続・時代劇レヴュー⑩:風林火山(2007年)

タイトル:風林火山

放送時期:2007年1月~12月(全五十回)

放送局など:NHK

主演(役名):内野聖陽(山本勘助)

原作:井上靖

脚本:大森寿美男


NHKが放送する所謂「大河ドラマ」の第四十六作目で、井上靖の『風林火山』の数ある映像化作品の一つであり、かつ2020年5月現在最も新しい作品である。

この作品が放送された2007年が、井上靖の生誕百周年に当たることから『風林火山』が原作に選ばれたのであるが、小説の分量に比して放送が一年と言う長丁場であったため、大半は原作にはないエピソードであり、また作品の雰囲気もだいぶ原作とは異なるため、実質的にはほぼ大森寿美男のオリジナルストーリーと言って良いだろう(放送に合わせて、大森寿美男によるノベライズ版も出版されている)。

原作にないエピソードの中でも一際特徴的なのが、勘助が武田家に仕えるまでの話がやたらと長いことであり、原作にない勘助の前半生は出生伝承地に残る伝説を基に描かれている。

また、勘助のキャラクタも原作とはだいぶ異なり、特に前半はかなりアクティブで、主演の内野聖陽の年齢を考慮してか、設定年齢もこれまで映像化された諸作品よりも随分と若くなっている(従来の映像化作品では、勘助は作中では五十代~六十代の設定であることから、白髪混じりのかつらをかぶる事例が多かったが、本作品の勘助は終盤まで老人を思わせるヴィジュアルの描写はなかった)。

また一時期であるが、勘助が妻帯していたと言う設定であり、これが序盤の武田家仕官までの物語の重要な鍵となるが(勘助は妻を武田信虎に殺されたことになっており、それゆえに当初は勘助は武田家に恨みを持っている設定であった)、しかしながら結果としてそのせいで、中盤以降の見所の一つであるヒロイン・由布姫との関係がぼんやりとしたものになってしまった感は否めない。

どちらと言えば「主従関係」の要素が強くなり、原作や従来の映像化作品に見られた「純愛」要素はだいぶ薄められていて、その点も本作が井上靖の原作と銘打ちながら実質的には大森のオリジナルストーリーと感じる一因になっている(後は、由布姫役の柴本幸がどうしても歴代由布姫と比較すると見劣りして、感情移入出来ない所もある 笑)。

とは言え、それはそれで物語としては非情に面白く、とりわけ川中島の戦いに至るまでの信濃攻略の話にかなり時間を割いており、従来ドラマで描かれることの少ない天文年間の出来事にもスポットを当てた点は、個人的には見ごたえがあった(同じく戦国時代の武田氏を題材にした1988年の大河ドラマ「武田信玄」では、信濃攻略の話があっさりしていて所々で端折ったエピソードがあっただけに余計にそう感じたのかも知れない)。

一方で、後半がやや駆け足になってしまった印象もあり、特に史実の「山本菅助」の「見せ場」であるはずの、第三回目の川中島の戦いはほとんどカットされたのは残念であった(大森の脚本、と言うかNHKの方針なのか、原作にあった史実との相違はほぼ全て改められていただけに、てっきり「山本菅助」の事績とされることも盛り込まれるのかと思っていたので)。

また、これも従来のドラマでは描かれることの少なかった花倉の乱や川越の夜討ちなどのエピソードに時間を割いており、人物の描き方にも新たな解釈が入っていて、例えば今川義元(演・谷原章介)は、お歯黒もおしろいも塗らずに武将としての猛々しい側面を強調して描かれており、多くの『風林火山』の映像化作品で由布姫との対比から権高い嫌な女性として描かれていた三条夫人(演・池脇千鶴)は、非情に善良で心優しい女性として描かれている。

信濃攻略ではマイナーな武将を数多く登場させたり、武田家の家臣団も小山田信有(演・田辺誠一)、駒井正武(演・高橋一生)など従来はあまり登場しなかった武将も登場させたり(ただ、主要武将のうち何故か内藤昌秀は登場しない)、また必要以上に創作した女性人物を登場させなかった点も良かったように思う。

副主人公とも言うべき武田信玄役は、二代目市川亀治郎(現・四代目市川猿之助)が演じ、好青年から腹黒い策略家まで場面によって様々に変わる多面的な信玄を好演しており、これ以降彼がテレビドラマやバラエティ番組などに多く出演するきっかけとなった。

桶狭間の戦いを勘助の謀略としたりするなど、所々でやや強引な解釈が見られたり、千葉真一演じる板垣信方の戦死のシーンがやや過剰な演出であったり、(演じたGacktのキャラクタに合わせたのか)上杉謙信が変に神がかったキャラクタになり、出で立ちもおかしな感じ(何故か作中の謙信は烏帽子もかぶらず髷も結わずにずっと総髪で、甲冑も一人だけ西洋の鎧のようなデザインであった)であるなど細かい不満はあったが、全体的は面白く、2000年以降の大河ドラマの中ではトップクラスに良質な作品と言えよう。

なお、まったくの余談であるが、本作放送直前の2007年1月にテレビ朝日が正月の時代劇スペシャルで同じ井上靖原作の「風林火山」(山本勘助役は北大路欣也、武田信玄役は松岡昌宏)を放送すると言うちょっとした珍しい「フライング」(もちろん、テレビ朝日が意図的にNHKとネタをかぶせたわけではないが)があった(同作は二時間強と放送時間が短めだったこともあって、原作のあらすじをさらっとなぞっただけのかなり物足りない作品だったので、特に回を割いてのレヴューはしない)。


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