見出し画像

ペリクレスの葬礼演説を古典ギリシア語で読んでみた【第14回】

民主政の父ペリクレスは、民主政の理想をどのように語ったのでしょうか。今回の長めの一文では、世界史上初めて現出した民主主義の理念の一部が力強く表現されています。衆院選の真っ只中、初心(?)に帰って、産声を上げたばかりの古代民主政に想いを馳せるのも良いかもしれません。
ちなみに、本記事の写真は民主政発祥の地プニュクスに建てられた演説台の遺構です。

ペリクレス葬礼演説解説の第1回目はこちら
ペリクレス葬礼演説解説の第13回目はこちら

原文(Thuc. 2.37)と翻訳:14文目

καὶ ὄνομα μὲν διὰ τὸ μὴ ἐς ὀλίγους ἀλλ᾽ ἐς πλείονας οἰκεῖν δημοκρατία κέκληται: μέτεστι δὲ κατὰ μὲν τοὺς νόμους πρὸς τὰ ἴδια διάφορα πᾶσι τὸ ἴσον, κατὰ δὲ τὴν ἀξίωσιν, ὡς ἕκαστος ἔν τῳ εὐδοκιμεῖ, οὐκ ἀπὸ μέρους τὸ πλέον ἐς τὰ κοινὰ ἢ ἀπ᾽ ἀρετῆς προτιμᾶται, οὐδ᾽ αὖ κατὰ πενίαν, ἔχων γέ τι ἀγαθὸν δρᾶσαι τὴν πόλιν, ἀξιώματος ἀφανείᾳ κεκώλυται. 

筆者翻訳
そして、少数の為ではなく、多数の為に統治するが故に、「民主政」という名で呼ばれている:というのは、一方では諸法に従って、個人個人の紛争に対しても万民に平等が共有されており、他方では需要に従って、各々何かに秀でている為、武徳の故よりも家柄の故に多く公務に選ばれることはなく、更には貧困にあっても、ポリスにおける善いことを多少なりとも行うことができるのならば、家柄の不足によって妨げられることも無かったのである。

解説:語彙

・καὶ:接続詞、「~そして」 
・ὄνομα:基本形は同じ、名詞・中性・単数・対格、副詞として扱う。「~という名で」
・μὲν:連続の小辞、μέτεστι δὲ...のδὲと対を成すが、対比というよりは文の連続性を表している。
・διὰ:前置詞、対格(τὸ...οἰκεῖν)を取り「~の故に」`
・τὸ:冠詞・中性・単数・対格、οἰκεῖνを名詞化している。
・μὴ:否定の小辞、ἐς ὀλίγουςを否定している。
・ἐς:前置詞、対格(ὀλίγους)を取り「~の為に」
・ὀλίγους:基本形はὀλίγος、形容詞・男性・複数・対格、名詞として扱う。「少数」
・ἀλλ᾽:接続詞、μὴと組み合わせ、英語における"not ~ but ~"のbutの部分。 
・ἐς:前置詞、対格(πλείονας)を取り「~の為に」
・πλείονας:基本形はπλείων、形容詞・男性・複数・対格、名詞として扱う。「多数」
・οἰκεῖν:基本形はοἰκέω、動詞・不定詞・現在形・能動態、「統治すること」
・δημοκρατία:基本形は同じ、名詞・女性・単数・主格、「民主政」
・κέκληται:基本形はκαλέω、動詞・完了形・中動態・3人称単数・直説法、「と呼ばれている」
・μέτεστι:基本形はμέτειμι、動詞・現在形・能動態・3人称単数・直説法、与格(πᾶσι)を取り「~に共有されている」
・δὲ:説明の小辞、「というのは」
・κατὰ:前置詞、対格(τοὺς νόμους)を取り「~に従って」
・μὲν:対比の小辞、κατὰ μὲν τοὺς νόμουςとκατὰ δὲ τὴν ἀξίωσινを対比させている。
・τοὺς:冠詞・男性・複数・対格、νόμουςと繋がる。
・νόμους:基本形はνόμος、名詞・男性・複数・対格、「諸法」
・πρὸς:前置詞、対格(τὰ ἴδια διάφορα)を取り「~に対して」
・τὰ:冠詞・中性・複数・対格、διάφοραと繋がる。
・ἴδια:基本形はἴδιος、形容詞・中性・複数・対格、「個人個人の」
・διάφορα:基本形はδιάφορον、名詞・中性・複数・対格、「紛争」
・πᾶσι:基本形はπᾶς、形容詞・男性・複数・与格、名詞として扱う。「全員に」(ここでは格好付けて「万民に」と訳した)
・τὸ:冠詞・中性・単数・主格、ἴσονと繋がり名詞化する。
・ἴσον:基本形はἴσος、形容詞・中性・単数・主格、冠詞により名詞化している。「平等」
・κατὰ:前置詞、対格(τὴν ἀξίωσιν)を取り「~に従って」
・δὲ:対比の小辞、κατὰ μὲν τοὺς νόμουςとκατὰ δὲ τὴν ἀξίωσινを対比させている。
・τὴν:冠詞・女性・単数・対格、ἀξίωσινと繋がる。
・ἀξίωσιν:基本形はἀξίωσις、名詞・女性・単数・対格、「需要」
・ὡς:接続詞、ἕκαστος ἔν τῳ εὐδοκιμεῖを節とし「~為」。ὡς ἕκαστος(各々自身)という熟語的な句を形成することもできるが、そうすると "ὡς ἕκαστος ἔν τῳ εὐδοκιμεῖ"と"οὐκ ἀπὸ μέρους~…"の2文を繋ぐ接続詞/小辞が見当たらなくなってしまうので、このὡςは接続詞的な用法だと解釈した。
・ἕκαστος:基本形は同じ、形容詞・男性・単数・主格、主語として扱う。冠詞抜きに名詞化しているか、あるいはπολίτης(市民)等の語が省略されているのかもしれない。「各々」
 ・ἔν:前置詞、与格(τῳ)を取り、εὐδοκιμεῖとセットで使うことで「(与格)に秀でている」
・τῳ:基本形はτις、不定代名詞・男性・単数・与格、「何か」※単数・与格の変化形はτινιだけではなくτῳも存在する。
・εὐδοκιμεῖ:基本形はεὐδοκιμέω、動詞・現在形・能動態・3人称単数・直説法、「秀でている」
・οὐκ:否定の小辞、προτιμᾶταιを否定している。
・ἀπὸ:前置詞、属格(μέρους)を取り「~の故に」
・μέρους:基本形はμέρος、名詞・中性・単数・属格、「家柄」
・τὸ:冠詞・中性・単数・主格、πλέονに繋がる。
・πλέον:基本形はπλείων、形容詞・比較級・中性・単数・主格、τὸを伴うが、副詞として扱う。「多く」
・ἐς:前置詞、対格(τὰ κοινὰ)を取り「~に」
・τὰ:冠詞・中性・複数・対格、κοινὰと繋がり名詞化している。
・κοινὰ:基本形はκοινός、形容詞・中性・複数・対格、名詞として扱う。「公務」
・ἢ:比較級、以下のἀπ᾽ ἀρετῆςをἀπὸ μέρουςと比較している。「~よりも」
・ἀπ᾽:前置詞、属格(ἀρετῆς)を取り「~の故に」
・ἀρετῆς:基本形はἀρετή、名詞・女性・単数・属格、「武徳」
・προτιμᾶται:基本形はπροτιμάω、動詞・現在形・受動態・3人称単数・直説法、「選ばれる」
・οὐδ᾽:否定の小辞
・αὖ:副詞、「更には」
・κατὰ:前置詞、対格(πενίαν)を取り「~にあっても」
・πενίαν:基本形はπενία、名詞・女性・単数・対格、「貧困」
・ἔχων:基本形はἔχω、動詞・分詞・現在形・能動態・男性・単数・主格、不定詞(δρᾶσαι)を取り「~できる」。ここでの分詞は条件的に取る。「~できるのならば」
・γέ:強調の小辞、「多少」
・τι:基本形はτις、不定代名詞・中性・単数・対格、「こと」
・ἀγαθὸν:基本形はἀγαθός、形容詞・中性・単数・対格、τιを修飾する。「善い」
・δρᾶσαι:基本形はδράω、動詞・不定詞・アオリスト形・能動態、「行う」
・τὴν:冠詞・女性・単数・対格、πόλινと繋がる。
・πόλιν:基本形はπόλις、名詞・女性・単数・対格、ἀγαθὸνという形容詞の範囲を限定している(限定の対格)。「ポリスにおける」。空間の対格として「ポリスで」とするのも有りかもしれない。
・ἀξιώματος:基本形はἀξίωμα、名詞・中性・単数・属格、「家柄の」
・ἀφανείᾳ:基本形はἀφάνεια、名詞・女性・単数・与格、「不足によって」
・κεκώλυται:基本形はκωλύω、動詞・完了形・受動態・3人称単数・直説法、「妨げられていた」

解説:構造

一文が非常に長く、ピリオドが恋しくなる文章ですが、大きく3つのセクションに分かれると思います。

①καὶ ὄνομα μὲν διὰ τὸ μὴ ἐς ὀλίγους ἀλλ᾽ ἐς πλείονας οἰκεῖν δημοκρατία κέκληται: 
②μέτεστι δὲ κατὰ μὲν τοὺς νόμους πρὸς τὰ ἴδια διάφορα πᾶσι τὸ ἴσον,
③κατὰ δὲ τὴν ἀξίωσιν, ὡς ἕκαστος ἔν τῳ εὐδοκιμεῖ, οὐκ ἀπὸ μέρους τὸ πλέον ἐς τὰ κοινὰ ἢ ἀπ᾽ ἀρετῆς προτιμᾶται, οὐδ᾽ αὖ κατὰ πενίαν, ἔχων γέ τι ἀγαθὸν δρᾶσαι τὴν πόλιν, ἀξιώματος ἀφανείᾳ κεκώλυται.

この3つは、それぞれ主語が異なっています。①はδημοκρατία、②はτὸ ἴσον、③はἕκαστοςですね。②と③はμὲνとδὲで対比もされており、②は平等、③は実力主義を説明しています。どちらも民主政の理想です。

③は特にボリュームたっぷりで、主文・従属節・副詞句が入り乱れているのでややこしいですが、大まかに書き出すと下記の構造になっています。主文①と副詞句①が繋がり、主文③と副詞句②と従属節①が繋がっています。

主文①ὡς ἕκαστος ἔν τῳ εὐδοκιμεῖ 
主文②οὐκ ἀπὸ μέρους τὸ πλέον ἐς τὰ κοινὰ ἢ ἀπ᾽ ἀρετῆς προτιμᾶται,
主文③οὐδ᾽ ... ἀξιώματος ἀφανείᾳ κεκώλυται.

副詞句①κατὰ δὲ τὴν ἀξίωσιν
副詞句②αὖ κατὰ πενίαν

従属節①ἔχων γέ τι ἀγαθὸν δρᾶσαι τὴν πόλιν

逐語訳

そして(καὶ)、少数(ὀλίγους)の為(ἐς)ではなく(μὴ...ἀλλ᾽)、多数(πλείονας)の為に(ἐς)統治する(τὸ...οἰκεῖν)が故に(διὰ)、「民主政(δημοκρατία)」という名で(ὄνομα)呼ばれている(κέκληται):というのは(μὲν...δὲ)、一方では(μὲν)諸法(τοὺς νόμους)に従って(κατὰ)、個人個人の(ἴδια)紛争(τὰ...διάφορα)に対しても(πρὸς)万民に(πᾶσι)平等が(τὸ ἴσον)共有されており(μέτεστι)、他方では(δὲ)需要(τὴν ἀξίωσιν)に従って(κατὰ)、各々(ἕκαστος)何か(τῳ)に(ἔν )秀でている(εὐδοκιμεῖ)為(ὡς)、武徳の(ἀρετῆς)故(ἀπ᾽)よりも(ἢ)家柄の(μέρους)故に(ἀπὸ)多く(τὸ πλέον)公務(τὰ κοινὰ)に(ἐς)選ばれる(προτιμᾶται)ことはなく(οὐκ)、更には(αὖ)貧困(πενίαν)にあっても(κατὰ)、ポリスにおける(τὴν πόλιν)善い(ἀγαθὸν)こと(τι)を多少なりとも(γέ)行うことが(δρᾶσαι)できるのならば(ἔχων)、家柄の(ἀξιώματος)不足によって(ἀφανείᾳ)妨げられる(κεκώλυται)ことも無かった(οὐδ᾽)のである。

※原文の出典:Thucydides. Historiae in two volumes. Oxford, Oxford University Press. 1942.


この記事が参加している募集

最近の学び

拙文をお読みいただきありがとうございます。もし宜しければ、サポート頂けると嬉しいです!Περιμένω για την στήριξή σας!