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【ムーンリバー杯】何万光年先の君の思考

 僕の彼女は屁理屈屋。何でもこねくり回して考えるのが大好きな、ちょっと変わった人。それでもってどんな事にも意欲的だ。気になる事は犯人を追い詰める刑事よろしく、とことん突き詰めたいらしい。
 しかも彼女の頭の中はまるで宇宙のように、知識の引き出しに際限がない。知恵熱だとか、キャパオーバーだとか。そう言うのとは無縁の彼女の脳みそを、少し羨ましく思う。

 そしてそんな彼女はぽつりと呟いた。それは土曜日の夕飯の事。

「ムーンリバーって一見ロマンチックだけど、冷静に考えたら太陽系がめちゃくちゃになってない?」

 ぽろっと、箸先から甘辛い大豆をひとつ落とした。
 「同僚が古い映画を見た」と言う会話をしていたはずだが、ぽんと彼女の言葉は何万光年か先へと飛躍した。彼女の言葉がこうして脈絡もなく飛び出すのはいつもの事だが、今回は油断していた為ダイレクトに驚いてしまった。ランチョンマットの上に落ちた大豆を三秒ルールで拾って口に放り込みつつ、彼女の思考に追いつこうと思考する。
 この瞬間、いつも僕は彼女を中心に回る月のようだ。

「ムーンリバーって、あれ?オードリーヘップバーンの映画の」
「そう。月の川って確かに綺麗だけど、川になるくらい月がたくさんあるって太陽系がめちゃくちゃになってるんじゃないかって思うの」
「太陽系……」
「だって川って事は少なくとも人間から見たら、天の川みたいになってるって事でしょ?そのくらいの量の月が地球の周りを回ってたら、地球に隕石とか降りまくるだろうし、そもそも月って恒星じゃないから天の川みたいになんて見えないだろうし」

 ひとつ、またひとつと大豆を箸でつまんでは口に放り込む彼女。もぐもぐと食べる口と、ぽこぽこと飛び出す言葉は止まる気配がない。どうやら彼女としては「ムーンリバー」と言う言葉の存在が現実的ではなくて気になるらしい。
 宇宙のように雄大な頭の中から引っ張り出される彼女の知識と、それに釣り合わない「月の川とかおかしいじゃん」と言う、月にも満たないあまりにも小さなお題。その不釣り合いさと、それを真剣に考える彼女がどうしたって面白くて。大豆を口に放り込みながら自然と頬が緩んだ。

 僕と彼女のこう言う部分は何万光年と離れていて、どうしたってお互いに違う惑星だけれど、やっぱりそれが良いと思う。

「じゃあスターリバーなら問題ないの?」
「ない。ただの銀河だもん」
「ムーンリバーは?」
「絶対におかしい。まず恒星になってから話してほしい」


素敵なお題を発見して、滑り込み参加……!
ムーンリバーって綺麗な言葉だが、月がいっぱいあったら結構怖いよね。


下記に今まで書いた小説をまとめてますので、お暇な時にでも是非。


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