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奈良出張記(4)

 奈良から京都に向かう。タクシーの窓越しに鹿を一瞬見ただけで、すぐに近鉄に乗る。奈良を出た電車はジャンクションである大和西大寺駅に停車する。ポイントを経て列車は北上する。

 数週間後に安倍元総理が殺害された現場を奇しくも通過した。その時はその後のことも、今のことも想像すらしていなかった。

 京都では府庁を訪れてクライアントの議員さんにあいさつ。2016年の訪朝の時にアテンドをした。この議員さんも豪胆な方で、見学地の交渉は全部ぼくに任せてくれた。北側が提案してきた、朝鮮総連国際部の出した要望書に沿った見学地は正直1周遅れの印象で、今の平壌とは到底言えないものだった。

 それをひとつひとつ指摘し変更の要望を出した。「代わりにこの見学地はダメですか?」「今回は与党の訪朝団ですよ。頑張ってくださいよ」「地下鉄になんか乗りたくない。もう4度目ですよ。いっつも同じ区間ですし。どうしても乗れというなら乗るけど、貴国ご自慢の最新車両にしか乗りたくありません」。北側の当局者は「こいつを黙らせろ」と視線で議員さんに訴えていたが、議員さんは何も言わなかった。
 最終日のカラオケの時に北の当局者にため息をつきながら言われた。

「あなたはタフネゴシエーターだ」。

 このことばはぼくにとって数少ないひとつの人生の勲章だ。帰国後、議員さんが撮った見学地の写真とぼくの報告書に基づく資料は当時の官邸まで届いたという。

 党の部屋で話し込み次回訪朝の打ち合わせをする。「いい加減コロナもなんとかならんか」とため息をつく。北朝鮮が門戸を開くのは世界で最後のはず。まだしばらく先だろう。

 議員さんと別れると、同志がふたり待っていてくれた。この議員さん繋がりで仲良くなった人である。彼らは韓国風の居酒屋に連れて行ってくれた。

「この店面白いで」という。一見小ぎれいな居酒屋にしか見えないが…。経営者が在日コリアンなので朝鮮語であいさつする。そしてバイトの女の子をテーブルに呼び寄せた。韓国からの留学生で今日が初めてのバイトの日だという。

「え?なに?女子大生?はたち!」

 ダブルスコア以下の年齢の女の子に驚く。日本の大学で留学している彼女も韓国語を話す日本人は珍しいらしく驚いている。すると同志がポータブルDVDプレイヤーを鞄から出したのだった。

 なんで?というと同志はにやにやと笑いながら再生ボタンを押す。そこで流れ始めたのは同志が訪朝して撮りためた平壌の映像。

   ここで流すか同志よ!といいつつ韓国語で解説するぼく。女子大生は目を丸くしている。バイト初日から、北朝鮮の映像を見せ、怪しい韓国語で説明する3名の日本人に囲まれるなんて、まさに”キタハラ”である。同志たちと笑い転げてしまった。

 みんなから彼女にビールを一杯ごちそうして、そこで「辞めちゃだめだよ。ごめん、今日は調子に乗り過ぎた」と謝るも、あのテンションは間違いなく平壌の夜のテンションだった。

 バーから部屋への帰り道。長く静かな廊下を「やっちまったなぁ」と呟きながら歩く。

 同じように帰り道、資材に囲まれたライトバンの中で「やっちまったなぁ」と呟く。同志は京都の夜の道を快調に飛ばしてくれた。


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