桃野雑派さんの『蝋燭は燃えているか』で京都の街を疾走
わたしたちは、1人ひとりが感情をもっていることがわかっているのに、SNSという舞台に上ると途端に、だれかを傷つけても平気になってしまうのはなぜなのでしょう。
そしてその平気さを後押しするのは、「片面から見た正義感」だったりもします。
これは、そんな正義感の脆弱さをあぶりだしつつ、被害者と加害者は紙一重であることに気づかせられる小説。
そこには、正義感に訴えながらも、相手をコントロールする心理があることもわかります。SNSを無意識に使いながら誰かを追い込む心理の描き方が見事です