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独り言で「あ~ぁ、結婚したい」と言ってしまった(爆)/真野愛子

その時、わたしはひどく疲れていたので、覚醒しようとコンビニでホットコーヒーを買った。
受け取った紙コップをマシンにセットし、ボタンを押した時だ。
 
「ちょっとよろしいですか?」
 
と声をかけられ、振り向いたらオシャレなスーツのお兄さんが立っていた。
うわぁ、イケメンだ……。
とトキメいたが、ポーカーフェイスで「なんですか」と返したら、こんなことを言ってきた。
 
「さきほど、隣りのスーパーでお買い物されてましたよね。あなた、お会計、済ませてませんよね?」
 
なんて失礼な。
人を万引き犯呼ばわりするなんて!
わたしは毅然と言い返した。
 
「確かにわたしはスーパーで買い物をしました。ちゃんとレジでお会計を済ませ……」
 
と言ってハッとした。
あれ?
わたし、お金を払ってないかも。
スーパーのセルフレジで商品をレジ袋に入れて、そのままレジ袋をさげて店を出てきてしまったような。お金を払わずに。

マズイッ!
万引きしてしまった!!!

わたしはとっさに「ド忘れです! ごめんなさい!」とイケメンに謝った。
するとイケメンは「そうですよね。まだレジそのままなので、すぐに戻って払えば大丈夫ですよ」と笑顔で応えてくれた。
なんて爽やかに微笑むのだろう。
幸い、わたしのことを万引き犯だとは疑っていないようでホッとしたが、どうやらスーパーでわたしの過失を見かけて、わざわざ後を追いかけ、声をかけてくれたらしい。
なんて親切な人なんだ。
わたしは一気に恥ずかしくなり、「すみません」と「ありがとうございます」を繰り返し、注ぎ切ったコーヒーにフタをして手に持ち、隣りのスーパーへと戻った。
イケメンもついてきてくれた。
 
スーパーに戻ると、セルフレジはわたしが商品を通した記録のまま、止まっていた。画面には「ミネラルウォーター」「いちごパック」「チョコレート」「納豆」……etc。
 
「これ、間違いなくわたしが買ったものです。お金、払います」
「よかったですね、何事もなくて。たまたまボク、このレジを使おうと思ったら、画面がこの状態で使えなかったものですから。あたりを見渡したら、レジ袋をさげて出て行くあなたがいて」
「そうですか……」わたしは顔が真っ赤になった。きっと、このイケメン以外にも迷惑を被った人は他にもいるだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「それではボクはここで」とイケメンは去って行った。
わたしは深々と頭を下げて見送った。
 

なにやってんだ、わたし……。

 
家についてから、落ち込んだ。
あまりに感情が忙しく変化したので整理したくなった。
 
うわぁ、イケメンだ。

失礼な。人を万引き犯呼ばわりするなんて!

あれ? お金を払ってないかも。

マズイ! 万引きしてしまった!!

疑ってないようでホッ。

すみません。ありがとうございます。申し訳ありません。
 
この間、わずか1分だ。
そして今、わたしの気持ちは「情けない」で維持され、落ち着いている。
なぜ、こんなことになってしまったのか?
理由はわかっている。
 
ひどく疲れているからだ。
 
身内が病気で、その介護に追われているのだ。
ひとまず、今は別の身内が代わりに面倒をみてくれているので、わたしはつかの間の解放となっているが、またわたしの番がすぐにやって来る。
もはや身体はクタクタで、思考も鈍くなってしまった。
だからこんなことに……。
このままではいつか事故や取り返しのつかない失敗を起こしかねないなぁ、と思った。

仕事も介護も、上手に手抜きしなきゃ。

これが1秒で出した、わたしの結論だった。
まだ温かいコーヒーを一口すすると、ほっとしたのか独り言が飛び出した。
 
「あ~ぁ、結婚したいな」
 
出た! つらいことがあると結婚に逃げる女。
相手もいないくせに。
と、自分にツッコミを入れた。
が、2秒後にはまた反対の考えがよぎる。
それのなにが悪いのよ!?
つらい時に誰かに頼ったり、支えたりするのが人間でしょ!
相手がいないのは致命的だけど、結婚に憧れるのは自然なことじゃない。
……と、自分の中で議論が始まってしまった。
 
やっぱり、わたしはひどく疲れている(笑)。
 
一人暮らしの部屋の窓から桜が見えた。
窓を開けると、春の柔らかな風が舞い込んできて、よどみが流れ落ちていく気がする。
窓際で散りゆく桜を見上げた。
迷いもなく、惜しみもなく、ただ散りゆくために色づいた花たち。
その圧倒的な美しさにわたしは奪われ、無になっていく。
ゆっくり自分を失っていく心地よさに身をゆだねた。
あゝ、溶けてく……。

寸前で我に返った。
とたんに、わたしの中に雑念が溢れかえる。

仕事
介護
家族
人間関係
イケメン

支払い
ゴミ出し
洗濯
締め切り……etc

あっという間にけがれたが、これが生きてるってことなんだろう。
雑念まみれの中で、せめて願った。
来年もあの人が桜を見られますように、と。

部屋の中に舞い込んだ花びらを指先で拾い上げると、部屋が汚れていることに気づき、掃除しなきゃと思えた。
大丈夫。わたし、まだまだやれる。

【真野愛子 プロフィール】
超インドアですが、運動神経はよい方だと思ってる20代女。料理と猫好き。創作ストーリー『暗闇で愛が咲く』に出演。将来の夢はお嫁さんw 

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