山田と太一の物語 #03
ストレンジマン
俺は変顔マスター。エレベーターの中で変顔をしまくる。
誰かの背後で、終始変顔をしまくる。
でも、絶対にバレない。だって、マスクの下でやっているから。
日本人の特徴の一つとして捉えられる、あの、マスクの下で。
そんなマスクの下で、今日も俺は、変顔をする。
そんなマスクの下で、今日も俺は、極上の変顔を披露する。
それが俺の生きがい。
それが俺の生きてる証。
それが俺の生きてゆく糧。
ちなみにコートの下は裸です。
「よーしよくやったー!」
「ありがとうございますありがとうございますありがとうございます!とっても怖かったです!」
「ふぅ、何とか助かったな。まぁでも、あのまま思い出せなくてもエレベーターが進まない以外は特に何も害はなかったような気もするけどな。ハハハ」
そんなことを言いながら三人で笑っていると、何事もなかったかのようにエレベーターがまた動き出した。
「太一、次はどんなヤツがくるんだろうな?」
山田にそう言われ、俺はとてつもなく不安になった。現状、まだデブスアイドルの竜ちゃんの話しか思い出せていないのだ。早く他の物語を思い出さなければ、俺たちは一生この姿のままこの世界からは出られない。
みなさんお忘れかもしれないが、俺は毛むくじゃらのマッチョ、山田は人間のままで鼻だけ天狗、美歩ちゃんは安っぽい天使の羽が生えた安っぽい天使のコスプレみたいな格好をさせられているんだ。ずっとこのままなんてあんまりじゃないか。堪えられるはずがない。(まぁ美歩ちゃんに関してはこちら側としては全然オッケーなのだが……)
絶対に全ての物語を思い出し、この現状から抜け出してやる!俺は必死になって脳みそをフル回転させた。
「おっ、太一が本気出して何か考え始めたぞ。毛がユサユサしてらぁ」
「ホントだ!面白ーい!お好み焼きの上の鰹節みたいですね!」
「おっ、その例え良いねぇ!」
「あっ、ありがとうございます!」
「いやぁ~それにしてもコイツの毛をユサユサさせる癖は変わんないなぁ~昔からお好み焼きが食いたくなるから止めろって言ってんのに直んないんだからさぁ~」
シャキン!
「ごめんなさい」
あっという間に一階へと到着した。ここまで何事もなく到達できたのはありがたいことだが、結局、物語は何も思い出せなかった。
「ウィーン」
山田の口から発せられた音と共に、そのドアは軽快に開いた。何が待ち構えているのか分からないその恐怖から身構えた俺たちだったが、その先に広がっていたのは何の変哲もないただの学校の廊下だった。
「ん?何だここ?学校か?」
山田の「ハテナ」三段活用が炸裂する。
「そうみたいですね!何だか懐かしいですね!昔に戻ったみたいですね!」
続いて美歩ちゃんの「ですね」三段活用が炸裂する。実はこの子お笑いに向いているのではないだろうか?好きだ。
「確かになーそう言われれば……」
「えいっ!」
「キャー!」
俺の渾身の「なー」三段活用を遮るように、誰かが「えいっ!」と言い、美歩ちゃんが「キャー!」と言った。そして、何故か山田が鼻血を流していた。
「えっ、何が起きたんだ?」
俺にはさっぱり分からなかった。
「えいっ!」
「キャー!」
「あっ……」
俺は全てを把握した。鼻血を流しながら全てを承知した。そして、即座にある物語を鮮明に思い出した。
魔法使いH
僕は魔法が使える。だから僕の学校ではスカートがよくめくれる。でも僕が犯人だってことはバレない。何故なら僕は存在感が薄いから。
そう、所謂イケてないグループに属しているから。あの某バラエティ番組的に言うと、「中学の時イケてなかった芸人」完璧にそれである。
だから僕は毎日スカートをめくる。鼻血による貧血騒ぎが絶えなくてもめくる。めくってめくってめくりまくる。
しかし、最近つまらない。何故ならみんなが慣れてきてしまったから。めくられる方も、見る方も。
だから僕は、「秘技!パンツ下ろし!」という新必殺技を考えた。そして今日はその新技を披露する記念すべき日だ。
「キーンコーンカーンコーン……」
「よし、行くぞ……えいっ!」
「キャー!」
「よし!……えっ?」
「ぶらん……ぶらん……」
「キャー変態よー!」
何のことか分からず辺りを見回すと、何とそこにはあそこ丸出しできょろきょろとする挙動不審な僕が突っ立っていた。
「ち、違うんだ!これには訳が……」
「おーい早くしまえこの露出狂がぁ~ハッハッハァー!」
その日から僕のあだ名は「ろっしーくん」。一躍学校の有名人。
イケてないグループから脱したいと願い続けた僕に、神様は必死に応えようとしてくれたみたいだけど……何か違う!何か違いますよぉ!神様ぁ!
「……ちょっと思い出すのが早いぞ、太一。俺はもう少し楽しみたかった」
「あ……確かにそう言われれば……せっかくのパンチラだったのにな」
「ちょっと!何言ってるんですか二人とも!いいんですよこれで!さぁ、早く先に進みましょう!」
美歩ちゃんは少し膨れながら足早に先へと進んでいってしまった。
「怒ったところも可愛いな」
そう小さく呟いた後、「えいっ!」と言ってみたが、俺が期待したことは何も起こらなかった。
「さぁさぁ次は何だぁー?何でもかかってこーい!」
山田が無邪気な声を上げる。お前は何もしてないだろうが!全く、いつでも能天気なヤツだ。好きだ。
「次はどこに行けばいいんでしょうね?」
美歩ちゃんが振り向きながら可愛い声をハッスル。好きだ。
「あっ、そういえばこんなん拾ったんだった」
山田が急にそんなことを言いながらポケットからメモ用紙のようなものを取り出した。
「おいおい何だよそれ!どこにあったんだ?」
俺は驚きと焦りの声を上げ、山田を問い質した。
「最初の部屋。ギャル達が消えた後、床に落っこちてた」
おいそれ絶対に重要なやーつ。
「早く言えよ!何で言わなかったんだよ!」
さすがにこの能天気さには俺も呆れた。
「ごめんよーまぁそんな怒んなよー俺昔から攻略本とか使わないタイプなんだよー」
「知らねぇよ!てかそのメモはどちらかというとアイテムだろ!まぁもういいよ。で、そこには何て書いてあるんだ?」
「んーとね、六階に行けば良い感じで色々分かるぜい!脱税!って書いてある」
「あーほらー遠回りしちゃったじゃんかー」
「あっ、でも六階には学校の階段からしか行けないから気を付けろい!おしろい!とも書いてあった」
「あっ……何かごめんな。結果的にこの道で合ってたんだな。うん、何かごめんな」
「まぁ、とりあえず階段を探そうぜ。ごちゃごちゃ言ってても何も始まらねぇ」
俺は自分の愚かさを恥じた。そして、心から山田と友達でよかったと思った。相方にして本当によかったと思った。
「あっ、階段が見えてきましたよ!」
美歩ちゃんが嬉しそうな声を上げた。気を利かせたのか、心なしかいつもよりワントーン明るい声色のような気がした。まぁいつもと言ってもさっき知り合ったばかりだけど。
「よーし、じゃあ六階までちゃちゃっと……」
「ドドドドド……」
山田がそう意気込もうとした瞬間、背後から物凄い足音が聞こえてきた。
「何ですかこれぇ?」
「うーんちょっとヤバそうだなぁ」
「だな。うん、まぁ、とりあえず六階まで……走れ!」
俺たちは必死になって走った。今までの人生の中で一番走った。何故だか階段は薄暗く気味が悪かったが、そんなことはもうどうでよくなるくらいに俺たちは一気に階段を駆け上がった。
しかし、「これなら楽勝で逃げ切れる」と心の綻びを見せてしまった瞬間、日頃の運動不足が祟ったのか、俺は五階の踊り場のところで豪快にコケてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
山田がすぐに俺の元へと駆け寄ってきてくれた。コイツは本当に良いヤツだ。俺は涙が溢れそうになった。
「怪我はないか?走れるか?」
「いや、ダメだ。箸を持つ方の足首を挫いたみたいだ」
「よし、それなら俺がおぶさってやる」
「いや逆逆!そこはおぶってやるだろうが!」
「おっ、良いツッコミ出たな」
「あ、ありがとう……い、いやそんなことよりも早く!足音がどんどん近付いてきてる!」
「よし、乗れ」
間に合わなかった。
「うわぁーきたぁーデブだぁーこれはあの話だぁー早くぅー早くしてくれぇー頼むぅー突進されたら終わりだぁー早くぅー早く助けてくれぇー!」
カリスマ
非人間的な建造物が二十四時間光続けるこの街で、世界中の黄色い声援を独り占めするある一人のデブスちゃんがいた。
「キャー!キャー!竜ちゃーん!」
俺は神崎竜兵、二十五歳。身長一六二センチ、体重一〇五キロ。丸顔で二重アゴの薄らハゲ。職業は、カリスマモデル。
二一九〇年、ブスがモテる時代。デブがもてはやされる時代。何年か前までは、スラッとした長身イケメンがもてはやされていたそうだが、今ではそれがまるっきり逆転している。
いつからそうなったかは分からないが、俺が生まれた時には既にそういう時代だった。
「お疲れ様でしたぁ」
「あぁ、お疲れ」
「今日も最高でした」
「そんなの分かり切ってるだろうが。ハハハハハ」
ドンッ
「うるせーデブ……」
……ん?ここはどこだ?
「邪魔だよデブ」
デブ?ありがとう。それは最高の褒め言葉だ。
「どうもありがとう」
「はぁ?何言ってんだデブ。頭おかしいんじゃねぇか?」
「いや、だって今デブって褒めてくれたじゃないですか」
「え?」
「おい、こいつ本当にヤバいぜ。さっさと行こう」
何故そんなことを言われなくてはならないのか、俺にはさっぱり分からなかった。しかし、あるワードが耳に飛び込んできた瞬間、その答えが自ずとハッキリした。
「お・も・て・な・し。おもてなし!」
「おもてなし!」
この言葉は確か二〇十三年に爆発的に流行った流行語だ。社会の授業で習い少しだけクラスで流行ったので覚えていた。
おーまいがっ!俺は二〇十三年にタイムスリップしてしまったのか!この時代はスラッとした長身イケメンがもてはやされ、デブでブサイクな俺みたいな奴が除け者にされる時代。
おーまいがっ!どーしよっ!なんか急に恥ずかしくなってきたっ!あーハゲてるしっ!最悪っ!うわー何かすんませんっ!うわっ、脇汗やばっ!くさっ!もーどうすればいーんだよー!助けてくれー!
「キャーキャー、竜ちゃーん」
えっ?
「かっくいー、デブー、くさーい」
戻ってる……いや、でも何か気持ち悪い。何でこんな俺がもてはやされてるんだろ。やだやだ恥ずかしい。やだやだ見ないで。うん、そうだ、もう引退しよ。
この日、神崎竜兵は緊急記者会見を開き電撃引退を発表。それを機に、デブスがもてはやされる時代が終わり、スラッとしたブサイク、例えるならば、あの某元祖キモカワ芸人コンビのようなタイプがもてはやされる時代が到来した。
「ふぅ、助かった……」
「いやぁ~お前の印象に残ってた話でよかったよ。じゃなかったら今頃押し潰されて灰汁塗れになってたところだ」
「あぁ、間一髪だったな」
「ったく疲れちまったぜぇ~なぁ美歩ちゃん?……あれ、美歩ちゃん?」
気付くと美歩ちゃんはどこにもいなかった。怖くて先に行ってしまったのだろうか?とりあえず俺たちは六階を目指して階段を上ることにした。
「ほら、おぶされよ」
山田が俺の足を気遣ってそう言ってくれたが、照れくさかった俺は、その好意をやんわりと断った。
「いいよ、恥ずかしいから。何とか歩けるし」
「そっか、ならいいけど」
何だか昔に戻ったような気がした。前にも一度こんなことがあったような気がする……あれは確か……一緒に山登りに行った時だ。その時も箸を持つ方の足首、いや、その時はお茶碗を持つ方の足首だったっけ……を挫いてしまった俺に山田は迷いなく優しく手を差し伸べてくれた。
思えばいつも山田は俺のことを気遣ってくれていた。そういう優しい一面も、俺がコイツをお笑いに誘った要因の一つだ。
「何か考えてんのか?毛がユサユサしてるぞ?」
「あっ、いや、何でもないんだ」
それに何より山田は面白い。能天気な性格、ワード選びのセンス、奇抜な発想力、全てにおいてコイツは芸人に向いている。
「美歩ちゃーん、どこだーい?」
当時、尖っていた俺が養成所を決める際、「有名なあのお笑いの養成所には入んないで五番目くらいの小さい養成所入ってそっから這い上がっていこうぜ!」とそんなダセェこと言った時も「おー面白そーじゃーん」と言って快く付いてきてくれた。俺はその時、ずっとコイツと一生一緒に生きていこうって決めたんだ。
「太一、ちょっとヤバい状況になってるぜ」
先に六階に辿り着いた山田が、珍しく深刻そうな声を発した。
「何だよ?どうしたんだよ?」
何とそこには見慣れた東京の街並が広がっていた。俺たちはいきなり外の世界に出てきてしまったのだ。目の前に国会議事堂があるということは、ここはおそらく永田町なのだろう。
「おいおいどういうことなんだよ太一!これも何かの物語か?」
俺の頭は混乱していた。
「さぁ?この場所だけじゃあ、何とも……えっ?」
俺の頭は更に混乱した。
「山田、あのピエロみたいなヤツ、何だ?」
そこには、全身にダイナマイトを巻き付けて今にもその導火線に着火しようとしている小汚いピエロのような格好をした男が佇んでいた。
「美歩ちゃん!?」
「いや違うだろ!どう見てもおじさんだろ!」
「違う違う!そのおじさんのちょっと横に美歩ちゃんが横たわってんだよ!」
「えっ?」
俺はピエロから視線を逸らし辺りを見渡した。すると、そのピエロから二メートルくらい離れたところに美歩ちゃんがぐったりと横たわっていた。
ジーザス!俺の視野はなんて狭いんだ!あのイタリアでも大活躍した元サッカー日本代表選手ばりの視野の広さがあったなら!今頃美歩ちゃんを救出……出来てないか。
「アイツ、美歩ちゃんを巻き込んで拡散自殺するつもりか?」
「早く助けに行こう!」
俺たちはすぐさま門の前に佇むピエロを止めようと全速力で走り出した。しかし、すぐに俺の箸を持つ方の足首に激痛が走った。
「山田、俺は箸を持つ方の足首がダメで全然走れない!後は頼む!」
「おう!任せとけ!」
そう言って山田は勢いよくそのピエロ目がけて走っていった。距離にして約百メートル。今日のアイツはよく走る。そうそう、そこでUターンを決めて……えっ?
「アイツ、火、つけやがった!」
山田が慌てて戻ってきた。用も済ませずトンボ返りをしてきた。
「マジか!?」
俺たちは慌てた。どうすればいい?どうすればいいんだ?俺たちは辛うじて逃げ切れるかもしれないが、美歩ちゃんは完全にアウトだ。どうすればいい?!どうすればいいんだー?!
「あっ、物語を思い出せばいいんだよ、太一」
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