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吹奏楽部で楽譜が読めなかった私と留学の思い出

とあるアジア圏の地域に留学していたことがある。

全く自分の専門ではないのだが、自由科目として音楽の授業をとっていた。

そんなに本格的な授業でもなく、地下にある小さな教室で先生のピアノに合わせて歌うという平和な時間を過ごしていた。

しかし、ある日、唐突に課題が渡された。

「楽譜を渡すから来週までに歌えるように練習してきてくださいね。ひとりずつ前で歌ってもらいまーす」

…えっ、自分、楽譜読めないのですが…

鍵盤があれば、音を当てはめながらなんとか読めるかもしれないけど(それでもめちゃくちゃ精度が低い&死ぬほど時間がかかる)学生寮の2人でひとつの部屋には鍵盤なんてあるはずもなかった。

ヤバい…詰んだ…

そもそも楽譜が読めないことで、ずっと苦労してきたじゃないか…そんな自分がたとえ自由科目とはいえ、音楽なんて選んではいけなかったんだ。

のどがつかえたようにグッと呼吸が苦しくなる。高校の頃の記憶がよみがえる。

高校時代、自分はそこそこ厳しい吹奏楽部に所属していた。中学も吹奏楽部だったため、もっと極めたいという憧れがあったのだが、強豪の部類に入る高校は全くレベルが違った。

まず人前で演奏する回数が桁違いに多く、演奏する曲目数が全く違った。常に配られる新しい楽譜。部員のレベルも段違いだった。多くが幼少期からのピアノ経験者で絶対音感を有する部員も全く珍しくなかった。全員ではないが、むしろ多数派だったのではないだろうか。

そんな環境で、自分は3年間、全く思うような成果を残せなかった。

やる気だけは見せたくて、個人で朝練・居残り練を繰り返していたが、そもそも楽譜を読むことに時間を取られていて、正直、意味のある練習なんて大してできていなかったと思う。
結局、パート連までに仕上げられず、呆れられながらメロディを理解していくという有り様だった。

ここでは、もうそんなことは繰り返したくなかった。

質素な二人部屋ではあったが、高校時代の自分には思いもつかなかったものが目の前にあった。

パソコンである。

そして、その中にはさらに高校時代にはなかったものがあった。

YouTubeである。

今でも忘れない曲目、Amarilli mia bella。検索窓に打ち込むと、そんなに多くはなかったがいくつかのサムネイルが並んだ。

歌詞と音符を照らし合わせる。間違いない、この曲だ。物悲しくも情熱的に歌い上げられるイタリア語の歌。

ああ、これで、叱られなくて済む、嗤われなくて済む、そう思った。

そして、発表の日。

「はい、今日はひとりで歌うことになってましたねー。こっちの端から、ひとりずつ、順番にお願いしまーす」

自分の席は真ん中の列。よかった…自分の番までしばらく時間がある…と、ひと息ついたところにひとりの学生が手を挙げた。

「せんせーい、私たち、先生と違って音大なんて行ってないんで、楽譜なんて読めませーん!!」

え!!!読んできてないんかい!?

「そうだ、そうだー!!」「読めるわけないぞー!!」

という大合唱があとに続く。

いや、誰もやってきてないんかい!!!!

しかし、先生のテンションは淡々とした感じである。

「あ、そうなんですねー、えっと、誰かやってきた人、いますー??」

一瞬迷った、でも、誰もやってきてないなら、誰かと比べられることもないわけだし…

「あ、あのー、一応、練習してきました」

おずおずと挙げた手はあくまでカジュアルに目に留まり、ピアノの前に導かれた。

静まった教室に自分の声だけが響く。

部活の頃の自分を思い出すと、最後まで歌い切ることができたのが不思議に思えた。なぜかそのときは、自然に肺まで息が入ってくるような感覚があった。もっと緊張してもおかしくないのに「歌う」ということ自体がなんでもないことのような、日常と地続きのような感覚だった。
それでいて、自然にリズムに合わせて体を揺らしたり、語りかけるように歌っている自分もいた。
部活のときは「体でリズムを取るとズレる」「テンポ引っ張りすぎ」などとよく言われていて、下手くそのくせに感情だけ込めて演奏するなんて、いちばん恥ずかしいことだと思っていたのに。

歌い終わると温かい拍手。自分ひとりに対して拍手をもらうことも初めてだった。

「ありがとう、でも実は、私も楽譜が読めなくて、YouTubeで音源探して練習したんですよ!」

笑いながらそう言えたのは、あのユルい雰囲気があったからだと思う。間違いなく。

誰もやってきてなくて、でも怒られることも、謝ることもなくって、でもやってきた人を馬鹿にすることもなくって…。

「あー、その手があったかー!!」と笑う学生たち。先生も一緒に笑っていた。

授業が終わり、他の授業を取っていたクラスメイトたちと別れて、ひとり地下からの螺旋階段を登りながら、高校時代のことを思い出していた。

自分にとってはツラかった3年間…。

体力的にも、人間関係も、いろんなことがツラかったけど、でも、いちばんツラかったのは、うまく演奏できないことだったんだなぁ。もっといい演奏がしたいのに、全然追いつかなくって、表現できなくって…。

こんなに音楽が好きだったのに、自分にはできなくって…。

ああ、そうか、自分は音楽が好きだったんだ。本当に大好きなことなのに、自分にはできないから、それが苦しかったんだ。
そんなに苦しくなるほど、本当に音楽が好きだったんだ、だから苦しかったんだ。
どうでもいいことだったら、きっとこんなに苦しくも悔しくもなかった。

好きなことだったのに、自分にはセンスが無いから、音楽を楽しむ資格なんてない…高校のときはうまく言葉にできていなかったけど、そんなふうに勝手に思い込んでいたのかもしれない。

いつのまにかボタボタと溢れた涙が、螺旋階段に一段ずつ跡を作っていた。

それ以降、少しずつではあったが音楽に対する考え方が変わった。

楽譜が読めなくたって音楽は楽しめる。YouTubuにだって音源は溢れているし、今は楽譜を読んでくれるアプリもあるらしい。どんどんテクノロジーのチカラを使っていいのだ。

カラオケも大好きになった。友達とも行くようになったし、趣味は一人カラオケだと堂々と言える。

社会人になってからはボイトレにも通ってみた。
そこで大きく才能が開花した…なんてことはないけれど、今、我が家の毎日は調子っぱずれの歌とへんてこなダンスで溢れている。

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