路上の言語〜ストリート・スケートの起源『棒馬としてのプール』7

サーファーは海の存在しない都市で、スケートボードでサーフィンの様相を模倣し都市にサーフィンの概念を持ち込んだ。その結果泳ぐ施設であるプールを抽象化し波の代替物として認めることができたわけだが、それは泳ぐための施設という与えられた意味を読み込む社会一般的な概念よりもサーフィンの概念が重要だったからであり、サーフィンという文化的影響が勝った結果である。

いっさい馬のかたちと類似性を持っていない、ただの棒がこどもたちにとって馬なのは、それに実際にまたがって走ることができるからなのであり、馬とはこどもたちと事物の関係、またがって遊ぶ行為そのものを呼ぶのだ。事物の認識はこの関係によってこそ行われるのであって、実は見かけ上の類似性などは意味を持たないのである。抽象とは外観に表れたかたちの抽出ではなく、この具体性にもとづいた認識であり、判断である。
引用:岡﨑乾二郎『抽象の力』(論文)

「具体性に基づいた認識」に相当するのはもちろん波に乗るという具体的な行為に基づいた認識であり、コンクリートでできたRだが波のように乗ることができるという判断のことだ。

いいかえれば見える姿としては代表し表現することのできない、はるかに広い潜在的な領域こそが実在する。その実在はいかに把握されうるか。その能力が象徴あるいは抽象に託されている。
引用:岡﨑乾二郎『抽象の力』(論文)

キドニー型プールを特徴づけるRはもともとカリフォルニアの温暖な気候をイメージさせる「装飾」としてデザインされた。そのプールは抽象化されたことにより泳ぐための施設という与えられた意味をまとったままの姿から「波」に生まれ変わったが、それはプールの部分であるRがそうさせたのだ。見たままの姿のプールがもつことのできる意味というのは限定されたものであり、その限定する枠を取り払い潜在的な領域を浮かび上がらせる力が抽象に託されているが、その潜在的な領域は視覚に頼っているあいだは浮かび上がることはない。ものを使うことにより手にする概念的イメージとものから与えられる作用により手にする最低限のイメージのふたつを手にしたとき初めてその領域を浮かび上がらせる準備が整う。

もともとキドニー型プールはジャン・アルプやジョアン・ミロなどの抽象芸術の要素を取り入れデザインされていることを考えると抽象化されることは必然であったのかもしれない。それはどのようなことか。

奇異に思われるかもしれないが、彼はそうした形を構成する仕方をまず学ぶこともせずに単純に対象の外形をまねて描くことなどはできはしない。さもなければ、「人物像の描き方」とか、「船の描き方」などのおびただしい本の需要などなかったろう。
引用:E.H.ゴンブリッチ『棒馬 あるいは芸術形式の根源についての考察』P24-25

幼児にペンを持たせたとき、初めはきちんと持つことができないからグーの形の手でつかみなぐり描きをする。だんだんとペンの握り方を覚え見たものを真似て描くことができるようになるが、写実的に描くまでにはいたらない。

いわゆるリアリズムとは、特定の文化の産物であり、子供がなぐり描きから図式、写実と発達するのは、外からの文化的介入なしにはありえないことであった。
引用:多木浩二『眼の隠喩』P74

人間は「形を構成する仕方」という描き方の基本を学ぶことで、対象を写実的に描く方法を手に入れる。それは見方を変えれば、このような描き方ならばあれを表しているだろうとおおよその見当がつくということであり、描かれたものが何を現しているか判断できるようになっていることを意味する。その点についてゴンブリッチは印象派のマネの『ロンシャンの競馬』を持ち出し

印象派風の風景の色斑のかたまりが「ぱっと生気を帯びて」何かに見えてくるとすれば、そう解するよりほかにないからである。これは、画家がわれわれのすぐにほのめかしを察知する力や、文脈を読み取ったりする力などを頼りにしていることを意味する。
引用:E.H.ゴンブリッチ『棒馬 あるいは芸術形式の根源についての考察』P28

われわれは画家に頼りにされるほどには意味を読み取ることに長けているようだ。このことは生物学的に備わった機能といってよいのかもしれない。鑑賞者の図像を読み取る力とマネの画力によりぼやけた色の斑は馬の姿を浮かび上がらせる。単純なものを他の何かに見せる抽象は「具体性にもとづいた認識」が可能にするが、はっきりと描かれていないものがなにを表しているのかを読み取るには、文化的介入により身に着けた遠近法という描写方法が必要になる。

トーマス・ドリバー・チャーチはジャン・アルプやジョアン・ミロなどの抽象芸術の要素を取り入れキドニー型プールをデザインしたが(国立新美術館で開催された『カリフォルニア・デザイン 1930-1965 -モダン・リヴィングの起源-』展の図録に上記の説明があったが、実際はキドニー型プールはアルヴァ・アアルトが初めて設計したものであり、アアルトはチャーチに自身が設計したプールを見せている)、そのプールはサーファーの視点と脚が生み出した最低限のイメージを備えた概念的イメージにより波に生まれ変わった。スケーターと抽象の関係はここがスタートであり、今後スケーターは都市の中で様々なものを抽象化しあらゆるものを利用するようになる。イアン・ボーデンのいう「与えられたものの意味を読み替える行為」を行うには対象を抽象化させることが必要であり、この能力を手に入れたスケーターがストリートに出たときがストリート・スケートの萌芽のタイミングだ。

一見結びつかないであろうふたつのものを抽象の力により結びつけるこの能力こそがスケートボードを発展させた最大のポイントだ。スケーターはプールの「部分」である「フチ」でトリックをする。このフチをリップと呼んでいるのだが、やがてそのリップを都市の中で発見し「カーブ(carve)」と呼ぶようになる。プールの「フチ」とベンチや花壇の「フチ」を抽象により結びつけたのだ。都市の中で生活するために必要な社会一般的な概念よりもスケートボードという遊びが重要になったため、スケートボードの概念により建築物はスケート・スポットとしての意味を浮かび上がらせた。

スケートボードの文化的影響が勝ったのだ。

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