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夢現

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読み切り超短編小説です。時間つぶしの時とか読んで頂けたら幸いでーす。
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この冬になってから、早朝コロと散歩していると奇妙な人物に出会う。
その男は毎朝、半袖短パン姿で大きなリュックを背負い近くの山に入っていく。ちょっと前かがみガニ股で歩く姿はSETの小倉久寛そっくりで、うなじまで黒々と毛深い。
ここいら辺りは早朝氷点下になることはざらにある。あんな軽装では山登りは無理だし、パンパンの大荷物を毎日背負ってどこに行くんだろう。
山を管理する樵なのか、それとも歩荷さんだろう

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「青物横丁物語」8

「青物横丁物語」8

それから一カ月は、更生施設で生活しながら仕事探しであちこち歩き回った。ビルの清掃業や運送業、パチンコ屋などこの歳でも雇ってくれそうなところを当たってはみたが、行った先々で、
「手先が器用って言うけどねぇ…」
 と冷ややかな目を向けられ、
「本当にさあ、もうそういう人たちと関係ないの? うちみたいなところは、なんかあると困っちゃうんだよね」
 と門前払いされた。
正直こんなにまともな仕事に就くのが大

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「青物横丁物語」7

「青物横丁物語」7

「フフフフフ、どこ見ちょるの、おんちゃん。アタイはココよココ」

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「青物横丁物語」6

「青物横丁物語」6

 喫茶店を出たあと勤めていた螺子工場の辺りや商店街が並ぶ旧東海道を歩いてみるが、どこも妙に小奇麗になっていて五十年ぶりに来た俺はよそ者扱いされている気がした。
腰の曲がった婆さんがやっていた饅頭屋も、だみ声親父がやってた魚屋も、間口一軒しかない一杯飲み屋ももうそこにはなかった。結局どこに行ったって、俺なんかを受け入れてくれるような場所などないのかもしれない。
街道を若い男女が手を繋ぎながら楽しげに

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「青物横丁物語」5

「青物横丁物語」5

片手で数え切れないほどの入所を経験し、歳もとり自暴自棄になっていた頃、ある刑務官に巡り合った。
造園工の育成をしている指導官だった。
樹木から伝わる温かみ、包みこまれるような優しい匂い。大地に根付いて花を咲かせる木々に触れながら、俺の心はしだいに癒されていった。
刑期が間近になった頃、刑務官は身寄りのない俺を心配して知り合いがいる品川区の更生施設を紹介してくれた。

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「青物横丁物語」4

「青物横丁物語」4

高級品を売る露天商の仕事は、仲間にサクラを頼んだり、不幸な身の上話をすれば飛ぶように売れた。元締めに7割がた売り上げを持って行かれはしたが、それでも工場の給金よりずっと収入は良かった。
次第に工場の仕事はさぼり気味になり、露天商の仕事に夢中になっていった。
そんなある日、工場の事務所から金が盗まれる事件が起きた。工場長は真っ先に俺を疑った。前日、久しぶりに出勤していたからだ。弁解したが、露天商仲

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「青物横丁物語」3

「青物横丁物語」3

八人兄弟の三男で生まれた俺は戦後生活苦の家を支えるため中学卒業後、集団就職で上京した。
青物横丁にある小さな螺子工場に就職し、油まみれになりながら毎日働いた。両親に仕送りしながら、将来は何かデカイことをやって儲けてやろう、田舎の兄貴たちを見返してやろうと野心に燃えていた。
二年ほど経った頃、地元の飲み屋で親しくなった仲間から「もっと割のいい仕事があるから」と誘われた。高級品のベルトやら靴を売る仕事

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「青物横丁物語」2

「青物横丁物語」2

電車内のオイル臭、床下から靴底に伝わる熱、青い長椅子、荷物が沢山乗せられた網棚ネット、大きな窓に付けられた降ろしにくい日除け格子。見るものすべてが新鮮だった。冬が長い故郷の暗く重い空気と違い、都会は眩しいほどの活気にあふれていた。

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『拘り』

『拘り』

「新宿の目」の前で佇む女がいる。あじさい色の胸がグッと開いたミニワンピース。ブランド物の踵がすり減ったミュールを履いて黒い大きなバッグを肩にかけている。170センチ近いスリムな体系に亜麻色の髪。西口地下から吹き上がる風でウェーブのかかった髪がふわっと持ち上がり端正な横顔が見える。
「あれ? あの人……」
 通行人が2~3人足を止め、振り返って彼女を見る。どこかで見たような、テレビだったか雑誌だった

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『赤いハイヒール』

『赤いハイヒール』

「ニコル教授、本当に大丈夫ですか?」
「心配するな、ミッシェル」
秘書のミッシェルは不安げにカーネルサンダースにそっくりのニコル教授を見つめる。
 地質学者の権威であるH大学のニコル教授は、地球電磁気・地球惑星圏学会に呼ばれ、チバニアンに関しての論文について講演をしに東京国際フォーラムに来ていた。77万年前の地磁気逆転現象が実際にあったのか、なかったのか、研究者だけではなく一般の人々まで多くの関心

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久しぶりに行った町に刺激され、物語作ってみました。

「青物横丁物語」
なんであの土地に戻りたいと思ったのか? 
知り合いが見せてくれた古い映像のせいかもしれない。
「赤い電車に白い帯…」軽快に始まる京浜急行のCMソング。五十年前の懐かしい街並みとともに、あの頃の記憶が蘇る。