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ガザのハマスとVIVANTのテント

国際的テロ組織テントと日本の公安、そして、自衛隊の闇の組織である別班が暗闘を繰り広げるドラマVIVANTが終了して、はや1ヶ月近くが過ぎた。ドラマは続編とか映画版に続くことを匂わせる終わり方。世間では話題のドラマと評されているらしく、Youtube上にも考察チャンネルが数多立ち上がった。先日には、監督でTBS局員の福澤克雄氏のインタビューを軸にした振り返り番組が放送され、VIVANTは最近のテレビドラマに危機感を感じているものたちが集まって、テレビにもここまでできることを示そうとしたドラマであることを力説していた。

アクションものとしては、最近のテレビにはない破壊シーンや爆破シーン、モンゴルでの砂漠のロケなど圧巻のシーンが続いたし、構成も複雑で、次々に視聴者を裏切る予測のつかない展開で見るものを飽きさせなかった。しかし、何か物足りなさが残ったのも事実だ。数々のドラマを盛り上げるスピンオフ企画や、裏側見せます的な特番はVIVANTの話題性を高めるための着火剤として、ドラマが始まる前から企画されていたものだろうし、本当にVIVANTが世間を騒がせていたかは謎。見ながら、結構ワクワクしたけれど、テレビドラマを超えたすごいドラマとは思えなかった、それはなぜなのか、、、?

多分、それはフィクションの中に、現実に世の中で起こっている事象の裏側をどう匂わすかという点において、VIVANTは無頓着で、近年、現実に起こっていることを想像させる中央アジアのテロリスト問題を扱いながら、その現実をフィクションによって批判的に描くのではなく、ただのモチーフとして利用しただけに終わっていたからかもしれない。

それはタイトルに掲げた「別班」も同様で、「別班」という現実にその存在を噂されている組織を登場させながら、日本において本当にあんなスナイパー集団が存在するのかについては、あまりリアリティを感じられず、このドラマの中の架空の設定のように見えた。公安警察についても、世界一公平公正な組織だとほめちぎるばかり。テレビなどで、与党の選挙演説の警備をし、安倍元首相にヤジを飛ばす市民をその場から排除しようとする強面の公安の姿しか見ていない私には、阿部ちゃんに「世界一公正公平な組織」と熱く語られても、ピンと来なかった。

そして、物語の鍵を握る国際的なテロ組織テント。世界各地でテロ行為を行い、世界中にネットワークを持つ。しかし、このテントというテロ組織は完全にドラマのために作られたもので、現実に存在する世界のテロ組織のどれも、完全に架空の存在だった。

日本という国家に見捨てられた一人の公安職員が、中央アジアのとある国の宗教対立による分断から始まった紛争を生き抜くために作った武装集団。その背景には、この紛争によって息子を奪われたため、こんな紛争を終わらせ、子どもの犠牲を減らすという目的がある。テントの最終目標は孤児院の運営などにかかる安定的な資金を得ること。いわば、非合法に得た資金を持たざる者に再分配する鼠小僧である。そこに、現実の世界でも起こっている地下の希少資源の争奪戦の問題を絡めた。

しかし、物語の軸となるテントという鼠小僧的テロ集団の生まれた背景は、現実に存在するテロ集団では聞いたことがなく、家族というものを考えるというこのドラマのテーマから逆算して作られた存在である。細かい設定には、中央アジアに緑を復活させるという中村哲氏を想像させるモチーフを使い、そこに眠る地下資源の争奪が裏側にはあるという、現実を想像させる事象を散りばめているから、現実に起きているテロの問題に日本がどう取り組んでいるのかを、フィクションを使うことで、批判的に描くのかと期待していた私は、その肝となるテロ集団の設定が現実にはあり得ないものであることで、このドラマは現実を批判的に見る視点はないのだと思い、ちょっと落胆したのだった。

別にいいのである。完全なるフィクションで、現実に対する批判精神などなくても、素晴らしいエンタメ映画は存在する。しかし、これだけ近年、世界的に起こっている出来事を想像させるモチーフを使いながら、まったく現実とはかけ離れた話となると、かえって、現実の裏側を批判的に描くことを想像して観ていた視聴者はがっかりしたのではないかと思うのだ。

ここにきて、現実世界ではパレスチナのガザに拠点を置く武装組織ハマスがイスラエルを攻撃、イスラエルも反撃し、近いうちにイスラエルがガザに入って地上戦を始めるのではないかと言われ始めた。この問題の大元には世界の大国の様々な思惑が絡んでいる。それに翻弄される中で、武装組織も生まれてきた。ここには宗教的な対立もあるが、もともと宗教が原因で紛争が起こったわけではない。大国も絡んだ領土問題があって、そこに宗教が絡んだのである。

アフガニスタンにタリバンが登場したのも宗教的な対立ではなく、もともと様々な部族による経済的な問題が原因の紛争や野盗による収奪がはびこって混乱していたアフガニスタン国内を治めようとしたからだ。宗教的な戒律を振り翳したのは統治のためであり、それが原因での紛争ではない。

だから、これだけ現実を想起させるモチーフが散りばめられたドラマの中で、宗教対立はやめよう、日本は多神教で、他の宗教にも寛容だからその精神をこの地にも植え付けたいというテントのドン、ノゴーン・ベキの言葉はとんだ勘違いの単なる日本礼賛に見えてしまうのだ。

いわゆるテロとの戦いが始まってから20年あまり、パレスチナ問題は言うに及ばず。これだけテロの問題を見聞きしてきているのに、いまだにその原因が宗教であるように言われ、その背後に大国の思惑が大きく絡んでいることは語られないとは言わないが、それよりもテロ集団への批判ばかりに終わることが多い。テロ集団がなぜテロに手を染め始めたのか、その背景に何があるのかが深く語られることは少ない。表の世界では語りづらいことが多いからだろうと思うのだが、だからこそ、フィクションという形で、そうした現実の裏側を見せてくれないかと思うのだ。

私はVIVANTに最初そういう部分も期待していた。限界はあると思うが、テレビドラマを超えるというなら、現実を批判的に見る視点を盛り込むだろうかと。ほかにも愛国心とか、美しい国日本とか、現実を思わせる言葉が登場し、私は様々な期待をしたが、ただ単に日本礼賛するばかりで、何の批判精神もなかった。

そもそも、テロの問題と自衛隊別班の話なのに、アメリカの存在が薄すぎることで、リアリティを感じられなかった。アメリカは実はテントの実態もお見通しで、それさえも俯瞰で見て泳がせている神なのだろうか?そのくらいアメリカはこのドラマには登場しない。

VIVANTで散りばめられたモチーフ。中央アジアのテロ集団、自衛隊別班の存在、愛国心、父と息子の絆、家族とは何か、、、。どれを中心で描いても、現代社会の実相に迫れるテーマである。しかし、VIVANTはそれらを並べただけに終わった。風呂敷広げすぎだったと思う。

現実の裏側を描こうとは思っていないのに、現実を思わせるモチーフが散りばめられたことで、私は期待だけしてしまい、それを裏切られる形となった。その辺が最終的にVIVANTを手離しで評価できない理由である。

制作側が言うテレビドラマを超えるものとはどういうものだったのだろうか?
アクションがすごいと言うことで言えば、確かに超えている。それは予算が潤沢にあったが故の恩恵だ。しかし、予算の多寡だけではどうにもならない映画で何を描くかについては、ちょっと陳腐とも言える単純な日本礼賛と家族の絆に収束し、下手な道徳の本みたいだったのが残念だ。

世界的なテロ集団の生まれたきっかけが一人の男の個人的な思いがたまたま時代背景とリンクして動き出したということはあると思う。けれど、現実の中では、こう言うテロ集団に何十年もの間、大国が関わってこないことなどあり得ない。テントのように自分たちの思惑のみで組織を拡大し活動ができてきたということなど、現代においては夢物語だ。

でも、日本の戦後に関わる物語を描こうとした場合、やはり“神”には触れられないのだと言うことを実感したドラマだったというのが、VIVANTに対する最終的な感想かもしれない。

でも、ガザの状況を見るにつけ、テロ集団が鼠小僧的な大国にも翻弄されないテントのような集団ばかりであれば、問題はもっと簡単なのにと思う。だから、阿部ちゃんと憂助だけの暗躍で解決したんだろうなあ、、、。

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