした?」
 黒影が気になっていた事を聞くと、
「実はあの工事は申請すらされていない。何の工場だかも全く分からない。其れに、お前の指摘して言ったセーフティバーだがな、未だ真新しく確かに指紋一つなかったんだよ」
 と、風柳が答える。
「ちょっと!後何回やるのよっ!」
 と、白雪が恥ずかしいのか黒影に言った。
「えっ……駄目?」
 黒影が一瞬、止まる。
「何で私なのよ。サダノブじゃ駄目なの?」
 と、白雪は聞いた。
「サダノブじゃ重過ぎる。白雪が丁度良い」
 と、黒影は答える。
「もう!後で紅茶淹れてよ!」
 其れを聞いた白雪は、仕方無く暫く付き合って上げる事にした。
「勿論、喜んで」
 と、黒影は笑う。
「ちょっと、笑わないでよ。落ちるじゃない!」
 と、白雪はバランスを取るだけで必死の様だ。
「……何か、楽しそうだなぁー……」
 と、サダノブは一週間宣言した黒影が目標を達するのか、少し楽しみになって見ていた。
 其の時、夢探偵社の事務所で電話が鳴る。
「サダノブ、悪い」
 近くにいるものの、すっかり運動モードになっていた黒影はサダノブに出て貰う様に頼んだ。
「はい、夢探偵社です」
 サダノブが出ると、電話の相手は「たすかーる」の涼子だった。
「何だい、黒影の旦那かと思ったら、サダノブじゃないか。まあ、良い……」
 と、明から様にがったりしてから話出す。
 涼子の調べによると、死んだ二人の弁護士、実は黒影が逮捕した死刑が決定された無国籍の有名なシナリオ屋、あのダミーの弁護をしていたらしい。  何人も殺害したダミーは精神鑑定を受けても無罪になる筈も無く、せめて無期懲役を考えたらしいのだが、ダミー自身が社会にまた出るのを恐れて其れを断った直後だったと言うのだ。
 死者の無念の想いを一気に受けたダミーは、最早何も出来はしない。サダノブは手加減出来なかった事を少し後悔した。逮捕後もとても話せる状態では無かったので、余罪やシナリオを誰に売ったか等、未だ調べがついていない事もあった。それも軈て被害者と向き合った時、話せる日が来るだろう。
「ダミー……が、ですか。分かりました、先輩に伝えておきます。有難う御座いました」
 そう、サダノブは言って電話を切る。
「ダミー?」
 流石に此の名を聞いて黒影は運動を辞めた。白雪をふわっと横に座らせ、黒影もサダノブの方を向く。
「ダミーのシナリオの取引場だったりするのかなぁ?店長、調べてみますか……」
 と、今度は腕立てをし乍ら言った。
「おい、またダミーか……」
 と、もう聞きたくない名前だったと言わんばかりに風柳が言った。
「ダミーの仕事の残りっカスの片付けですよ」
 と、黒影は詰まらなそうに答える。
 ――――――――――
「サダノブ、亡くなった二人がいた向いのビルの弁護士事務所のアポイント取ってくれないか。未だ残ってるか分からないけれど。後、ホームページ観たいな」
 と、黒影は言うなりリビングを出ようとする。
「あれ?先輩は?」
 と、サダノブが聞くと、
「ああ、シャワー浴びて着替えてから戻って来るよ」
 と、言ったので、
「了解ー!行ってらっしゃーい」
 と、手を振る。
「今日は何時からジムだ?」
 と、風柳はサダノブに予定を聞いた。
「最近夕方から夜なので、今日の調査が予定通りなら行けそうですね。夜の10時迄やっているから安心ですよ」
 と、サダノブは答える。
「そうか……もし、調査が長引いたらいけない。俺が車を出して上げよう」
 と、今回は警察協力の案件でもあるので、風柳はそう言って微笑んだ。
「風柳さんの運転なら、安心だぁー!」
 そう言ってサダノブは幸せそうに、両手を後方に伸ばして伸びをするとタブレットで弁護士事務所を検索し、連絡をした。
 黒影がバタバタ階段を上がってまた降りてくる。
 如何やら着替えて何時ものコートは羽織っているが、髪の毛が未だ乾かずに帽子は鞄と一緒に手に持っている。
「良し、行くか」
 黒影が出発しようと言うと、
「今日は風柳さんが車、出してくれるそうですよ」
 と、黒影にサダノブは言った。
「そうですか。何時もすみませんね」
 と、黒影は言って喜んだ。
 ……昔からなんだから、気にしなくても良いのに……。
 そう風柳はちょっぴり親心が寂しくもあるので、何かと黒影の運転が荒い事を良い事に、つい車を出したくなるのだ。
 バイクだった風柳が車を運転してしようと思ったのは、そもそも黒影と白雪はを乗せて現場に行く事を考えての事だった。
 近頃は同僚を乗せるだけで、夢探偵社の皆を乗せるとわいわいと昔を思い出し、少し嬉しいのであった。


🔸次の↓season2-10 第三章へ↓

この記事が参加している募集

読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。