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社会思想史③社会契約説を考えたホップズとロックたち〜政府はなぜ存在するのか〜

「社会契約」すなわち、「政府がなぜ存在するのか」という命題は、政治思想や国際政治思想の根本的な考え方として支えている。しかしながら、この命題は政治学や国際政治学に限らず、社会学、国際法学、経済学にも小さくない影響を与えており、思想を理解することは社会全体を理解することに等しいだろう。

〇背景

宗教戦争や政治的混乱を背景に、科学は大きな進歩を遂げた。例として、地動説を死後に発表した「コペルニクス的展開」で有名なコペルニクス、万有引力の法則を発表したニュートンなどがいる。

この頃に、「どのように解明するのか」というパターン(方法論)が2つにまとまっていった。
①フランシス・ベーコンを筆頭とする「イギリス経験主義」
②ルネ・デカルトを筆頭とする「大陸合理主義」

○フランシス・ベーコン

「現在の学問は、道徳や神学に集中しすぎて人々を縛り付けている。本来、科学技術は人間生活の向上のための手段として使わなければならないのに。」

「感じたことを確かめるために実験を繰り返し、フィードバックを得ることで仮説や理論をアップデートさせる方法を確立しなければならない。」

彼は、感じたことには4つのバイアス(偏見)が存在するという。
①感覚が曖昧だから起こるバイアス
②個性や外部からの刺激から起こるバイアス
③好ましくないコミュニケーションによって起こるバイアス
④学説や宗派の違いによって起こるバイアスだ。
これらのバイアスから我々は解放されなければならないと主張した。

○ルネ・デカルト

「感覚は曖昧だから信用ならん。人々に平等に与えられた理性を使って論理的に考える方が信用できる。論理的に全てを疑ってみた(「世の中は幻覚ではないか」とか)結果、「考える私」の存在だけはどうしても疑うことができないことがわかった。」

ベーコンとデカルトは自然科学における方法論の確立には成功したが、人文科学(社会科学」まで踏み込むことはなかった。

○フーゴー・グロティウス(「国際法の父」)

「もう、政治や宗教で殺しあう時代は過ぎ去った。今は商業や貿易で関わることで平和共存する時代となったのだ。」

「宗派の違いや考え方で争うのであれば、宗派が違っても考え方が違っても正しいと思う法律(自然法)を作ればいい。そんな古代からの考えを実現しよう。宗教が絡む以上、神でさえも否定することができない宇宙の法則のような法律を考えよう。

彼は、そんなことで、デカルトが提唱した大陸合理主義を採用し、理性的に考えて平和を実現しようとした。(人々が理性的であるという前提で)

彼は神ですら否定できない項目を挙げた。
①自分を守る力(自己保存)を使うことは正しいことだ。だが、自己防衛以外に人を傷つけることはいけない。
②自分を守るための物(財産)を持つことは正しい。だが、物を盗むことはいけない。
③同じく、一人ひとりの財産や生命を守っている政府は存在して善く、守るための戦争も正しい。
④持つことができる権利や政府の存在は人々が「同意」することによって正当化される。

⑤自己中心的な人が社会を統制することはあまりないのではないか。
⑥支配者に従うかどうかは個人の意思に任せる(自由にせよ)。

○社会契約説の始動

当時、社会に広く普及していたのが「王権神授説」である。これは、「現在の王様は神の子孫である。神が政治を支配していたのだから、神の子孫が政治支配をしても何らおかしいことではない」とし、君主制による国家と政府を正当化した。

しかし、ホップズやロックは「自由で平等な状態で生まれてきた人間が人工的に国家(政治社会)を作り出した。それまでは、自由で平等な人々がそれぞれ生活していた(「自然状態」)。」とし、君主制に針を突き立てた。

ホップズとロックが「人々がまとまって政府を設立する前の自然状態ではどうなるのか」について見解が異なるが、両者が共通しているのが、「人間には神からもらった『人間本性』(本能)がある」ということだ。「人間本性」が全て発揮される自然状態ではどんなことが起こるのかが違うのだ。

また、もう一つの共通点としては、自然状態では奪い合いが発生するため、人々が「社会契約」をすることで人為的に政府(「政治社会」)を作ったということだ。

○トマス・ホップズ

・人間本性
彼はデカルトの考え方を採用し、「人間は他の動物と同じ、運動する機械だ」と考えた。だが、人間の理性は他の動物と違って、感覚的な情報を抽象的な「言葉」「記憶」として溜め込み、考えたり想像したりすることで加工することができるという。また、動物は「生きるために考える」が、人間は「生きるため」から自由になり、どこまでも考え抜き、情報収集をすることができるという。

人間の感情についても、欲望感情から「善である」という概念を生み出す、嫌悪感情から「悪である」という概念を生み出す。つまり、人はそれが善だから望むのではなく、人が望むものが善と言われるのである。

おそらくこの思考を通じて、「人間は自己中心的である」ということを言いたかったのではないかと筆者(さっちょう)は推測する。

ホップズは、「悲しみ」の感情も「自分がもしかしたら被害を被るかもしれなかったから湧き出た感情」と言い換えている。すなわち、すべての感情は「自己の防衛(「自己保存」)」のためにあるもので、決して他者を思いやる気持ちではないと言ったのだ。

この「人間本質」(人は結局は自分のことしか考えられない)から自然状態を考えだしている。

・自然状態
人間の心身能力は生まれながらにして、平等である。だが、政府が設立される前の自然状態においては、平等な状態とならない。なぜなら、人々は自分勝手に「能力が平等だから希望も平等であるべきだ」と思い、「見栄を張りたい」「競争したい」「他人が信じられない」という感情が湧き上がる。

神ですら否定できない自然法として、他者を攻撃してでも成し遂げる自己防衛(「自己保存」)をする権利(「自然権」)があるが、人々はこれを使用し合ってしまう世界となる。そうすると、人々は殺し合い、貶し合う(「万人の万人に対する闘争」)状態となってしまう。

・政府の設立
では、「万人の万人に対する闘争」状態から抜け出すにはどうすれば良いのだろうか。

自然権(攻撃OKの自己防衛権)を捨てれば良いのか。いや無理だろう。なぜなら、絶対的な権力がない場所での口約束では、ネガティブな感情を抑えることができないからだ。つまり、「自然権の放棄」という法律を作ったところで、強制する権力(警察といった国家権力)がないため、無理だろう。

やっぱり、約束を破るメリットよりも約束を破るデメリットの方が大きいような制度を作る必要がある。それを人間の「理性」ではなく、「感情」によって達成するのだ。

「薬草を破るデメリットの方が大きいような制度」とはすなわち「絶対的な(何者にも犯すことができないもの。ホップズは「リバイアサン」という怪物に例えている。)主権国家の設立」である。(この時代の「主権」とは主に王様などを指す)

どうすれば「絶対的な」主権国家ができるのだろうか。

人々が「あの人に自然権をあげようじゃないか」と同意して、国を納めるリーダーに自然権を全て渡す。そうすることで「絶対的な」主権国家が誕生する。(リーダー候補者は蚊帳の外)

なお、ここでの注意点として、「国を納めるリーダーが人々から自然権を受け渡されて、何者にも犯すことができない『絶対的』な存在となった」ことに注目しよう。

この状態で、もし国王が怠慢だったら?自分の至福しか肥やさない人だったら?

普通は国王を引き摺り下ろすとか、民主主義だったら選挙でお灸を据えるとかができる。

しかし、ホップズの世界では、リーダーは「絶対的」である。つまり、引き摺り下ろす(革命を起こす)ことができないということだ。

また、彼が想像した国家とは「所有権の確定、国防、外交、司法、租税、貨幣、貿易、植民地経営」といった政治経済のあらゆることを支配する権力である。こんなものがおかしくなったら国民はひとたまりもないだろう。

○ジョン・ロック

・人間本性
人間は「感覚」を感じるのはもちろん、人間独特な「反省」も感じる。

この「反省」は「内部感覚」とも呼ばれ、「美しい」「趣がある」「こうするべきだ」と言った心の中から湧いてくる感覚である。

この「反省」はある働きをもつ。人間は善である「快楽」に走りそうになるのを「反省」の力で一時思考停止させ、じっくり考えさせる機能を持っている。

つまり、彼は「理性によって感情はなんとかできる」と言っているわけだ。

・自然権
彼は自然状態(政府が設立される前の状態)における人間には2つの権利があるという。
①「他人を傷つけないくらいの」自己保存の権利
②自然法(神すら否定できない法律)を人々に守らせるために加える制裁の権利(「処罰権」)

この自然権を持っている場合は、仲間の人が攻撃された場合でも自分が攻撃した人を制裁してよいことになる。現代的にいうと、集団的自衛権の容認である。もし、同盟国アメリカが攻撃を受けた場合、仲間である日本国はアメリカを攻撃した国を攻撃しても良いことになる。

ただ、何度も繰り返すが、ロックは理性を前提として権利を与えていることには注意が必要だ。

では、どこまでの範囲を「自己」として防衛することができるのか。
彼は「労働して獲得したもの全てを自己とする」とした。

ここでも「人は勤勉に労働し、正当性に獲得する」という理性が前提となっている。

しばしば、この点に注目し、「ロックは資本主義の制度を提唱したんだ」と言う人がいるが、それは正解ではない。

・自然状態

なぜなら、彼の言う「人々が所有しているもの」は「腐るもの」である。そのため、必然的に人々は腐らせてしまうなら生きるための必要最低限のものしか自分の手には持たないようにする。これでは、「お金を貯めて投資は消費をし、競争で奪い合う資本主義」にはなり得ない。

だが、所有するものが「腐らない」となると話は変わってくる。そう。貨幣の登場である。すると、人々は必要以上に貨幣を貯めようとし、人を騙す力のある人は弱者から貨幣を巻き上げ、格差が拡大していく。

ロックは、能力のある人が搾取することが日常化した状態を「戦争状態」とよび、その状態を克服するには理性によって「政治社会(国家)」を設立するしかいない

・政府の設立
ロックによれば、これまでリーダー(族長)は、戦争状態において他部族との戦争において握った軍事的な権力がそのまま平時にも残り続け、政治権力者となったとして、現実の国家体制が君主制である理由を説明している(「族長起源説」)。

では、なぜ族長が権力を持てるようになったのか。それは、支配される息子たちが「自由な同意」を族長(支配者)に与えたからだ。なぜ与えたのかというと、成員(息子たち)の所有権である生命・自由・財産を保護してもらうためだ。

ロックの社会契約において2つのプロセスが存在する。
①自由で平等な人々が政府を作り上げることに同意し合う。(「結合契約」)
②個人あるいは団体に自己保存権を貸してあげる(信託)。また、制裁権は完全に放棄する。(「支配服従契約」)

自然権を貸してもらった政府は国民と契約を結ぶ。そのため、政府が契約を破ったら、国民によって罵倒される。

政府においては、最も立法権がカースト上位である。なぜなら、国民から預かった自然権を法律として実現しなければならないからだ。

ここでの注目点は、個人あるいは団体に「自己保存権を貸してあげる」と言うことだ。つまり、自己保存権は本来は国民のものであり、所有権も国民にある。それを政府は「使わせてもらっている」のである。そのため、国民が「権利を返せ」と言われたら反論できない。
以下の場合で「権利を返せ」と言って革命を起こすことができる。
①君主(行政)が立法に横槍を入れた場合
②立法が国民を攻撃した場合
③君主(行政)が立法を乗っ取ろうとした場合


○まとめ


・フランシス・ベーコン
実験を重ねることで、理論や仮説をアップデートさせる科学的手法を編み出した。

・ルネ・デカルト
感覚を信じず、自分の思考で深く追い求めていくことで真理を見つける科学的手法を編み出した。

・フーゴー・グロティウス
「他者を傷つけない自己防衛力」と「奪ってきたわけではない自分を守る物の所有」を神ですら否定することができない法律として定めた。

・トマス・ホップズ
人間本質:自分のことしか考えられない。
自然状態:自分の感情に従ってしまい、「自分を防衛する」という口実で他者を傷つけてしまう状態が日常化する。
政府の設立:人々が自然権の譲渡を同意することで、何者にも犯すことができない絶対的な権力が誕生する。
注:政府を変えることはできない。

・ジョン・ロック
人間の本質:理性によって感情は抑えることができる。
自然状態:貨幣の登場で必要以上に資産をためたくなり、能力がある人が搾取するようになる。
政府の設立:人々が自然権を貸すことに同意し、自己保存の権利を貸し出し、制裁権を放棄する。
注:政府が国民との契約を破った場合は引き摺り下ろすことができる。

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参考文献
坂本達哉(2021)『社会思想の歴史』名古屋大学出版会

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