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目が光る

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連載小説です。(あらすじ)ある日、眩しくて目覚めた男。鏡を見ると、なんと目が電球になっていた。ある病気だと診断された男は専門家の女医を訪ね、同じ病気を持つものたちとともにその謎の… もっと読む
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目が光る(16)

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その瞬間、彼の頭に恐ろしい妄想が浮かんだ。もしかしすると、もう全員集まってグラウンドに行っているのかもしれない。そうなれば、遅刻した僕は......もう終わりだ。

全身から血の気が引いていく。急いでグラウンドに行こうと思っても、足が動かない。遅れて着いた時のヤツらの冷ややかな顔を想像すると、いっそ窓から飛び降りてしまいたいくらいだった。

彼はなんとか教室に入

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目が光る(15)

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「ハァ......ハァ......」

ようやく修行場の前に着いた彼は、膝に手を置いて休んでいた。少し走っただけなのに、息が上がってしまう。

こんなに体力がなかっただろうか。確かに、最近運動不足だったかもしれない。思えば、ベルトの上に乗る下腹が学生の頃より多い気がする。

「運動......しないとな......」

乱れた息を整え、彼は扉を開いた。修行場の奥

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目が光る(14)

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少年はしばらく口をあんぐりと開けたまま放心していたが、急に我に返ったようにかぶりを振って、勢いよくカーテンを閉めようとした。

「ちょ、ちょっと待ってくれないか」

思わず彼は声をかけた。そのあまりの怯えぶりに、何だか少し傷ついた気がしたのである。自分はそんなにも怖いだろうか。

少年はカーテンを引く手を途中で止めて、カーテンの端から恐る恐る顔を覗かせている。そ

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目が光る(13)

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目が覚めたのは、医務室だった。白い天井、白いカーテンに、白い掛け布団。白いシーツに、白い枕、そして、白い床。何もかもが不気味なくらいに色がないこの空間は、一瞬彼岸かと錯覚するほどだった。

身体を起こすと、まだ少しめまいが残っている。彼は目を瞑って頭を休ませようとしたが、意識を失った原因を思い出し、寸前でとどまった。

「慣れないものだ。暗闇が恋しいな。」

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目が光る(12)

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医務室から10分ほど歩いた所に、治療場はあった。

外側は白塗りのコンクリートに囲まれていて、中央の雛壇のような小階段を上がった先にある両開きの扉はあせた黄緑色をしており、ところどころメッキが剥げてさびた鉄が剥き出しになっている。どこか既視感のあるその外観は、まるで学校の講堂のようだった。

時計を見ると、13時を回っている。治療開始の時間はとっくに過ぎていた。

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目が光る(11)

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どうやら火はすぐ鎮火したようだった。

尻に火がついた人は何とか話すことはできるようで、その話ぶりから判断するに軽傷のようである。

むしろズボンが破けて、あらぬところが丸出しになっている方が問題だった。

一方、顔から火が出た少年はというと、それは重傷だった。まともに話すこともできない様子である。

しかし、周りは妙に安心しているように見えた。まだ火が消えただ

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目が光る(10)

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「まあいいわ、話してあげる。でもね、私にも段取りがあるのよ。実際に見てもらいながら説明するつもりだったんだから。だから、ここまで連れてきたのに。」

天宮は手持ち無沙汰の右手を揺らし、人差し指で机をトントンと叩いている。どうやら、自分の思うようにいかないことはとことん気に入らないようである。

そうして、天宮はたもとから扇子を取り出し、顔をあおぎながら、不満足そ

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目が光る⑼

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「さて、どこから話そうかしら。」

天宮は頬杖をついていた左手でコップを取ると、水を一口飲み、二回うなずいてから話しはじめた。

「そうね、とりあえず、ここのことから話そうか。まあ、薄々感じてるかもしれないけど、ここはね、治療院なの。慣用句病専門のね。立派でしょ?全国まわっても一つしかないのよー。だから、みんなここに来るわ。」

そういうことか。彼は納得した。ど

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目が光る⑻

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「ちょっと、遅いわよ。ほんと、この私を待たせるなんていい度胸してるじゃない。」

席に着くやいなや、小言が飛んでくる。天宮は腕を組んで、漫画のように頬を膨らませていた。

「すみません、お金を払わないとと思ったんですが、レジが見つからなくて。」

「まったく、真面目すぎるわよ。で?あの子何も言ってないでしょうね?」

天宮は拗ねた様子でそう尋ねた。その口振りには

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目が光る⑺

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食堂は思いの外賑わっていた。ざっと見ても、軽く50人はいそうだ。中は寺といった感はあまりなく、まるで高校の学食のようである。違うのは席が座敷であるということくらいだった。

「盛況ですね。こんなにいるとは思いませんでした。」

「あらそう?ここしかご飯食べるとこないしこんなもんじゃない。」

「あ、いえ、食堂にというより、この寺にというつもりでした。こちらの方々

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目が光る⑹

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それは寺院と言っても、街中で見るようなものとはまるで違っていた。

トンネルを出ると、すぐ目の前に15m幅の大路が広がっており、その大路を境にして左右にそれぞれ3つの伽藍が建っている。

大路の奥に見えるのが本尊である。本尊は真っ赤に塗装されており、どこか大陸の風を感じるつくりになっている。

幅は50mはあるだろうか。本尊は横に長く、高さも10mはあるようであ

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目が光る⑸

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医者が指示した場所は東北の山奥だった。

彼は速やかに病休の手続きをすませ、翌日には目的地に向けて車を走らせた。

高速を走りながら、彼は一抹の不安を抱えていた。果たして、本当に専門医などいるのだろうか。仮にそれが本当だとして、自分はたどり着けるのだろうか。

彼が不安に思うのも無理はなかった。

頼りは手元にある下手な手書きの地図と、紹介された専門医の名前だけ

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目が光る⑷

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「慣用句症候群?」

初めて聞く病名だった。彼が不思議そうな顔をしていると、医者はさっきとは人が変わったように落ち着いて話し始めた。

「ええ。慣用句症候群です。岡田さん、最近"目を光らせた"経験は?」

"目を光らせる"?どういう意味だっただろうか。確か、欠陥や不正がないかを注意深く監視するといったような意味だった気がする。それが何の関係があるというのだろう。

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目が光る⑶

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目が覚めると、白い天井が広がっていた。

「あ、岡田さん。気がつきましたか。」

看護婦の格好をした女性が話しかけてきた。看護婦?

寝かされた身体を起こし、首をぐるっと回す。見る限り、そこは病室だった。

「どうしてここに......俺はプレゼンをしていたはず......」

彼がぶつぶつ呟いていると、ベッドに取り付けられた簡易的なテーブルの上に食事のトレーを

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