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幸福の街

風薫る五月の末


私はある老婆の家を訪ねた


彼女は私にこんな話をした


知ってるかい


街は平和で


みんな幸せに暮らしてる


悲しみはなく


希望に溢れ


子ども達は慈しまれて育つ





友情





ないものはない


幸せの街


でも


知ってるかい


この街の片隅


商業ビルの地下室には


ある女の子が


閉じ込められてる


彼女は精神を病み


日々


罵倒され


傷付けられ


普段は無視されている


毎日


狂った頭で


悲しみ


嘆き


涙を流し


哀しい歌を唄っている




彼女のおかげで


この街の平和は


成り立っている


誰かひとり


彼女に優しい言葉をかけただけで


この街の平和は消え去る



この街の繁栄


子ども達の笑い声


人々の喜び


すべてが満たされた世界




それはみな


彼女の犠牲の上に


築かれたもの


やがて皆


そのことに気付くだろう



そしてそのとき


みんなはどうするんだろうね




私は老婆の


歯のない口から発せられる


しわがれた声を


黙って聞いていた


そして差し出されたコーヒーを


一口すすり


窓の外を見る


夜明けが迫り


また


歓声と熱気の充満する


一日が始まる


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