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地域のつむぎ手の家づくり| 自分たちだからこそできる建物を 現状に甘んじることなく進化し続ける <vol.59/棲栖舎桂:三重県四日市市>

【連載について】“地域のつむぎ手の家づくり”って、なに?
家づくりをおこなう住宅会社には、全国一律で同じ住宅を建てる大規模な会社や、各地方でその土地の気候に合った住宅を建てる小規模な会社など、さまざまな種類のつくり手がいます。その中でも、その地域ならではの特色や、そこで暮らすおもしろい人々のことを知り尽くし、家をつくるだけでなく「人々をつなぎ、暮らしごと地域を豊かにする」取り組みもおこなう住宅会社がたくさん存在します。 この連載では、住宅業界のプロ向けメディアである新建ハウジングだからこそ知る「地域のつむぎ手」を担う住宅会社をピックアップ。地域での暮らしづくりの様子をそっと覗かせてもらい、風景写真とともにお届けします。



今回の<地域のつむぎ手>は・・・


「突拍子もない奇をてらったものをつくりたいわけではないが、どこにでもあるもの、いつも同じものではなく、一人ひとりのお施主さんに向き合いながら、自分たちだからこそできるきれいな建物をつくりたい」

三重県四日市市の設計事務所兼工務店・棲栖舎桂(せいせいしゃかつら)を率いる代表の桂山翔さんは、そう話します。美しい意匠と高い性能を兼ね備える家づくりが人気で、2024年までの着工枠が予約で埋まるほど。桂山さんは「いろいろとチャレンジすることが楽しい」と、現状に甘んじることなく、家づくりも経営も常に進化を目指します。

棲栖舎桂の代表・桂山翔さん

これまで棲栖舎桂では、許容応力度計算による等級3の耐震性能とHEAT20・G2レベルの断熱性能を標準的な仕様としてきましたが、住宅性能表示制度において断熱の上位等級6・7が新設されたことを受け、2023年からは「G3レベルを標準仕様にする」ことを掲げています。
同時に、環境に配慮した家づくりのニーズがさらに求められることを踏まえて、木質繊維の断熱材の標準化も実践していくそうです。桂山さんは「脱炭素社会の潮流を考慮し、可能な範囲で自然由来の素材を取り入れた家づくりにシフトしたい」と話します。

棲栖舎桂が設計・施工を手がけた住宅の事例。デザイン、性能、自然素材、ディテールの全てに妥協せずにこだわる


パッシブハウス認定を予定
無暖房に近い住宅めざす

そうして標準仕様をレベルアップしながら、ドイツ・パッシブハウス研究所が定める基準をクリアするパッシブハウスの認定(パッシブハウス・ジャパン)も積極的に取得していく考えです。桂山さんは「最近では、資産価値を保持したいので認定を取りたいという若いお施主さんもいる」と説明。今年、顧客の1棟で、来年は桂山さんの自邸でパッシブハウス認定を取得する計画です。

桂山さんは「ほとんど暖房を使わなくても日射だけで室温20℃を下回らないような性能の高い住宅を目指したい」と見据えます。これまでは床下エアコンで、高い躯体性能をベースに、あまり電気代がかからないため、施主に対して「24時間、つけっぱなしで大丈夫」というオペレーションをしてきました。しかし、昨今の電気代の高騰や脱炭素化の流れを踏まえ、よりパッシブな住宅のあり方を突き詰めたいと考えているそうです。

「1シーズンに雪が降るのが2~3回で日照にも恵まれる三重ならば(ほとんど暖房を使用しない家が)十分、可能ではないか」と桂山さん。ただ、桂山さんは「高性能を追求するからといって、例えば周囲の状況に応じて深い軒を出すなど、これまで積み上げてきたデザイン性を犠牲にするつもりはありません。顧客には美しい意匠も求められているので、そこは崩さない」ときっぱり。性能もデザインも妥協せずに取り組み、高いレベルで両立する考えです。


気密測定も基礎も自社で

桂山さんは、従来の業界の常識や固定観念に縛られることなく、柔軟な発想で「より良い家づくり」を追求しています。コロナ対策として展開された小規模事業者持続化補助金を活用して、自社で気密測定機を購入しました。桂山さん自ら現場で気密測定を行いながら、大工と話し合い、より高い性能を目指して、施工方法をブラッシュアップしています。

また、昨年から、事業再構築補助金を活用して、ベタ基礎と断熱型枠を一体打ちする基礎工事の内製化に取り組んでいます。桂山さんは「高性能住宅をつくるうえで基礎工事は非常に重要だが、地域に高いレベルの一体打ちができる基礎業者さんがあまりおらず、品質や工程が左右されてしまう状況にあった」と説明。再構築補助金により小型バックホウなどの建設機械や工具などを購入し、昨年は、社内の多能工職人が中心となり、桂山さんや設計スタッフ、大工の手によって1棟の断熱型枠一体打ち基礎工事を仕上げました。

「現場のファーストステップで、品質のベースとなる基礎工事を、工程も含めて社内の裁量でできるのは非常に大きい。内製化を標準化していきたい」(桂山さん)と意気込んでいます。

気密測定やベタ基礎と一体打ちの断熱型枠の内製化を進めるなど、従来のやり方に固執せず、品質の確保と効率性の両立を実現できる方法は積極的にトライしてみる


住宅の評判が“飛び火”
開業望む若手ドクターから依頼も

住宅に対する評判が、店舗や事務所など住宅以外の施設にも“飛び火”。「ありきたりではない建物にしたい」と望む歯科医院などを開業しようとする若いドクターから、医療機器のディーラーを通じて定期的に依頼が舞い込みます。

豊かな植栽や左官の外壁、無垢のフローリングや構造材のあらわし仕上げ、トリプルガラスの樹脂サッシに床下エアコンなど、デザインも性能も建材・素材も住宅のノウハウをそのまま展開。桂山さんは「全然、知らなかったが、鉄骨造のサイディング、床下のない土間打ちに塩ビの長尺シートといった僕らからすると味気ない施設が定番としてあるよう」とし、「そこに僕らが住宅の技術でつくる全く異なる建物は新鮮に映り、『独立して、これから自分でやっていこう』と意欲を燃やす若いお医者さんには響くようです。デザイン性だけでなく、高断熱・高気密の快適さは、スタッフさんも含めてめちゃくちゃ喜ばれます」と笑顔で話します。


ドクター絶賛の八角形の歯科医院
攻めたデザイン「楽しい」

初めて手がけた矯正歯科の木造平屋建て・延べ床面積40坪ほどの医院建築(四日市市内)では、限られた敷地の中に建てる施設に診察台をマックスの数で配置するため、プランを練りに練って、結果的に八角形の建物をつくりました。中央のレントゲンルームから放射状に診察台を配し、各診察台からはFIX窓の大開口を介して豊かな緑(植栽)を眺められるように。床はオークの無垢材を張り、天井は設けずに放射状に広がる登り梁や丸柱といった構造をあらわしにして開放感を持たせました。

デザイン性や快適な温熱環境、無垢の素材に加えて効率的な動線の機能性など若いドクターの施主から絶賛された矯正歯科医院の八角形の建物

この建物が、施主の医師や医療機器ディーラーらから「こんな快適な環境で電気代も安く、なおかつ効率的な作業動線の建物は見たことがない。このプランを全国の矯正歯科にそのままパッケージ化して売り込める」と絶賛されたそうです。この矯正歯科医院は独立志望の同業医師の視察も多く、その後、新たな施設の受注にもつながりました。

八角形の建物を見たドクターから依頼を受けた同業(矯正歯科)の医院施設

桂山さんは「ドクターからの要望もあり、住宅より“攻めた”デザインをやれるので楽しい。できれば2年に1棟ぐらいはチャレンジしたい。何よりも顧客がすごく喜んでくれるのがうれしい」と話します。住宅より少し大きめの規模の木造で、住宅の技術と職人によってつくることができる施設建築は「地域の工務店にとって今後、非常に有望な分野」(桂山さん)と見ています。


大工と“二人三脚”で現場管理

高いデザイン性や性能を特徴としながらも、「それは僕らの本質的な武器ではない」と桂山さんは言います。年齢が近く、桂山さんが社員と同様の信頼を寄せる2人の大工をはじめとする現場の職人たちこそが「他社が一朝一夕ではまねることのできない最大の武器」。棲栖舎桂には現場監督はおらず、それぞれの物件に2人の大工のどちらかと物件担当の設計者がタッグを組んで監督業務を担うのです。

同社は、大工に対して手間賃ではなく、現場ごとに一括で契約し、大工が材料の発注や電気、設備といった各業者の日程調整など大部分を手がけます。「家づくりへの想いを共有し、いつも同じ方向を向いている大工だからこそ、このやり方が効率的なだけでなく、良いものをつくることにもつながり、職方の所得増も実現できるんです」と桂山さんは話します。

桂山さんによれば、このスタイルが成立するのは、大工だけでなく電気や設備、板金など現場に入る職人たちも同じ世代で、志を共有できるから。「みんなで、しょっちゅう飲みに行って絆を深めています」と笑います。

大工や職人たちとBBQを楽しんだ後に撮影。左端が桂山さん。同年代のモチベーションの高い職人たちこそが棲栖舎桂の家づくりの最大の武器だ

現場では大工たち職人が顧客の対応をすることもあり、最近では大工が完成見学会などにも加わります。桂山さんは、大工たちのInstagram(インスタ)の投稿を積極的にシェアすることで、大工のブランディングも行っています。
最近、一番うれしかったことは、大工が見学会に来た人から、「わあ、大工の〇〇さんだ。インスタ、いつも見てます。うちも〇〇さんにやってほしいなあ」と声をかけられたことだそうです。

「僕らだけでなく、職人たち一人一人のキャラが認知され、ファンをつくり、その集団がワンチームで楽しそうに、全力で家づくりに取り組んだら、それって簡単には後追いできない最強のブランドじゃないですか」と桂山さん。そういったところには顧客だけでなく、良い職人や若い人たちも集まってくるはずです。

デザインも性能も、いずれはコモディティ化します。「これからの時代は、『何をつくるか』ではなく『誰がつくるか』が、より問われるはず」と桂山さんは話します。デザインも性能も高みを究めながら、携わる「人」こそが最大の武器となる―。桂山さんは、そんな工務店像を思い描きながら、これからも歩みを進めていきます。

スタッフらによる打ち合わせの様子。棲栖舎桂はこれからも既存の常識にとらわれることなく常に進化をし続けていく


文:新建ハウジング編集部


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