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映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を観て ~ いいかげん「政治家向きな人」の概念をひっくり返したい件 ~

◇ 政治家向きな人 ◇

政治家に向いていない。

この一言が、彼の両親も含めた周囲の人々の小川淳也議員への評価である。
そしてこれこそが、本作『なぜ君は総理大臣になれないのか』というタイトルに対するアンサーなのだろう。

近年まれに見る、正義感あふれる真っ直ぐ過ぎる政治家。
この国を良くしたい、人の役に立ちたいという大欲(※本人弁)それのみで、人生のすべてを政治活動に費やしてきた男。
純粋過ぎて、正直過ぎて、良い人過ぎるから、政治家に向いていない。

なるほど。

がしかし、この理屈に(私も含めて)うっかり納得してしまう時点で、日本がどれ程おかしな国に成り果てているかがわかるというもの。

さてここで、この映画のメインとなる小川淳也衆議院議員の「選挙の成り行き」を時系列でざっくり紹介。

2003年
東大法学部卒後、総務省官僚を経て、民主党の推薦を受け香川1区から衆院選初出馬したが、自民党の平井卓也氏に負け落選。

2005年
再度香川1区から出馬し、またも平井卓也氏に負けて選挙区では落選するが、四国ブロック比例復活にて初当選。

2009年
平井氏に勝ち、選挙区での当選。

2012年→2014年→2017年
平井氏に負け、比例復活で当選。

2021年
おそらく香川1区にて、小川淳也VS平井卓也の闘いが見られるはず。

上記の経緯を見てもわかるように、彼の選挙活動を表すのにどうしても欠かせない人物がいる。
そう、平井卓也氏。
ちなみにこの人、現在の内閣のデジタル改革担当大臣でもある。

平井卓也議員とは、小川淳也議員にとってなかなか勝てない因縁の相手であり、彼が「政治家に向いていない」と評価される理由の一端をズバリ象徴するような国会議員でもある。

では、平井卓也氏とはどのような人物なのか。
ご存じの方も多いと思うが、実はけっこう要所要所で注目を集めてきた自民党の名物議員でもある。

取り急ぎ私の記憶に強く残っているのは、以下の三つ。

2013年
党首討論の際、ネットにて一般ユーザーを装い、安倍晋三元首相に対し「あべぴょん、がんばれ」とエールを、そして、社民党の福島瑞穂氏には「黙れ、ばばあ!」などと悪態を書き込むなどしていたことがバレる。
2020年
衆議院の内閣委員会の真っ最中に、所持していたタブレットで「ワニ動画」を視聴していたとして一躍有名になる。
2021年
健康管理アプリ開発の請負事業主であるNECに対し、事業費削減のために「脅しておいた方がいい」と発言していた事実が発覚。
その事実をもとに「恫喝大臣」などと呼ばれたりもする。

他にも、あれやこれや奔放にやらかしている人物ではあるが、それでもしっかり、今この時点でもデジタル改革担当大臣の座に収まっている。
よりによって、ある種、国の先端を担うポジションであるといってもいい「デジタル改革」の担当大臣に、である。

その他のプロフィ-ルとしては、父親が元労働大臣、母親が四国新聞社の社主、本人は元電通の社員というのがあったり、香川1区の有力建設会社(※暴力団とのつながりも噂される)からの政治献金を受け取っていたとされる疑惑があったり、あるいは、西日本放送、四国新聞の関連会社などに対して数年に渡り6千万を超す政治資金を支出していたという噂があったり…etc

ちなみに平井氏は、制作費1000万(国民から徴収した税金)を投じて以下のようなアプリも作っている。

あべぴょん

・・・。

まあ、いずれにしてもかなりアレなところのある議員だが、「地盤、看板、鞄」と呼ばれる三バンを見事に取り揃えたコンプリート世襲議員であることも間違いない。

いくら小川淳也議員が、真っ直ぐに、声高に、ド正論、ド正義を叫ぼうとも、何一つ後ろめたい行動なく清廉潔白を貫こうとも、どれほど壮大で多くの人々を救えるような立派なマニフェストを掲げようとも、職務中にワニ動画を堂々と視聴する平井卓也議員の方が強いのだ。
なぜなら、平井卓也議員は平井一族という強固な地盤に守られているから。

つまり、今の日本において「政治家に向いている」と言われるのは、平井卓也議員のようなポジションやメンタリティを持つ人間であり、その真逆にある小川淳也議員は「政治家に向いていない」と言われてしまうのである。

◇ 政治家は正義(きれいごと)を語るべき ◇

しかし、この国での政治家という職業の常識となっている「向いている」「向いていない」の基準をいいかげん根本からひっくり返していかなければ、もうこの国は持たないのではないかと私は最近、本気で思っている。

まずは、小川淳也議員のような人物こそが「政治家向き」と言われるような世の中にならなければいけない。

では、あえて三バンに対抗して小川議員が持っている「三」は何かと考えてみれば、あくまでも私の見解では「正義感、使命感、責任感」だろうと思う。
まあ仮に、たまたま出そろったのが頭文字「S」だったので「三エス」としよう。

この三エス、政治家には当たり前に必要ではないですか?

というより「正義感、使命感、責任感」のどれ一つ欠けてはならず、すべてが揃っていなければ政治家になる資格はないとも言える。
三エスが揃っていることは、あくまでも「政治家」という職業においては何も特別なことではなくて、むしろ基本の「キ」であることを当然の認識としていかなければならない。

小川淳也という政治家の何が正しいかって、「政治家」になりたくて政治家にになった人ではないというところ。
先に「人を救いたい」「良き国を作りたい」という志があって、その手段として議員という道を選ぶという、非常に筋の通ったルートを歩んでいる政治家の一人だと言って良いだろう。

「人を救いたい」とか「良き国を作りたい」なんて、あまりにベタなきれいごとに聞こえる人もいるかもしれない。
しかし私は、あくまでも政治家に限って言うならば、絶対に「きれいごと」を語るべきだと考える。
たとえ腹の中でどす黒い欲望を抱えていようとも、ひねくれた感情が頭をよぎろうとも、変質的な性癖を隠し持っていようとも、政治家になった限りは、それらを全部押し殺し、ひた隠しにして、とにかく全面的に正義を語り、積極的に人々の役に立つことを実行し、どこまでも善き人間を目指さなければならない。
その覚悟で、まっすぐにひた走れる善人(表向きだけでも)こそが「政治家に向いている」人間なのだと私は思う。

しかし、実際はそうでない政治家が山ほどいる。
特に今の与党には腐るほどいる。
いや、もうすでに腐っている。

映画内ではあまりフューチャーされていないが、小川淳也という国会議員に大きくスポットが当たったのは、安倍政権時代の厚労省の「不正統計問題」に関する国会質疑だった。

2019年2月、「アベノミクスの成功を示したいがために、意図的に統計方法を変えている」という点を小川氏が指摘したのである。

この質疑において小川議員は、安倍総理や麻生大臣、茂木大臣といった代表的な「誠実な答弁をしない面々」をガンガン追い込み、「より誠実でない答弁」を引き出すことに成功し、与党の不誠実さと姑息さをこれでもかと炙り出した。
さらに、自身が官僚出身ということもあり、「何が正しいかではなく、何が都合が良いか」で動かなければいけなくなっている若い官僚への思いも強く訴えた。
そんな人の心を揺さぶる名質疑ぶりに加え、彼のシュッとしたルックスも相まって「統計王子」などと呼ばれ、一躍注目の的になったことを覚えている人も少なくないはず。

小川淳也議員については、映画を観る以前から、国会質疑の姿勢に好感が持てる「推し」議員の一人だった。
焦点をきっちり絞りきった明解な問いかけ、歯切れ良い的確な言葉選び、怒り、悲しみ、感謝といった思いを情緒的に打ち出す豊かな表現力などは、国民の代弁者としてもっともふさわしい人に見えたし、ただひたすら共感しやすいことこの上ない。
このような点だけでも、間違いなく彼は「政治家に向いている」と言い切って良いのではないか。

まだ見たことがないという人には、とにかく一度、小川淳也議員の論理的で、勇ましくて、スマートで、ドラマティックな国会質疑の様子を見ていただきたい。
ごちゃごちゃ説明するより、百聞は一見にしかずである。
もう、ただただシンプルに、普通~に「ああ、これが本来の政治家のあるべき姿だよな」と多くの人が素直に納得するのではないかと。

何度も言うが、なぜこういう人 ↑↑ が「政治家に向いていない」ってことになってしまうのか、まずは何より、そこを強く問題視すべきだとあらためて思う次第で。

◇  あらゆる立場の人が「尊重」される世の中へ ◇

たとえ「51対49」の結果であっても、多数決である限り「勝ち」と「負け」は存在してしまう。
だから、自分が勝者側であっても、49の敗者は確実に存在するし、共存していかなければいけない。
そのことを意識して、常に両者の意見を尊重すべきだというのが小川淳也議員の政治家としてのポリシーだ。
だから、たとえヤジを飛ばされても、苦言を呈されても「ありがとうございます!」と律儀にお礼を言い、反対意見も低姿勢でしっかり聞く。
これは、れいわ新選組代表の山本太郎氏の街頭演説などでもよく見られる光景だが、やはりこれぞ集団の「代表」としてあるべき態度だと私はあらためて思った。

その一方で、安倍元首相。
街頭演説でちょっとヤジを飛ばされたくらいで「あんな人たちに負けるわけにはいかないのです!」とか言って、ヤジを飛ばした人間を指さし、警察に連行させるという光景をテレビで見たことがある。
自分に賛同してくれる人間だけを大事にし、反対する人間を徹底的に敵とみなして排除。
結果、人々を分断させ、身内の「絆」だけをより強固にする人々。
このようなメンタリティの政治家は、外交においても常に仮想敵国を作り、国同士の分断を煽る傾向にもある。
そんなやり方は、国防の点からいっても危険極まりないし、国内においても国籍による差別や分断を悪化させるばかり。
本当にろくなことがないのに、長年我が国の政権を担ってきた代表達は、現時点でもまだ同じようなことを繰り返している。

もういいかげん、
この国での「政治家に向いている人」という概念を、
真逆にひっくり返しましょうよ。

本作を観れば、きっと誰もが思うはず。
そして私も強く願う。

小川淳也議員のような政治家が、総理大臣になれる国になって欲しいと。

8月8日、獅子座の新月。
ライオンズゲートが大きく開くこの夜に。

2021年の衆院選も近い。

(END)

『なぜ君は総理大臣になれないのか』
2020年公開/119分/日本/ドキュメンタリー
監督:大島 新
出演:小川 淳也 

【参考動画】YOKO SUZUKI

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