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「女記者が見た、タイ夜の街」第3回:日本式性接待の実態ー裸の付き合いは絆を深める?ー


■既婚者でも関係ない

2015年某月、タイで記者として働き始めた私は、バンコクのカラオケクラブで、初めて「性接待」というものを目の当たりにしていた。

妙に広く、薄暗く、たばこの匂いが充満するカラオケルーム。つい先ほどまで居酒屋で、ごく普通に会食し、カラオケで盛り上がっていた男性ら3人の膝上には、それぞれタイ人女性がまたがって、人目をはばからず体をまさぐり合っていた。

男性らのワイシャツははだけ、連日の不摂生がよく分かるぽっこりと出たお腹が、暗闇の中でもよく見える。

この人たち、全員既婚者じゃなかったっけ・・・
それにしても、一体なぜ、私はここにいるんだっけ?

私は横に座って、グラスに氷を入れてくれるタイ人女性のルンちゃん(19歳、仮名)の手元を見ながら、その場に来たことを後悔していた。

■初めて指名した女性


その日は、数カ月前にタイに進出してきた地方の日系企業A社の2人(40代)、取引先のB社、C社のそれぞれ1人(30代)、計4人の男性と会食をしていた。進出してきたばかりの企業が、現地の日系メディアに「ご挨拶したい」といって連絡をしてくることはよくあった。

「ご挨拶」という名の、実際はただの飲み会は、初めこそ堅苦しい空気だったが、みな酒が進むといい気分になり、すぐに打ち解けた雰囲気になった。

「二次会はカラオケに行きますが、泰さんは行かれますか・・?」

少しだけ戸惑いのある聞き方に違和感が残ったが、てっきり普通の「カラオケ」だと思い込んでいた私は、二つ返事で「行きます!」と答えてしまったのだった。

A社の社長は、用事があるといって帰宅し、他の3人とタクシーに乗り込み、カラオケへ向かった。夜21時を過ぎたバンコクのエカマイ通り。雨が降っていたため、渋滞していて、なかなかたどり着かない。

その間に、3人とは冗談を言い合えるまでの仲になっていたが、やっとたどり着いたカラオケは、私が知っているそれではなかった。

やけに大きな建物だ、と思いながら、訝しげに足を踏み入れると、そこにはライトアップされたステージに、露出した女性がずらりと並んでいたのだ。

「え、これなんですか・・?」

私がきょとん、としていると、

「もしかしてこういう所に来るのは初めてなの?好きな女の子を適当に選んでね!」

男性からそう言われ、普通のカラオケではないことを知った私は、一瞬ぎょっとしたものの、覚悟を決めて、ステージ上の女性らに目をやった。

下着のような、テカテカに輝く薄っぺらいワンピースをまとった女性たち。さっきまで男性の前ではニコニコと手を振っていたのに、私を前にすると、ほぼ全員が無表情になってしまった。

そりゃあ私に好かれてもしょうがないからな・・・

どうしようか悩んでいると、奥に1人だけ笑顔で手を振ってくれる、長い黒髪がきれいな若い女の子がいて、救われた思いで指名した。それがルンちゃんだった。

■整形費用稼ぐため夜の街に

席に着くと、ルンちゃんは、先週から働き始めた新人だといい、私にも愛嬌を振りまいてくれたことに納得がいく。お互い、こうした世界に慣れていなかったのだ。

「なんでこのお店で働き始めたの?」と聞くと、「整形の借金があるの」と彼女。鼻を整形したばかりだといい、ビフォーアフターの写真をスマホで見せてくれた。

「まだ大学生だけど、カフェやレストランのアルバイトは1時間40バーツ(当時のレートで約140円)程度にしかならないの。それじゃ借金も返せないし、欲しいものも買えないよ」という。

タイの最低賃金は、当時日給で300バーツだった。経済成長に伴って物価が上昇するタイで、一般的なサービス産業では身を粉にして働いても、なかなか金は貯まらない。1カ月で数万バーツを稼げる夜の世界とは、雲泥の差がある。

そうして、私が覚えたばかりのタイ語と英語でなんとかルンちゃんと会話を続けているうち、ふと気づくと、周りは怪しい雰囲気になっていたのだ。

隣で女性といちゃつくB社の男性、さっき移動中の車内で、「帰宅して、奥さんの寝顔を毎晩覗き込んでるんです」とか、惚気ていなかったっけ・・・

それなら奥さんが寝る前に早く帰ってあげればいいのに。

男性からすると、「それとこれとは別」な話なのかもしれないが、顔も知らない奥さんに、なぜか私が申し訳ない気持ちになった。

それと同時に、「なぜ一部の男性は、こうした私的な姿をビジネスパートナーに見せ合うことができるのか」という疑問がわいた。

女性に鼻の下を伸ばしている恥ずかしい姿を見せ合って、なぜ翌日にまた真面目なビジネスの話ができるのだろう。

そして、女性である私が、なぜこの場に招かれたのだろうか?

■「ムラの掟」破れば裏切者


当時は多くの疑問を抱えたまま、その答えを見つけることはできなかったが、その後出会った書籍「タニヤの社会学」(日下陽子著、2000年)が、こうした疑問の答えにつながるようなヒントを与えてくれた。

まず、理解しておきたいのが「日本の企業文化の歴史」である。

同書では日本の企業文化として、「終身雇用」「年功序列」「企業内労働組合」の3本の柱があるとした上で、高度経済成長が続いていた1960年代、

「欧米諸国からは不合理で非生産的としか映らない経営システムが、実は日本経済発展のパワーの源になっていることが(欧米諸国の研究者などから)「日本的」「日本独自」と形容され、注目の的になった」と説明されている。

「年功序列型昇進・昇給制は、ライバル意識やスタンドプレイを無意味とし、同僚の仲間意識と先輩や上司を尊敬するという一体感と調和を重視した、しばしば「家庭的」、「運命共同体」と形容される職場の人間関係を作る働きをしてきた」

「日々の日常業務はもとより、仕事を終えて居酒屋で一杯、週末のゴルフや社員旅行などの行事に絶対参加など、有言無言の圧力をかけることで、プライぺートな時間をなるべく持たせず、同じ時間をできるだけ長く共有することで、共通の価値観が意識の奥底にインプットされる。80%の男性が家庭の事情より会社の事情を優先すると、1993年の経団連の調査でも答えている」

そして、こう続く。

「意義を唱える者は、矯正される。それでも反発する者は、「ムラの掟」破りをした裏切り者として徹底的にいじめられ、居づらくさせられる」

「「ムラの掟」は日本を遠く離れたバンコクでも有効であるようだ。出張してきた上司や同僚を空港で出迎えた駐在員は、彼らのバンコク滞在中、朝食をのぞいて一人きりで食事させるようなことは非情な行為だと思っているらしい」

「それどころか、頼まれなくても、タニヤ(バンコクの歓楽街)へ案内し、ホステスとの店外デートをさりげなく勧め、ホステスとの交渉を成立させ、ホテルまで送り届ける。気が利く駐在員は、エイズ予防グッズを持たせることを忘れない。改めて確認や約束を交わさなくても、出張者の「旅の恥はかきすて」的行為や妻への裏切りを口外する裏切り者はいないというコンセンサスがあるらしい」

■風俗嫌いは「男じゃない」

つまり、私が冒頭で紹介した経験を振り返ってみると、同行していた男性らにとって、食事の後にそうしたホステスのいるカラオケクラブに行くことは、当然の行為としての共通認識であり、私にあえて口に出して確認する必要はないと考えていたのではないか。

そして、「日本の企業戦士」のDNAが刷り込まれた彼らにとっては、カラオケで歌うこと、酒を飲むこと、そしてビジネスパートナーであっても、ホステスといちゃつきあう姿を見せ合うことは同列の行為であり、彼らは同じ時間と体験を共にし、「仲間意識」を共有することで絆を深めている。それがビジネスの関係を良好にする上で役立つと考えている、と推測した。

それどころか、こうした体験の共有を拒むことは、「ムラの掟」を破ることになり、上司や取引先からの評価が下がったり、ビジネスチャンスが狭まったりする要因にもなるらしい。

ある知人の男性駐在員(30代)は、「本当はそういう場所にも行きたくないし、さっさと帰ってやりたいことがあるが、ビジネス上の人間関係を優先して、付き合えざるを得ない」という。

また別の駐在員(20代)は、「風俗に興味がない、というと、上司や友達から「そんなの男じゃない」とからかわれ、嫌な思いをすることもある」とのことだった。

さらにこんなエピソードもある。

知人男性(30代)が、タイに駐在し始めた頃、仕事で出会った政府機関の人間と食事し、その後にゴーゴーバー(女性がポールダンスなど扇動的な踊りをするバー)に連れていかれた。

その政府機関の男性は既婚者で、妻子をバンコクに連れてきていたが、ゴーゴーバーに一人でよく来て、連れ出しもしているという。

まだほとんど初対面だったにも関わらず、セックスの話ばかりが続き、「好みの子がいたら、遠慮なく連れ出してくださいね!」と世話まで焼かれ、心底驚いたと話していた。

■同調圧力がもたらす不祥事

しかし、こうした「ムラの掟」に基づいてきた日本社会の負の側面が、近年より表面化してきているのではないだろうか。

最近、世間を賑わせている芸能界の性接待問題や、中古車販売大手による自動車保険の保険金不正請求、自民党派閥の政治資金問題まで、「不正な行為だと分かっていたはずなのに、組織ぐるみでもみ消そうとしていた」ケースが相次いで明るみになっている。

タニヤの社会学の著者は、こうした不正が起こる根底の原因をこのように分析している。

「同調という守りに入るうちに、これまで持っていた自分自身の価値基準も嗜好も職場の価値観に染められ、非合理・不当と感じられる事柄に対する怒りも、社会に対する正義感も薄らいでいく。会社ぐるみ、職場ぐるみの買春も汚職も不祥事のもみ消しも、可能なのである」

一方で、近年は価値観の多様化に伴って、そうした日本の企業文化に対し、道徳的な面でも、また効率的な面でも意義を唱える新世代が誕生している。

それは、バンコクの夜遊びにも影響し、日本の企業文化の象徴的存在だったともいえる歓楽街、タニヤ通りから足を遠のかせる要因にもなっている。

そうした事例を、次回、「夜遊びにも「タイパ」と「モラル」求める新世代」で紹介していく。


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