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コロナ禍で大学の「書く」授業がとても捗(はかど)った件 金原瑞人氏の経験に学ぶ

▼2020年は、大学での授業がコロナウイルスの影響で完全にストップして、次第にオンライン授業が増えていったわけだが、そのなかで起きた面白い現象について。翻訳家の金原瑞人氏が2020年10月18日付の日本経済新聞に書いた「書ける若者たち」という文章から。

金原氏は毎年、法政大学で「創作表現論」という授業をしている。適宜改行と太字。

〈普段の対面授業では、日本で最初の本格的な英和辞典「英和対訳袖珍(しゅうちん)辞書」や、ヘボン先生が編集した和英辞典「和英語林集成」や、三遊亭圓朝の速記本などを回して、実際にさわってもらいながら、それらにまつわる話や、明治時代の日本語の変遷などについて好き勝手に語り、たまに読みづらい字で板書をしては、無駄話をしてまた、本題に戻る、といった感じで授業を進める。

 今年、それを楽しむことのできない学生はじつにかわいそうだ、という話をzoom飲み会で卒ゼミ生たちにしていたら、「先生、そんなことないですよ。ほとんどの学生はまじめに話きいてないし、100分授業のうち、頭が覚醒しているのはせいぜい15分くらいだし、授業で覚えてるのは脱線ネタだけですからね。今回みたいに、短く端的に内容をまとめたものを送ってもらったほうが、学習効果という点からは、はるかに効率がいいと思います」といわれた。〉

▼これだけでかなり面白いのだが、ダメ押しが続く。「実際に、対面授業よりもオンライン授業のほうが学習効果が高かった」ことが証明されたのだ。

そのうえ、この授業、例年なら35名ほどが登録して、うち10名以上が途中で脱落するのだが、今回は45名が登録して、脱落者がいない。そのうえ、送られてくる課題の量が多く、質が高い。

▼金原氏は、今年は学生の文章のレベルがあまりにも高いので、初めて秀作集までつくったというのだ。

▼いま、オンライン授業の是非も、対面授業との比較も、活発に議論され始めているが、法政大学の「創作表現論」は明らかにオンライン授業の利点が生かされた好例だ。おそらく、文章の創作と、コロナ渦のステイホームとの相性がよかったのだろう。

▼金原氏の筆が冴えているのは、というよりも思考の冴えがわかるのは、末尾の部分だ。

〈最近の若者は読解力がとぼしい、語彙が貧しい、表現力がお粗末、などと非難されているが、冗談ではない。これくらい書ける大人がどれくらいいるのだろう。

日本の子どもの読解力低下が問題になっているが、このテスト、大人もいっしょに受けるべきだと思う。

ラストの一文のおかげで、この一篇そのものが見事な社会批評になっている。

▼尤(もっと)も、この痛快な文章と、日本社会に広がる教育格差の問題とは、別の話だ。

金原氏の文章を読めばわかるとおり、若者がまともに文章を書けなくなっている、という問題は、一般化できない。

しかし、近年の日本社会で、家庭の経済格差が、そのまま教育格差につながっている、という深刻な現実がある。コロナによって、その格差がさらに広がるのも間違いない。親の低学歴が子の低学歴に直結するような社会は健全な社会ではない。

法政大学の優秀な学生の皆さんには、たとえば「創作表現論」の課題に河上肇の『貧乏物語』などを取り上げて、大人をあっといわせる創作を書いてほしい。

(2020年11月4日)

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