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【説教集×英語学習9】 内を満たされて輝く #219

2024年2月11日(大斎節前主日)



説教集より

Certaine Sermons or Homilies 1547-1571, Rickey and Stroup, 2nd ed, 1993, II, p102.

Even as in herbs, trees, and sundry fruits, we have not only divers necessary uses, but also the pleasant sight and sweet smell, to delight us withal, wherein we may behold the singular love of God towards mankind, …  

「草花や木やいろいろな実についても同じで、わたしたちはもろもろの必要からそれを使うのみならず、その喜ばしい見目の麗しさや甘い香りを楽しみ、そこに人類に対する神のひたすらな愛を感じます。」(第二説教集6章:全訳はこちら↓)


ヨハネのひとこと

花は美しい。これはほぼ誰もが共通して持つ思いであると思います。しかしふと、こう考えたくなります。花の何が美しいのでしょうか。なぜ花は美しいのでしょうか。

花びらや花弁や花柱の形そのものの均整のとれた美しさでしょうか。あるいは人工の絵具では表しきれない色の美しさでしょうか。それもあるでしょうが、それよりもそこに咲くたたずまいの美しさではないだろうかと思うのですが皆さんはいかがでしょうか。

わたしたち人間についても(直截な言い方になってしまいますが)美醜が論じられることがあります。よく言われるものとして、目鼻立ちがどうであるとか、何頭身であるとか、股下の長さがどうとか、そういうことがあります。しかし人間の美しさとはそこでのみ問われるものでしょうか。

人間にもたたずまいの美しさがあります。狭い小さな意味での見た目の美しさを超えて、そこにあるということによる美しさとはどこからくるのでしょうか。内を満たされて外に輝く、そこにたたずまいの美しさがあると考えるとき、わたしたちの内側を満たしてくださる方に感謝をせずにはいられません。わたしたちのために苦しみを受けられた方を覚えて今週も日々を送りましょう。


英文の解説

文頭の副詞 even はその次の as につながりますが、この as は指示副詞で、前に述べられたことを受けています。前の文はこういう文です。

If we consider the end and purpose whereunto almighty God hath ordained his creatures, we shall easily perceive that he alloweth us apparel, not only for necessities sake, but also for an honest comeliness.

この和訳はこうです。

全能の神が人間の目的として定められたところを考えれば、神がわたしたちに服を着ることをお許しになっているのは、その必要があるためだけではなく、誠実な端正さを求められているためであると容易に理解できます。

この内容を受け、文頭の Even as in herbs, trees, and sundry fruits は「草花や木やいろいろな実についても同じ(=必要性と端正さ)で」という和訳になります。続いてこの文の主語と述語 we have があり、目的語に not only A but also B がからんでいます。このうちの A にあたるのが divers necessary uses(もろもろの必要な用途)で B にあたるのが the pleasant sight and sweet smell(見目の麗しさと甘い香り)です。

この B のほうに形容詞用法の to 不定詞句 to delight us withal がかかっています。なお、その前のカンマはおなじみの、文法的にはなくてもいいはずのカンマです。withal はここでは副詞ではなく前置詞 with の代用です。delight A with B の形をもとにしています。

この we have から to delight us withal までの、not only A but also B を含んだ和訳は、ただ平板に(文法どおりに)訳してしまうととてもぎこちなく、原文の味わいを損なうので、和訳としては「わたしたちはもろもろの必要からそれを使うのみならず、その喜ばしい見目の麗しさや甘い香りを楽しむ」としました。和訳の難しさを痛感する箇所です。

続く wherein は関係詞で継続用法。その前までの内容をうけて、「そしてそこに」という意味になります。そのあとは主語が we で述語動詞が may behold、目的語が the singular love (of God towards mankind) となります。形容詞 singular には「不思議な」「非凡な」の意味もあることから、「人類に対する神のひたすらな愛」と訳しました。


英文の見取り図



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