黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第十六章 雨
16 雨
「……先輩!……先輩っ!」
黒影が気絶したので、守護であるサダノブは黒影のいる場所の近くへ飛ばされ、頭を毎度の様に打ち……軽い痛みで目覚め、辺りを見渡した。
正義崩壊域オリジナルの変貌した姿に何事かと、黒影を探し歩く。
雨風の強さに、次回は薄灰色にぼやけ遠くまで見渡せない。
そんな中、見慣れた黒い靴……ズボンの先が見えた。
「先輩!!……其処にいるんでしょう?!」
サダノブは未だ辺りに敵がいるかも知れないと、防水対応のスマホで風柳に急ぎ連絡をし乍ら、黒影に近付く。
「サダノブか?!黒影は大丈夫か?」
サダノブが急に消えたものだから、その場にいなかった黒影に何かあり、飛ばされたと言う事は既に風柳も分かっている。
其れよりも知りたいのは、黒影の安否と状況だ。
白雪も、風柳の横で聞き乍ら、固唾を飲んで見守っている。
「今、安否を確認するところです。視界が雨で悪い。正義崩壊域オリジナルの地です。」
そう、場所を知らせて黒影の姿を見たサダノブは、余りの衝撃的な光景に、思わずスマホを手から滑り落とす。
「……如何した?!サダノブ!おいっ!」
風柳のスマホからの声が、やけに遠くから聞こえる気がした。
この灰色の冷たい大地の上で、創世神と黒影が倒れている。
一番……あり得ない二人が、正義崩壊域の上に倒れている。
黒影は必死に意識を失う寸前に、創世神の手を守ったのだろう。
創世神の手を重力から守る様に、骨が砕けて仕舞わぬ様に……黒影がギリギリで伸ばした手が覆い被さっていた。
然し、創世神の手を守った黒影の手は……骨折し曲がって見え、酷い数箇所からは骨が皮を破り血が流れ……雨に滲んでいる。
「黒影紳士」を守る者が二人……雨に急激に体温を奪われて、呼吸も浅く、消えて行こうとしている。
其れは……「黒影紳士」だけの問題では無い。
今……まさに、総ての物語が一斉に終わりを……閉ざされようとしているのだ。
「……先輩!創世神さん!……駄目だ、駄目だ、駄目だ!未だ終わってなんかいないんだよ!先輩と出逢ったあの夏も……先輩が事件と出逢ったあの日も!」
サダノブは如何しようも無い気持ちで、両手で強く拳を握り二人に叫んだ。
……何の返答も無い。……初めから何にも……無かったの様に。悔しさに、拳をあの力を吸い取る正義崩壊域と化したその大地に思いっきり叩きつけた。
一刹那、逆さ氷柱が一筋の道を作るものの、その大地に力が……雨で氷は瞬時に溶かされてしまう。
なんて……無力な程……この世界の何もかもを知らずに……俺は此処まで来ちまったんだろう。
其の悔し涙も灰色の雨が流して行く。
……何も知らずに……いれば……。
否、そうじゃない。
先輩が助けてくれる前の方が、狭い世界で何もかもを知った気でいたが、もっと虚しく……もっと……世界の総ては冷たかった。
……こんな俺にも人の温かさが分かった。
遅いなんて事は無い。……無いんだ。
「サダノブ、如何した?!」
風柳のスマホからの声が、今度は鮮明に聞こえた。
「創世神さんと、先輩が倒れてます!……意識はないけど……あった!呼吸は二人共ある!……視界悪いが敵は見当たらず。骨折を伴う負傷あり。……早く!風柳さんっ!俺はこの二人を助けたいっ!!」
語尾は涙に震え、報告と言うよりも懇願に近い叫びにも聞こえた。
「……サダノブ、大丈夫だ。今から行く。何よりも急いで行く!だから其れ迄、二人を頼んだよ!」
風柳はサダノブを落ち着かせ乍ら、自分も落ち着かせる。
世界が崩壊しようとする時だからこそ、大きな物を守ると心に誓う時程、何時も通りに動く。
……黒影ならば、きっとそうする。
「えっ、ちょっと!」
風柳はサダノブとの通話を切ると、何時も白雪が持っている救急箱とただでさえ軽い白雪をひょいと抱えて走り出す。
「悪いね。怪我人が二人だよ。」
と、風柳は白雪に伝えた。
「重症?」
白雪は黒影と創世神の身を案じて聞く。
「さぁ……其れは白雪が診た方が早いし安心なんじゃないかい?」
と、少し考え風柳は答えた。
「分かったわ。でも、もう少しレディの扱い良くなりませんの?」
白雪は外方を向いてツンとして言う。
……もう、結婚したのだからマダムだよなぁ?
と、思い乍らも風柳は白雪のご機嫌がこれ以上悪くならない様に、黙って走った。
黒影と白雪夫婦のご機嫌を気にする、黒影の兄の立場も案外大変なものである。
――――――――――――
「きゃーー、黒影!!嫌よ、置いて行かないって言ったじゃない!ねぇ…何でこんな事に……。」
白雪は倒れた黒影の姿を見るなり、抱き付いて言った。
その背中からは弱り微かではあるか、呼吸音も動きも感じる。
「何故……正義崩壊域か発動なんて…。」
黒影を守る様に覆い被さり、その心臓の音に安心すると、白雪は顔を上げて呟く。
黒影は創世神を守ろうとしていた。見るも耐えない指先が、其れを教えてくれている。
ならば、正義崩壊域を発動させたのは、創世神では無いと言う事だ。
「サダノブ、サダノブ!」
立ち尽くすサダノブの正気を戻すかの様に呼ぶ。
「は、はいっ。」
サダノブはこの事態に何をすべきか、困惑を隠せずやっと黒影と創世神の重なった手から目を離し、白雪を見た。
「創世神さんの方にも、重力の負荷が掛かっている筈なの!私達には掛かっていなくても!」
白雪がそう言うと、サダノブはやっと状況が分かり、慌てて少しでも創世神が楽になる様に上に覆い被さ……被さ……待て。
サダノブは其処でフリーズする。
……そう言えばこの人……見た目と違って……。
「何やってるのよ、早く!苦しんでいるじゃない。」
創世神が口から血を流し咽せる。
「あの、だから……交代!交代っ!」
サダノブはあたふたして言った。
白雪はその言葉に、そうかと気付くと大きな溜め息を吐き、
「人命救助にそんな小さな事は関係ありませんっ!」
と、サダノブのつま先を態と靴の踵で踏んで交代する。
サダノブが覆い被さる様に黒影を重力から守って暫くすると、やはり体力が上だからか創世神よりも先に黒影が目覚めた。
「……サダ……重い……。」
開口一番に言った言葉はそんな言葉である。
「少しはお礼とか言ったら如何なんですか?……って言っても、俺は重力も何も受けていないから良いですけど。」
と、サダノブは口を尖らせて言った。
「ちょっと……風柳さん……うっ!」
黒影は風柳を手招いて直ぐ、また肩を地面に打ち付ける。
「何だ、如何なっているんだ?」
風柳から見たら、何を遊んでいるのかと言う状態である。
「未だ大地が引っ張っているんですよ。影を……切り離します。サダノブじゃ重力避けにもなりゃあしない。風柳さんの方が体格も良いし、いざとなれば軽々僕を支えられる。……あの人は分裂するだけで済む。目覚めれば何とか……。」
そう黒影は説明し乍ら、風柳の腕を取り立ち上がろうとする。
「手を使うな。」
風柳はまだ骨折の痛々しい手を見て、黒影の両肩をガッチリと持ち、持ち上げる。
雨で影がくっきりとしない。
灰色の水溜まりに影が波打ち、立ち上がってもやっとで、風柳の影まで切ってしまわないかと、不安になる。
「俺なら大丈夫だ。お前よりは体力もあるし、頑丈だ。」
そんな黒影の気を察してか、風柳がそう言った。
遠い昔の約束……
黒影は身体が弱いから……俺が強くなる
じゃあ……僕は……賢くなる
そう、笑い合えた日……。
影の勲が忘れてしまったであろう、遠い記憶。
「僕なら……此れだ。……幻影守護帯……発動!」
黒影は痛む両手から力を振り絞る様に、影の帯を出現させ上空に放つ。この雨さえ、切り裂く様に……シュルシュルと音を立てた幻影守護隊を、指で宙に線を描き切った。
その幻影守護帯は黒く纏まり人の形を成していく。
其れが吸い込まれる様に、内側に内側にと蠢き、其処にあの「勲さん」が、再び立っていた。
その姿を見るなり、黒影に掛かっていた重力も大地からの引力からも解放されて、力が抜けて行く。
「おっと……。」
風柳は、黒影がまた地面に落ちてしまわぬ様に支えて、ゆっくりとその場に座らせた。
「……サダノブ……そうだ。分厚い氷ならば直ぐに溶けはしまい。怪我人だらけだ。雨が当たらない様にせめて出来んか?」
と、風柳はこれ以上、黒影や創世神が身体を冷やして体力を消耗してはいけないと、降りしきる雨を見上げ言った。
「……其れよりももっと良い物がありますよ。」
そう言ったのは勲で、上空に手を広げ突き出すと、其処から四方八方に影の幕を広げ、其れはまるで巨大な蝙蝠傘の様な影を広げたのだ。
「やはり……影だけの扱いでも、桁違いだなぁ。」
まるで何年も使いこなした、黒影の曾祖父さんの玄武の様に、意図も簡単に思うがままの大きさと形の影を操る。
「もしかして……。こんな凄い影使いの「勲さん」と鳳凰と影使いの先輩……。其れが、正義崩壊域を?」
と、サダノブはもしやと思って、頭上に広がる巨大な影の傘を見上げ言った。
「……確かに……有り余る力……だな。」
風柳も其れには共感し、肩でまだ息をしている黒影を見た。
黒影は未だ話すのもしんどいのか、両手をだらりとしたまま、頭を縦に数度振り、そうだと肯定する。
「……バグ……バグが起きているんですよ。……この世界に。……あの人(創世神)すら……分からない。」
そう、黒影は伝えるなり肋骨を正義崩壊域に圧迫され続けた所為か、数度咽せる。
口に手を当てたが、今は雨で芯まで冷えているから良いものの、其れでも痛みが走る。
「黒影……今は貴方が無事だったから良いのよ。もう、話さないで。」
と、白雪が創世神に覆い被さったまま、顔を上げて黒影を見て言った。
泣きそうなのに……強い助けようとする一途な信念がその目からは読み取れる。
……そんな君で……良かった。
……そんな君でなくては……きっと僕は……今頃自分を責めるだけの……駄目な奴だった……。
黒影はそう思い、頭を項垂れて沈黙したが、諦めた訳では無い。
……君と生きるこの世界を……未だ、諦める訳にはいかないっ!!
ありとあらゆる可能性を考える。
今までだってそうだった。
どんなに塞がれた道を前にしても、信じる事がある。
考え……思考し……
……どんな困難でさえ
観察力と……洞察力の前に
立ち塞がる事すら出来ないのだ。
この「黒影紳士」の世界には、現在二つの「正義崩壊域」が存在している。
一つは制御可能であり、もう一つは今いる制御不可能な所謂天然の歴史が産み出し変貌を遂げた「正義崩壊域」だ。
勿論、厄介なのは今いる後者の「正義崩壊域」である。
尚且つ、万物の成長を妨げるのであれば、此れ自体を破壊する手が好ましい。
……破壊するのは簡単だ。物事と言うものはそう言うものだ。
破壊よりも、再生する方が遥かに難しく、破壊する機を間違えても失敗を及ぼす。
更なるバグを防がなくてはならないならば、既存する物を極力残し、現在分かる修繕箇所から最小限に着手するのが好ましい。
事は数話前に遡るが、何故か分離や共鳴技を使える様になったのは、最近のごく数ヶ月で起こった事である。
其れに加え、勲が現れた。
そして再び戻そうとした時にバグが発生した。
………… バグの前兆は、既に創世神の分離から始まっていたとするのが自然である。
勲との共通点はただ一つ。
……過去だ。
創世神の「過去」は「勲」を探していた。
いなければ、書けないからだ。
20年前の黒影紳士が書けない。
……其れは、現在も続く「黒影紳士」の存在すら消し兼ねない由々しき自体だったのだ。
然し、そうとも気付かずに現代の創世神と僕は「黒影紳士」の道を歩き続けた。
本来ならば、無い筈の道を歩いている。
其れこそが、「黒影紳士」season1以降を根本から覆す、大きなバグだったんだ!
……制御不能となった時間軸を並べ直すには……。
「創世神さんっ!」
やっと、遅れて目覚めた創世神に白雪が声を掛けた。
創世神は20年前の己を分離する為に、万年筆に憧れ幼い日に先を削ったペンをポケットから出し、息を荒げたまま大地に放り投げた。
大事な……大事な……想い出の。
何の変哲目無い、だが……インクの染みた美しい羽根。
雨に打たれて、その羽根の艶が重なり合い、駄目になってしまう気がした。
「白雪!その羽根を代わりに持って上げてくれないか。……大切な羽根なんだ。価値は無くとも……彼女にとって!」
と、黒影が咄嗟に風で飛ばされぬ様に叫んだ。
………………あ。
………………まぁ、お気付きだろう、そろそろ。まぁ、あまり良く聞こえなかった事にしてくれたまえ。
其処にいた誰もが、あーあと呆れた顔をして黒影を白々しく見たが、其れどころの話しでは無い。
「貴方が「黒影紳士」をこのネット上に初めて存在させた日!……その時刻……きっと、多忙だった貴方の事だから、書き上げた夜明け前だった筈!……そうですね?!其れだけ答えたら幾らでも爆睡していて下さい。」
と、黒影は未だ意識が戻ったばかりでフラフラの創世神に聞くのだ。
「……あ……ああ。多分、そうだった気がするよ。」
其れだけ言うと、創世神は黒影の真実を求めて赤く染まって行く美しい瞳と、暖かな白雪の優しさに吸い込まれる様に、安堵の笑みを薄ら浮かべ眠りに就いた。
「……時を……正常に動かさねばならん。」
黒影は創世神が安心して眠ったのを確認するなり、そう言って立ち上がり、雨水を切る様に強く、漆黒のロングコートを翻したのだ。
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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。