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【ショートショート】キス出来ないの

「今日はダメっ!」

 花の金曜日。同棲中の彼女に普段通りのスキンシップと言う名のキスをこのように拒否され、俺の心はシンプルに傷付いた。
 下心云々はそりゃあ、まあ、ある。花の金曜日だし。明日は休みだし。出かける予定もないし。少しくらい平日より夜更かししたって良いじゃないか。それに同棲していれば、今日の彼女が腹痛・頭痛を伴う月一のあれではない事も把握しているし。
 つまりどう足掻いてもシンプルに傷付く。えっ、悲しい。そりゃあ俺だって人間だし、彼女だって人間だ。「そう言う気分」になれない日があるのも当然だ。
 えっ、でもついさっきまで一緒に風呂に入ろうねって言ってたじゃん。

 と言う訳で彼女の拒否の真相が分からず、ぽかんと間抜け面を晒していた俺。そして彼女はそんな俺の間抜け面を見るや否や、はっとして眉を下げる。「違うの亮ちゃん!」と慌てる彼女。はわわとでも効果音を付けるのがぴったりな程慌てる彼女。
 正直可愛い。ちょっと傷付いたのもどうでもよくなってきたかも。そう思っている俺を他所に彼女は、「えっとね」とその小さな口をもごもごとさせながら真相を呟いた。

「……今日、お昼にかつ丼食べて……」

 今の俺は絶対に背景に宇宙が広がっているだろう。

 まずい。全く線が見えてこない。人間、何かしらの事の真相に耳を傾ける時、誰しもある程度は想像する単語と言うものがある。○○が原因だろうから恐らく○○は出てくるだろう。そんな想像単語が。
 だが今彼女は俺の想像を遥かに飛び越えた。想像の外過ぎる単語が彼女の口から飛び出し、再度間抜け面を晒してしまう。誰が恋人のキス拒否の真相に「かつ丼」なんて単語を予想するんだ。取り調べ中の刑事じゃあるまいし。待ってくれ。本当に点と点が線で繋がらない。
 しかし彼女はどこかばつが悪そうに、気恥ずかしそうに視線を右斜め下に逸らしている為、俺の背後の宇宙は見えていないようだ。もごもごと点が散りばめられていく。

「今日の朝、寝坊しちゃったじゃん?」
「うん」
「んで、朝ご飯食べれなくてお腹空いてたからね……かつ丼が来てすぐ、急いで食べようとして……その……口の中、やけどしちゃって……」

 だから今日はキス出来ないの。そう告げられて思わず天を仰いだ。何なんだ。ああ、言いたい事が山程ある。
 めっちゃ腹減ってんじゃん。急ぎ過ぎだろ。てかかつ丼とかすっげぇがっつりしたもん食ってんじゃん。そうだよな渚ってそう言うとこあるよな。
 ああ、山程あるんだが、今は上手く口から出せる気がしない。

 だって俺の彼女、可愛いが過ぎるだろ。


たまにはTLみたいなべったべたに甘いやつを書きたくなる。


下記に今まで書いた小説をまとめてますので、お暇な時にでも是非。

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