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綺麗な世界を創りたい。

――綺麗な文章と聞けどぴんとこないと思いますので、百聞は一見に如かず、この記事の最後に、新作『君はマスクを取らない』の冒頭部分を載せておくので、是非読んでみてください。


人生は物語。
どうも横山黎です。

今回は「綺麗な世界を創りたい。」というテーマで話していこうと思います。


📚綺麗な文章

僕は今、新作『君はマスクを取らない』を創っているんですが、この前第一章の原稿データを親友に送ったんです。これはいつものルーティーンで、きりがいいところまで書き上げたらとりあえず彼に読んでもらうんですよね。

で、そのときに返ってきた感想の中で面白いものがあったんです。

「表現一つ一つが好きだわ。Wordに読み上げてもらってたんだけど、少し聞きかじった親が綺麗な文章だけど〇◯(親友の名前)が書いたの?そんなわけないよねっていってたよ笑」

誤字がないか、重複表現がないか、言い回しがおかしくないか、読みやすいかなどなど、いろんな確認のために機械に読み上げてもらったと思うんですが、それを聞いた親友の親が指摘するくらいに、どうやら綺麗な文章を書くことができたみたいです。

綺麗な文章と聞けどぴんとこないと思いますので、百聞は一見に如かず、この記事の最後に、新作『君はマスクを取らない』の冒頭部分を載せておくので、是非読んでみてください。


ちなみにですが、文章が綺麗という評価をくださったことはこれまでにもあります。去年出版した小説『Message』もそんなコメントをもらいました。

小説において一番大事なのは物語だから、文章ばかりに焦点を当てるのは違いますが、それでも綺麗な文章を書けることは僕のひとつの強みなのかなと思います。

そして改めて思いました。

僕は綺麗な世界を創りたい。


📚綺麗な世界を創りたい。

小説『Message』を読んで下さった方のなかで、悪い意味で「綺麗」と評してくれた人がいました。やっぱり物語には苦悩や挫折といった重力のある要素をはらむべきで、小説『Message』ではそこに重きを置かなかったのでそんな風に評価してくれたのかなと思います。

それがきっかけで自分の作風を疑うこともあったんですが、それでも僕は僕をやめられないから、きっとこれからも世界を綺麗に切り取りながら、作品を創っていくんだと思います。


振り返れば、僕が好きなものは、全部綺麗なものでした。

小説『Message』の中でも言及しましたが、僕の実家の近くにある歩道橋からの景色が好きだったのも、足元の三差路では車の河が流れ、遠くの建物の向こうへ陽が沈んでいき、見上げれば澄んだ群青の空に、「綺麗」を発見したからだったのでしょう。

小説『桃太郎』のクライマックスでは夜明けが描かれますが、世界中の夜を終わらせ、新しい日の始まりを告げる光と、染まった海、空、街に惹かれたからに他ありません。

オルゴール、プラネタリウム、河川敷、笑顔、ネグローニ、チームラボ、水族館、結婚式、……僕の好きなものはきっと「綺麗」を包含しているんだと思います。


物語のなかでも、人生のなかでも、綺麗な世界を創っていく姿勢は続けていくんだろうな。というより、続いていくんだろうな。

昨日夜な夜なぼんやり考えていたことがあって、それは今度開催する「BOOK TALK LIVE ”Message”」に関わることなんですが、新しくやってみたいことができました。またしても、綺麗な世界の創造です。

もうちょっと固めてから、noteでも共有するつもりなので、是非フォローしてお待ちいただければと思います!

それでは最後に、新作『君はマスクを取らない』の冒頭部分をご覧ください! これでもかってくらい「横山節」が炸裂しています(笑)

これが、僕の創りたい世界です。


📚新作の一部を公開!


『君はマスクを取らない』

作:横山黎


 僕が言葉さんと出逢ったのは、高校一年生のときだった。茨城県にある県立の高校の同級生で、同じ一年一組だった。はじめはただのクラスメイト、いや、隣の席のクラスメイトだった。

 座席は出席番号順で、出席番号順とはあいうえお順だから、「言葉さら」の隣が「小渕賢也」であることに何の不思議もない。ただ、全ては席が隣同士である一事実から始まったと思うと、逆に不思議がってしまいたくなる。

 彼女のことはいつも、言葉さん、と呼んでいた。下の名前で呼んだことは数えるほどしかない。珍しくて情緒的だし、僕は言葉が好きだったから、名字で呼びたくなったのだ。

 入学してからしばらくの間、言葉さんにまつわる記憶はあまりない。僕は彼女がどこで何をして、誰に何を言っていたのか全く知らない。いや、きっと何も言っていなかったのではないか。それは僕がご近所さん付き合いが苦手だったからでもあるけれど、彼女が沈黙を纏っていたからと考えた方がしっくりくる。

 言葉さんは沈黙の人だった。

 その名字とは裏腹に、言葉を発さない人だった。本当に何もしゃべらなかった。クラスメイトがそれに気付き始めたとき、言葉さんは病気なんじゃないか、そんな噂が教室を巡った。吃音症で周りから変な風に思われたくないから話さないんだ、自分の声にコンプレックスを感じているから何も言わないんだ、あることないこと噂されていた。

 その頃から僕も言葉さんに関心を持ち始めた。でも、周りのみんなとは違って、「尊敬のようなもの」を抱いていた。自分自身その正体を暴くことはできず、この世にあるどんな感情の名前を選んでも、その後に「のようなもの」を付けなければ気持ちが悪いほど、一口に言い表せない不思議な感情だった。

 クラスメイトが次に注目したのは、彼女のもうひとつの特徴だった。

 言葉さんはいつもマスクをしていたのだ。

 小さな顔の下半分はいつも、白い布で覆われていた。体育の授業で身体を動かしているときもそう。息苦しいはずなのに、言葉さんはマスクを取らなかった。昼休みのとき、大半の生徒は教室で昼食を取っていたが、そのとき言葉さんは教室にいなかった。どこかへ消えていた。だから、僕らはマスクを取った言葉さんを知らなかった。言葉さんの素顔を目にした者はひとりもいなかった。

 言葉さんはマスクを取らない。

 クラスメイトはその理由について考え始めた。口元が歪んでいるんじゃないか。大きなほくろがあるんじゃないか。もしかしたら口裂き女かもしれない、だから素顔を見てはいけない。高校生の話の膨らませ方は自由というより、軽率だと僕は思った。マスク姿の彼女の顔立ちが整っていたから、無意識のうちに僻むような発言をしていたのかもしれない。ろくでもない素顔だと、誰にも知られたくない悪い秘密があるのだと信じたかったのかもしれない。

 しかし、僕は違った。

 言葉さんに対する興味は日増しに膨らんでいった。言葉さんというその存在に、その生き様に、羨望と敬意とあといくつかの感情を一緒くたにしたようなものが、この胸を広く占めていた。


       1 ごみ捨てじゃんけん


 連休が明けて、桜は化粧を落としきって、ざわめく季節の兆しが徐々に気温に現れる五月の、昼下がりというには遅すぎる放課後、雨の音をBGMに少し間の抜けた空気が教室に漂っていた。やる前と後で変わりのないように見える掃除後の教室には、生徒が十人程度。その多くは掃除担当だった。その週の掃除担当は僕と言葉さんの班だった。

「よしあとはゴミ捨てだけだね」

 同じ班の桜井根々がポンと手を叩いた。ポニーテールの毛先が小さく揺れる。

 掃除が終わったら、ゴミ箱に溜まったゴミを一階のゴミ捨て場に捨てにいかなければいけない。一年生の教室は校舎の五階に並んでいるから、五階分の階段を上り下りする必要がある。ゴミ捨てだけで一苦労なのである。

「行きたいって人、い……ないよね。よし、じゃんけんしよっか」
桜井さんは一組の学級委員を務めている。昔からそうなのだろう、空気を読んで現場をしきるのが上手だった。彼女の音頭でじゃんけんが始まったが、それと同時に、僕の頭の中でじゃんけんという言葉が巡り始めた。

 人生にはいくつもの勝負事がある。

 僕はこれまでにどれくらいの数の勝負をしてきて、どれくらいの数を勝って、どれくらいの数を負けてきたんだろう。

 小学生の頃はかけっこに勝つことに夢中になれた。隣の席の子よりも高い点数を取ろうとテスト勉強をしていたし、牛乳の一気飲みにも挑戦した。
記憶の中で、僕は勝ったことがあまりなかった。かといって、負けたこともなかった気がする。どっちづかずで、平均点。誰かには勝つけど、誰かには負けている。一番になれた試しはなかった。ベストもワーストも、僕は知らなかった。

 あるとき、僕は思ったことがある。

 勝ち負けなんて一時的で相対的なものであって、絶対的なものではない。僕が勝ったと思っていても誰かには負けていて、誰かに負けたなと思っていても別の誰かからは僕は勝ったと思われている。若いかそうじゃないかは誰と比べるかによって変わる年齢みたいなもので、僕は次第に勝っても負けても何も思わなくなってきたのだ。

 そういえばかねてから不思議がっている、じゃんけんにまつわる疑問がある。紙は石を包み込むから勝つという設定だけれど、包み込めば勝ちという因果関係のことだ。実際に紙で石を包めば破けて終わりだ。それは負けだ。

 勝ち負けの基準なんて強固なものではなくて、勝ったと思えば勝ちだし、負けたと思えば負けの世界なのだ。

 つまり、この世に勝ち負けなんて存在しない。確かに存在するものがあるとするなら、それはあいこだ。どちらが勝ちでも負けでもない。どちらにも言い分があって、イーブンな関係。

 だから僕は勝ち負けなんて決めず、あいこで済ませればいいと思う。
白黒つけて悲しみが生まれる世界なら、灰色を受け入れて誰も傷つかない日々がずっと続けばいい。

 あいこがずっと……。

「はい、じゃあ、小渕君よろしくね」

 思案の沼にのめりこんでいた僕を解放したのは、桜井さんの言葉だった。目の前には石が一つと、紙が五つ。僕は拳の中で爪を立てた。

「あんなにあいこが続いていたのに勝負が決まるときは一瞬だったね。ドンマイ、小渕君」

 僕は上手く返事ができなかった。

「あと一人決めなきゃだね。もう一回しようか」

 僕以外の班員が再びじゃんけんを始めた。五人でじゃんけんしているから、何度かあいこが続いた。しかし、突然、勝敗が決まった。僕は別のところに意識があったが、桜井さんの言葉から、さっきのじゃんけんも似たような展開だったのだろう。グーでひとり負けという結末も同じだった。

「じゃあ、言葉さん、よろしくね」

 桜井さんは微笑んだが、言葉さんはこくりと頷くだけだった。

 僕は燃えるゴミのゴミ箱を持ち、言葉さんはもう一つの方を持ち、僕らは教室を出た。

 放課後のざわついた廊下を、僕は何も話さないクラスメイトと揃ってゴミ箱を抱えて歩いている。

 僕たちは階段まで来た。追いかけっこする男子にぶつかりそうになりながら、僕と言葉さんは静かに一段ずつ、確かに降りていく。

 目だけ動かして彼女をちらりと見る。身長は百五十センチ前後で、小さな肩に艶のある黒い髪の先が降れている。白い肌とのコントラストに視線を固定されそうになったが、しかし気になってしまうのは彼女の口元を覆う、そう、マスクだ。言葉さんは今日もマスクをつけていた。変わらずマスクを取らないし、何もしゃべらない。沈黙を纏った彼女は、喧騒を切り拓くように階段を下りていく。

 昇降口を通り過ぎ、屋根のある通路を進んでいく。世界を叩く雨の音も遠くに聴こえる。ゴミ捨て場まで来ると彼女に倣って足を止めた。ゴミ捨て場で指揮を取る事務員さんの指示に従って、僕らはゴミ箱に溜まったゴミを捨てる。

 燃えないゴミの方が先になくなって、言葉さんは踵を返した。僕も慌てて残りを捨てて、彼女を追った。

 そのとき、僕は何も考えていなかったんだと思う。脳みそが追いつく前に、胸の真ん中に抱いた感情が口から飛び出したのだ。好奇心とはそういうもので、ひとつの生き物のようにひとり歩きするのだ。


「どうしてマスクを取らないの?」


 彼女は足を止めた。僕に背を向けたまま、その場に立ち尽くしている。

 僕はとうとう彼女の領域に踏み込んでしまったのだ。立ち入り禁止のテープを無視して、片足を突っ込んでしまった。

 制されれば制されるほどそれを破りたくなるのが世の掟だ。僕はもう仕方ないことだとあきらめた。どうなるか分からない。いや、きっとどうもならない。彼女は何もしゃべらない。何も言わず、このまま教室に戻るだけだ。

 それでも僕は、自分じゃない自分が仕掛けたこの勝負に勝ちたいと思ってしまった。あいこで終わらせたくないと思ってしまった。

 マスクが、僕の目に映った。

 瞬きをすると、世界から音が消えた。

 彼女が鋭い視線を僕に注いでいた。試しているのか、探っているのか、分からない。でも、試されているのならそれでいい。探られているなら探ってほしい。僕は目を大きく開いた。彼女の肩越しにあったはずの景色が見えなくなった。

 僕と彼女だけの、ふたりだけの沈黙の世界。

 世界中の時計が止まっている、そんな感覚の中にいた。それならそれでいい。このままここで息絶えてもいい。そういえば、僕は今、天国のような場所にいるではないか、と自分でも理解できない思考回路が組まれていった。

 言葉さんが前を向いたことで、再び時計は動き始めた。雨の音が戻ってきた。遅れて、僕も復路を踏み出した。

 やっぱり石は紙に勝つと思う。

(つづく)


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