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地元エッセイ(8)逃した初恋ツーチャンス


僕の初恋は二度ある。

 いや二度初恋となりそうだったことがある。

一回目

は小学校低学年の頃。入学前に転校してきた女の子だ。親が転勤族で、いろんなところを転々としているようだった。目が大きくて、髪が長い、田舎にはいないタイプのかわいい女の子。

 僕は当時いわゆる悪ガキだったので、二人では遊ばせてもらえなかった。みんなで遊ぶときも近寄らせてすらもらえなかった。

 この子になんとか気に入られたかった。けどこれは恋ではない。ただ悔しかったのだ。

 この子に気に入られようとするたびに、女子から妨害を受け、男子からは冷ややかな目で見られ、いじられる。ちなみに男子女子とは言っているが、同級生は僕含めて九人しかいない。

 そんなある日、彼女が一人で遊んでいるところを目にした僕は、近づいて一緒に遊ぼうと言った。後ろからなんとか阻止しようとする女子が迫ってきていた僕は「今日じゃなくて今度の土曜日とか! 〇〇の前で! 俺以外にもいるし!」と急いで伝えて逃げ帰った。

 運命の土曜日。彼女はやってきた。メンバーは僕を含めた悪ガキ三人組。彼女は多分女の子もいると思ったのだろう。緊張している様子だった。

 けれど遊んでみると、楽しそうだった。川遊びは水に浸かるくらいしか許されていなかった彼女にとって、石を飛んで川を渡ったり、深いところに潜ったりするのは新鮮だったらしい。普段女の子同士ではしないような数々の『ちょっと危ない、けど楽しい時間』はすぐに過ぎ去った。

 濡れて帰ったことで彼女の家族は驚いたそうだ。

 だが彼女は一人で遊んだと言ってくれたのか、僕たちが怒られることはなかった。

 それからというもの、彼女は僕達に近づいてきてくれるようになった。いわゆる普通に遊んでくれるようになったのだ。女子がやめときなと言っても誘ってくれる、それが本当にうれしかったのを覚えている。

 転勤族の彼女は三年生に上がる前に転校していった。

 それから交流はいっさいない。元気にしているだろうか。

 ちなみに中学生くらいまで他の同級生とは年賀状のやり取りがあったらしいが、僕の元に届いたことは一度もない。

二回目

は中学一年生。放送部で一緒になった先輩の女の子だ。

 小学校のときと同じく、いや小学校六年生のときにショックな出来事があったせいもあって、小学生のとき以上に面倒くさくなった僕。もちろん誰かに好かれることはなく、ひたすら嫌われ者、癇癪持ち、捻くれ者、危険人物とみなされていた。

 男子は面白がってくれたが、女子はまじで近づいてはくれなかった。僕が下敷きを拾ってあげたら、泣きながら目の前でたわしでゴシゴシ洗われたことがあるくらいには嫌われていた。

 元来の面倒臭さ+ショックでひん曲がってしまった+中学生特有の面倒臭さで、本当に面倒なやつだったと思う。

 学校を休むことも増えた。だから何か重要な決め事では必ず不人気のものが当てられた。

 放送部は面倒だった。昼食前、掃除の前、放課後のホームルームの前の三回も放送する。嫌だなぁと思いつつも、実は放送部に入っていた間は学校を休むことはなかった。理由は簡単、先輩に会えるからだ。

 先輩は髪が長くさらさらしていた。日によってポニーテールにしたり、おろしていたりと違っていた。赤縁メガネの奥から覗く猫目はするどく、大人な雰囲気を醸し出していた。その猫目が僕をみた瞬間にやわらかく解けてくれるのだ。

 それがうれしかった。

 大人で他人行儀な感じが一瞬でなくなって、僕が隣に座ると席を近づけて話しかけてくれる。

 先輩と僕は好きなものが同じだった。音楽、本、考えることも。あの頃は近いというだけで、同じだと捉えるところがあったと思う。違っているところは彼女に合わせたり、話を聞いてみたりするのも楽しかった。あまりに楽しすぎて放送を忘れて怒られたこともある。

 あとでゴメンネと書かれた一枚の付箋が靴箱の中に入れられていたのを見た瞬間に泣きそうになった。

 気持ち悪い言い方をすると、女子との会話に飢えていたのだと思う。いや、女子だけではない。男子からのいじめといじりの両方を孕んだ言葉も、教師からの面倒くさそうな対応も、親からの放任されている感覚も、全てが牙を向いているように感じていた当時の僕にとって、先輩とのあの五分にも満たない秘密の時間がどれだけ救いだったか。

 ちなみに先輩との初めての出会いは放送室ではない。音楽室だ。

 部活見学期間というものが入学して一ヶ月くらいある。僕はいのいちばんに音楽室に向かった。

 家族が音楽が好きで、実際に楽器を演奏していたこともあって、自分もできるようになれば家族が認めてくれると思ったのだ。しかし入った瞬間にトラウマが加速する。

 女の子が九割の音楽部は、男が二人しかいなかった。女性のキャッキャとしている感覚や、お願いだから入ってくれという先輩男子部員の懇願している様子に気圧されたのもあるが、女子が近くに、しかもこんなにたくさん! と頭はパニック状態だった。

 それは別に中学生特有のピンクなものではない。トラウマだ。

 誰が僕を嫌っていて、誰がなにを思っているのかわからない。それが恐ろしくて、一刻も早く抜け出したい。

 逃げるきっかけになったのが、先輩である。

「えっ! 男の子! やったぁ! ねぇ、ねぇこれ吹いてみてよ!」と先ほどまで吹いていたマウスピースを外して手渡してきたのだ。

 女の子が触れた、それも唇に触れたものを僕も唇に触れる、それを想像しただけで吐き気がした。

 僕は音楽室を飛び出し、結局仲の良い男子のいるバスケ部に入学した。

 放送室で二度目の出会いを果たしたとき、先輩は「あっ、あのときの! ごめんねぇ、ほんと。他の子からもせっかくの男子を逃した! って怒られちゃったよ」と笑っていた。

 あのとき音楽部に入らなかったことを後悔している。技術的にも人間的にも、恋愛的にもそれが一番早く深く成長できたのではないかと。そのせいで僕はそれから今まで本当にたくさんの失敗をしてきたようにならないのだ。

 先輩には放送部最後の日に、思いを伝えた。「返事は放送が終わった後ね」と言われてした放送は噛み噛みで、」最後まで放送慣れなかったね」と笑われた。

 結果はフラれた。少し前に彼氏が出来たのだという。

 先輩は先輩であるが故に僕より先に卒業してしまう。それから僕はまた学校を休むことが増えた。

 父親に蹴飛ばされ、「殺されるか、学校に行くかを選べ」と言われて、保健室登校をするようになった話はまたどこかで。

 僕が大学生の頃、先輩は結婚した。それまでは連絡があったのに、それからは全くない。番号を変えたのだろうか。元気で幸せでいてほしい。

ps

 もう気づいた方はいると思うが、僕の創作にはよく彼女が登場する。会話の端々にキャラの設定に。僕の記憶の中だけでなく、創作の中でも彼女との思い出は生き続けている。

 この二つの女子との思い出がどうして二度の初恋となるのか。それは僕が彼女らを好きだとは思わなかったからである。心が病んでいる時にさした希望の光に手を伸ばしていただけ。ただ、もっと話したい一緒にいたい気持ちを実現するために、足りない頭で考えた結果、恋人になることが一番彼女らと長い時間を過ごせると思っただけなのである。

 だからもしかしたら僕の初恋は三度目が真実だったのかもしれない。その話もまたどこかで。

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