#32 私の両親への挨拶・当日② 【マッチングアプリで出会ったモラハラ婚約者と別れた話】
キャラを変えるな!
実家の最寄り駅に着いた。ホームに降りた途端、わんこくんが、これまで手分けしていた手土産を両方持ちたがった。
見栄っ張りだなぁ。でも、気持ちは分かる。
車に近づくと母が降りて来て、よそ行きの高い声で彼に挨拶した。
「はじめまして〜ぇ。遠くからわざわざありがとうございますぅ。りんの母ですぅ」
次の瞬間、わんこくんの空気が変わった。
え、誰?
私は、ものすごい勢いでわんこくんの顔を見上げた。
いつもと比べ、明るい。テンションが高い。声のトーンが異常に高い。しゃべり方が違う。目の見開き方、輝かせ方、眉の動かし方、口角の上げ方、すべてがいつもの彼じゃない。
えー!!それ、全部作ってるよね?演じてるよね?計算だよね?
初対面で素を出せないのも、猫をかぶるのも仕方ない。でも、それ、そういうレベルじゃないよ。彼女の親に挨拶するというタスクを遂行するために「完璧な彼氏」を演じてるというか…。とにかく、なんか違和感。
昨夜、わんこくんが「完璧にこなすから、任せて」って言っていたけど、完璧の意味を履き違えている気がしてきたぞ。粗相はして欲しくないけど、好感度が高いキャラを演じて欲しいわけじゃないんだよ~。
私は、私が好きになった「いつものわんこくん」を両親に会わせたいのに、別人を紹介してどーすんのさ。
ああ、もう。嫌な予感しかしない。笑
私の親の前でいちゃつこうとするな!
ケーキ屋に立ち寄ることになった。
わんこくんは、ショーケースの前で「リンちゃんがもう一つ選ぶとしたら、どれ?おれはそれにする」と言ってくれた。いつも自分の分を私に選ばせてくれる。
私は主体性を見せて欲しいので、こういうことを言われると物足りなく感じるんだけど、彼の好意はうれしいので、常にお言葉に甘えることにしていた。
母は、そんな彼を見て「優しい人ね」という表情で満足そうに微笑んでいた。ああ、恋人に甘やかされている自分を見られるのは照れくさい。
会計を待つ間、わんこくんと私は焼き菓子を見ていて、この時のわんこくんの行動がよくなかった。
!!??
は?頭をなでた??
すぐ隣に母がいるんですけど??
びっっっくりした。さすがにそれは駄目だろう。
目の前で、娘の彼氏がいつも通り娘といちゃつき出したら、親は「空気読めよ」って思うでしょ…。しかも、君は母と会ってまだ10分しか経っていないんだぞ。
でも、わんこくんが当たり前のように頭をなで続けるので、私は「あれ?これって普通のことなのか?」という気になってきて、何も言えずに固まってしまった。混乱したまま彼の手をそっと下げ、口パクで「やめて」と伝えたけど、彼はキョトンとしただけだった。
ちなみに、わんこくんは、駅・ケーキ屋・自宅で車を乗り降りする際、「お邪魔いたします!!」「乗せていただき、ありがとうございました!!」と言って、車内に向かって深〜く一礼していた。
駅で乗る時と、家に着いた時だけならともかく、途中下車でそんなに手厚くお礼を言われましても…。また乗るし。大袈裟すぎる言動に母も困った表情をしたので、そっと「都度、言わなくていいよ」と伝えた。
彼にとっては、これが「完璧な彼氏による最上級の礼儀」であり、良かれと思ってるだけなんだろうな。そこまで求められていないことに気づけないのだ。
完璧に挨拶できるって言ってたけれど…
家に着くと、父と妹が玄関で出迎えてくれた。
私の家族は超フレンドリーで、わんこくんの周りにはいないタイプ。そんな彼らを目の前にして、彼は「このタイプの人たちに対して、どう動くのが正解なのか?」を頭をフル回転してキャラを作っている気がした。
父は、彼の無駄に明るい挨拶に演技めいたものを感じたようで、私をチラ見し、ちょっと困ったように「えっと、肩の力を抜いてね?ははは」と笑った。超鈍感な父でさえ、何かを察知したみたい。
愛犬が4匹飛び出してきた。
ここで、ようやくいつものわんこくんが出た。
本当の彼は、「昨日より前進してるおれ」になろうと高みを目指す一面もあれば、好きなモノ・コトに対して我を忘れて無邪気になる可愛い人でもある。私は前者の彼を支えていきたいと思っていたし、後者の彼が大好きだった。
母がせかせかとランチの準備を始め、無言な父はとりあえずわんこくんに椅子を勧めた。走り回る4匹の犬たち。マイペースに自分の時間を過ごす妹。どう行動すべきか分からず、リビングの入り口で立ち尽くす彼。育った環境と雰囲気が違いすぎて、立ち回り方に戸惑っているみたい。笑
おおお、紙袋から出そうぜ?
そして、つまらぬものより「心ばかりのものですが」「日本酒がお好きだとリンさんから伺ったので」の方が言われてうれしいと私は思うぞ!
一升瓶の日本酒は父用で、桐箱入りのカステラは母用。わんこくんは、それをハッキリさせず何となく渡してしまったので、私がフォローした。
親への挨拶マナーはばっちりって言ってたけど、そうでもないようだ。笑
でも、緊張もしているだろうから仕方ない。それに、母と私は「袋から出さないんだ」と気づくタイプではあるけど、そんな些末なことで相手を減点したりはしないので、ちーーっとも気にしてないよ。
―― 私のメンタル崩壊まで、あと140日 ――
(この日は、次の話に続きます)
りん