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青二才

 私という人間はたいそうな捻くれ者であるから、素直に憧憬を認められる人物はそういない。小さい頃よりおおよそのことならばなんでも半端に出来てしまって、苦手というものをそれほど強烈に知らないせいで、うら若い学生の時分などはまったく自身の及ばぬところにおいても誰かを素直に褒めるということが苦痛であった。褒めるということはすなわち、自身の負けを認めるということであり、それが出来んということはすなわち、途方もない物怪のような劣等感に苛まれている証左でもあって、今となってはこれほど醜いこともないと感じる次第であるが、兎角根がそういう小人物なのだから仕方ない。然しその私も思春期を脱すると、第三の目の開くが如く自身の意識に変革が訪れて、ただ文字を紡ぐことの一点を除けば、素直に他人を凄いと口にできるようになった。身近な人物においても、私にとっての文学と同じようなものを持つ者であれば、実績などなくとも、その努力、その作品、その能力を心内に嘘偽りなく凄いものだと思うようになったのである。ただその基準はいつでも、自分に出来るか否か、それのみにあって、自分にも出来そうなほどのものであれば途端に腹の底から羨望や嫉妬や、劣等感や自尊心が湧き上がって、そのどろどろとしたものに凄いのすの字から吸い込まれてゆく。そのため当然のことであるが、私と同じ土俵に立とうとする者を間違っても優れていると思うことはない。褒めようと思うことはない。思っているが口に出すのが悔しいのではない。思うことすら、私は許さぬ。こればかりは、胸の奥も腹の底も脳の味噌も許さぬ。私はいつでも、私の文学こそがこの世において最も偉大だと、そう思っていなければ生きていけない性分なのである。
 こうした朝顔の蔓より捻くれて伸びた性根のせいで、全面的に尊敬を感じるのは、皆とうの昔に墓に眠る者ばかりである。墓に眠っていることが、或いは時代を隔てる壁が、私の自尊心をまもる。醜い自尊心である。しかしその自尊心すら両手を合わせる、最も偉大なるは、むろん、川端康成大先生にある。川端先生に対する私の海のように果てしない情意の数々は、いずれ何処かに記すべきともう長いこと思っているが、その場はやはりここでない。割愛する。兎角、私という世界において、文学の頂点に静かにおわし、活字のなかに桃源郷を見出すはこの川端先生である。イエスよりも伊弉諾よりも釈迦よりも尊きはこの川端先生である。この次に名を上げるのはかれらに失礼であるとも思うが、志賀直哉に漱石、太宰も私の好くところである。特に太宰などは、同時代に生きていたらばかれの人間性や諸々が邪魔をして、作品など手に取らなかったであろうことは、羞恥の限りである。
 つまるところ、私という人間は醜い人間性を持っているから、手放しに誰かを尊敬するということは非常に珍しく、それも存命の人間にはただのひとりもそう思わずに生きていたということが伝われば良い。それさえ伝わっていれば、私の人生に現れた氏の存在がいかに特異で、いかに稀少であるかがよくわかるはずである。
 氏を初めて知ったのは、もう五、六年も前のことになる。然し、氏が私のなかに存在感を増し始めたのは、ここ二年ほどになろうか。
 氏は、音楽家である。氏は、詞をつくり、そこに音楽をのせる。氏は、著名ではない。この日本でも、少しの人間しか知らぬ。然し、氏は天才なのである。然しどうしようもなく、天才である。
 氏のつくる歌は、ほかの誰にも造ることのできないものである。私は文学以外の芸術はからっきしだめであるので、どこがどう素晴らしいとか、他と比べてここが優れているとか、そういう批評めいたことはとても出来ん。然し氏の才能の前には、そんな理屈など必要ないということもまた事実である。聞いたことのない旋律、常識を逸した言葉の羅列。聴覚から全身に伝わる、その感覚のみでもう、わかる。名状し難い、ただ途方もなく好きで、ただ途方もなく良いもの。それが氏の音楽である。
 私は、氏のようにその創作のあらゆるところを尊敬できる人間をほかに知らない。諸手をあげてそれを讃えられるほどに私のエモーションを突き動かすものはほかにない。私は、厄介な人間で、まったく自業自得ながら、そのせいで生きづらい目にあってきた。私のなかにある美しい花が咲こうとするたびに、醜い泥がそのすべてを枯らしてしまうのである。然しそのなかで、息も絶え絶えの毎日のなかで、氏という人間に出会えたこと、そして氏を好きだと思ったこと、それこそが私の中に咲いたはじめての花なのである。小さいながらも、たった一滴の醜さも知らない、美しい白い花なのである。それは私の一生の宝である。
 氏の名はあえて、伏せる。詮索の残滓すら、ここには残さないでおく。氏への尊敬は、あまりに純然でとても世に出せるものではない。まわりに伝わるのも、困る。ただ私は、この数年、幾度となく氏の歌に励まされ、鼓舞され、救われたということだけは、忘れぬように記しておきたいのである。この辛く苦しい青年期を支えたものが氏の創作物であるということを、生涯残しておきたいのである。そしていつか氏にほんとうに出会うことがあるならば、これを再び読み返し、そして捨ててしまいたいのである。
 いかん。ほんとうに出会えば、などと希望を書き記すのは、私という人間の醜い特徴のひとつであった。そんな浅ましい願いをあたかも叶うような口振で発するから、いつまでも、いつまでも泥のように醜いままなのだ。自身のこういった人間くさいところには辟易するばかりである。期待などただ自身を落胆させるための神の悪戯であることを、未だ理解しないのだから。ああ。いやだ、いやだ。透き通る水のような人間になりたい。
 然しそうなってしまえば、何が私の文学を担えるか。

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