誰のことでもあり誰のことでもないeveryman~「江分利満氏の優雅な生活」

トリスをのんでHawaiiに行こう!
というコピーをご存じだろうか。
いまや、ハワイへの旅行などそれほど珍しいものではないが、かつてこのような文句が一世を風靡したことがあった。
そのライター・山口瞳が初めてものした小説がこちら。
「江分利満氏の優雅な生活」、直木賞受賞作でもある。

「~の優雅な〇〇」というフレーズ、いまでも耳にすることがあるが、この作品が元だろうか。そうだとすれば、このタイトルも秀逸である。
描かれる生活ぶりは、決して優雅ではない。当時のサラリーマンのありのままが描かれているだけである。

本作を読んでみると、とても不思議な印象を受ける。
小説なのかエッセイなのか。地の文とセリフの文とが混然一体。
優雅といいつつ、今からは考えられないような破滅的な生活。そして、これもまた現代の価値観では理解が得られないような、男性優位社会の描写。
「もはや戦後ではない」時代から高度成長期にかけての日本人の、リアルなメンタリティがここに凝縮されているようだ。

文学的な価値というより、誰でもない名もなき一日本人(それこそ江分利満=everyman)が歩んできた道を追体験できる。そんな小説であった。

ちなみに、本作は1963年に映画化もされている。岡本喜八監督、小林桂樹主演。
小説の地とセリフとが入り混じった文体を、小林のモノローグによって表現されていて面白い。随所に風変わりな演出がされていて、こちらも一見の価値ありである。(動画は落ちてなかったのが残念)

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