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マークの大冒険 フランス革命編 | もうひとつのフランス史 高潔な男の二つの顔


1793年、パリ______。


コンコルド広場では、今日も断頭台で公開処刑が行われていた。処刑の様子を見ようと民衆が集まっている。家族の処刑に嘆く者たち、政敵の粛清に歓喜の声を上げる者たち、人々の熱気につられて何となくやってきた者たち。様々な思いを内に秘めた人々が、広場にひしめき合っていた。そんな群衆をかき分け、マークが一人の男の前に現れた。

「来たな、王党派のマーク。たった一人か?」

男は、嘲笑うような表情でマークを一瞥した。

「ロベスピエール」

マークは、目の前に立つ男の名前を呟いた。その声には僅かな悲しみと苛立ちが混じっていた。

「ルイ・カペーとは親交があったようだが、ブルボン家の復活を目論んでいるのか?いずれにせよ、お前も断頭台に送ろう」

ルイ・カペー
王位を奪われた後のルイ16世の呼び名。ブルボン家がもともとはカペー家を支流とすることから、フランスの共和国化後はこの名で呼ばれるようになった。


「王党派にも、ブルボン家の復活にも興味はない。ただ、ボクはかつての友との約束を果たすだけだ」

「反逆分子は全て消す。明日の未来、フランス国民、そして共和国のために。そうだろう?」

ロベスピエールの問いかけに熱狂的な支持者たちが同意の声を勢い良く上げる。そして彼は、周囲の武装集団に目配せし、マークを襲うように指示した。瞬く間にマークの周囲は、武器を持った男たちに囲まれた。群衆の一部は、マークの様子を心配そうに見ている。「あれでは犬死にだ」、「愚かな青年よ」、「崇高な志に逆らった罰だ」など、様々な声が聞こえる。武装集団に取り囲まれ、絶体絶命の状況にもかかわらず、マークは臆さず表情をひとつも変えなかった。

「手加減しろよ」

マークがそう呟くと、周りの武装集団たちが突然吹き飛んだ。吹き飛ばされた者たちは皆、地面に倒れ込み気絶した。人々が見やると、マークの隣にはホルスが立っていた。ロベスピエールは僅かに驚いたが、すぐに余裕の表情に戻った。砂埃が消えると、マークがグラディウス、ホルスがケペシュを握っていたのが見えた。

「お前も変わってるな。ローマでは共和派に賛同していたのに、ここでは王党派の味方か」

ホルスは、マークの横でそう呟いた。

「自分でもつくづく変わってると思うさ」

マークは、そう言い返した。

「だが、キミを前にしてあの余裕の表情はおかしい。絶対に何かあるぞ」

「だろうな」

マークはロベスピエールの余裕の表情に強い違和感を抱いた。ロベスピエールはマークたちの武器を確認すると、すかさず腰にぶら下げたサーベルを抜いた。そして、また別の武装集団が彼に続くように整列する。両者は睨み合い、数秒の沈黙の後、飛び上がるように駆け出した。マークとロベスピエールたちの鋭い剣が今、お互いを貫こうと、ぶつかり合おうとしていた。

マクシミリアン・ロベスピエール
フランス革命指導者の一人。優秀な人物で、弁護士となった後、国民議会の代議士として頭角表し始めた。高潔、潔白、真っ直ぐな人物で、国民のための共和国を目指したが、次第に逆らう者は全て断頭台に送るテルル(恐怖政治)を実施する。このテルルという言葉は、現在のテロリズムの語源になっている。ロベスピエールは当初、死刑には反対の意見を持つ人物でその廃止を強く訴えていたが、いつの間にか気に食わぬものは手当たり次第、処刑を下す恐ろしい人物になっていた。
ギロチン
ギロチンの開発によって簡単に処刑が行えるようになったことも、ロベスピエールらによって魔女狩りのような処刑が繰り返された要因のひとつとして挙げられる。それまで処刑は複数存在していたが、どれも手間がかかるもので失敗も多かった。処刑人は失敗すれば不信感を買うことになったし、見物人に暴行されることもあった。斬首はとても難しい技で、プロの処刑人でも体調不良や気持ちの乱れで失敗することが多かった。加えて、処刑される側の協力も必要で、暴れられると後頭部などに刃が当って失敗した。斬首刑はもともと高貴な人物に行われるもので、それゆえにそうしたものは潔くその身を差し出すケースが多かった。斬首は剣に与える負担も多く、数回で刃こぼれした。それゆえ、次の者を処刑する際は研ぎ直す必要があった。フランスでは、斬首は人道的な処刑方法と考えられていた。それゆえ、全ての罪人にできるだけ苦しみを与えない斬首にするという道徳感からこのように定められた。だが、この決定に処刑人のサンソンたちは困惑した。というのも、斬首は前述したようにとても難しい処刑方法であるため、革命期に死刑判決を受けた帯びただしい数の人間を捌くのはあまりにも非現実的だったからである。そこで、ギロチンの開発に至った。ギロチンは医師ギヨタンを始め、処刑人サンソン、国王ルイ16世らによって勧められた。ルイ16世は人道的な処刑を望む国王であり、ギロチンの開発には好意的だった。ルイ16世はお忍びで開発の参加していたが、サンソンは給料未払の件でヴェルサイユ宮殿に直訴しに行った際、ルイ16世に一度会っていたので、すぐに目の前の人物が国王だと分かった。一方、国王の方は、サンソンを覚えていなかった。テュイルリー宮殿で行われたこのギロチン開発会議の際、ルイ16世は開発中のギロチンの図面を見て、人の首の形状は多様であるから、当初の三日月型の刃では上手くいかないことを見抜いた。そして、刃を斜めにしてはどうかと提案した。刃がなぜ斜めなのかというと、刃物というのは真っ直ぐな状態だと切れ味を発揮しないからである。その後、実験の結果、三人の遺骸で試したところ、斜めの刃で2回行って成功し、三日月型の刃は失敗する結果となった。ルイ16世の推測が見事に的中していたのである。暗君として歪曲された形で現在に伝えられている彼だが、実はどれだけ博識な国王だったかが分かる一面である。
断頭台
コンコルド広場に設けられたギロチンを設置したステージ。医師ギヨタンが開発したギロチンによって処刑が簡単に行えるようになったことも、ロベスぺエールが引き起こした惨事に関係している。それ以前は一人処刑するのに時間がかかったため、一日に処刑できる人数が限られていた。当初、ギロチンは被告に苦しみが伴いわないようにという人道的な思想から誕生した。ギヨタンを筆頭に、世襲の処刑人サンソン、そして国王ルイ16世らの下で開発が進められた。ルイ16世は教養が極めて高い知的な王で、初期のギロチンの刃が丸いことに目を付けた。これでは上手く機能しないと見抜き、刃を斜めにしてはどうかと提案した。ルイ16世の仮説通り、ギロチンの刃を斜めにすることで、斬首時の成功率が格段に上がった。
グラディウス
古代ローマの強力な中型剣。鉄と亜鉛を合金した鋼で、強靭な切れ味と耐久性を誇る。
ケペシュ
古代エジプトの鎌型の中型剣。 斧から発展した強力な武器。扱いが難しい上級者向けの剣のひとつ。
サーベル
ゲルマン人が考案したと考えられている長剣。16世紀のスイス軍が正式採用していた記録が残っている。その後、フランスのナポレオンの時代も変わらず使われ続けた強力な剣。



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1793年、ヴェルサイユ_______。


「それで、あの後、黄金の果実はどうなったんだ?」

ヴェルサイユ宮殿の地下室から出たホルスがマークに問う。青いファイアンスの器ウジャトに閉じ込められたホルスは、マークの周囲を舞いながら言う。広い青空から注がれる強い日差しにマークは少し目を細めながら答えた。

「果実は、ローマでのあの戦いの後、世界のどこかに吹き飛んで行方不明となった。だが、どうやらその後、ロベスピエールのもとに渡っているようだ。詳しいルートは分からない。彼が所持しているという事実だけがある。しかし、よりにもよって、一番所有してはならない人物の手に渡ってしまった。必ず彼を止めないと。大惨事になる」

ローマでのあの戦い
「マークの大冒険 古代ローマ編」で起こった戦い。共和政ローマのマケドニア属州フィリッピの荒野で行われた決戦で、当初はカエサル派と共和派の内戦だった。だが、マークがカッシウス及びブルートゥスを救うために参戦したことで、これを危惧した神々までが介入した。普段は温厚で滅多に人前に姿を表さないローマの女神ウェスタは、マークの計画を阻止するために立ち上がる。マークはアムラシュリング、ウジャト、黄金の果実など、持てる力の全てを発揮したが、ウェスタに敗北。戦いの動乱でマークが持つ秘宝は散り散りになり、その後時を経てアムラシュリングとウジャトはヴェルサイユ宮殿の地下室に封印され、黄金の果実はフランス革命の指導者ロベスピエールの元に渡った。


「どんな奴なんだ?」

「高潔、潔白。どんな汚れにも染まらない聖人君主だ」

「聖人君主?一見、何も問題は無さそうだが」

「いや、だからこそ恐ろしいんだ。彼は自分が正しいと思い込んで止まない。自分の正義こそが正しいと信じ切っている。正義の暴走ってやつさ。彼に決して悪意はない。私腹を肥やしているわけでもないことから、それがはっきりと分かる。だが、それほど怖いものはない。ああした高潔で真っ直ぐな人間は、暴走した時に大ごとになる。すなわち、誰の意見にも耳を傾けず、己の道を突き進む。それが本当に正しいことであれば良い方向に向かうが、もし間違っていたとしたら......?」

「まあ、すごく厄介な奴であることは分かった」

「ああ、とても厄介で手強い相手となる。そして、幾ら高潔なロベスピエールとは言え、己の理想のためなら果実の力に頼りかねない。彼も人間、自分の身に危機を感じたら、何を仕出かす分からない。ボクも頑なに果実の行使を否定していたが、結局、死の恐怖からその力に頼ってしまった。彼も身の危険を感じたら、果実をきっと行使する。いや、むしろ積極的に行使しているかもしれない。そして、自身の理想の世界のために、その力を使って歯向かう者は全て薙ぎ払うだろう」

「それで俺の力をまた必要としてるわけか」

「ああ、キミの力なしでは、きっと彼を止めることはできない」

「お前と一緒にいると、厄介事に尽きないな」

「すまない。本当に。ロベスピエールは、フランス革命の指導者だ。マラー、ダントン、ロベスピエール。この三人がフランス革命を先導した志士と言われている。ロベスピエールは、弁護士の家系でね。彼自身優秀で、父と同じく弁護士となった。貧しい者の弁護も公正に引き受け、お代を取らずに無償で奉仕することもあった。そんな彼を救世主として慕う人々も多い。だが、彼が今やっていることは、あまりに行き過ぎている。国王ルイ16世の処刑に加え、これから歯向かう者は全て処刑台に送るつもりだ。自分が信じる思想に反する者は全て排除する。それが彼だ。彼は必ずマリー=アントワネットにも死刑宣告をする。それも裁判が行われる前に既に許可証にサインをしてね。裁判の判決は、最初から結果が決まった実態がないものだ。形だけの裁判というやつさ。マリー=アントワネットを救出するためにも、裁判が決行される前にロベスピエールを止めないと。あの王妃の最もたる罪は、国民に対しての無関心だ。それは紛れもない事実だが、ルイからの頼みだ。彼女とその子どもたちは、タンプル塔から脱獄させる」

「王妃を助けて、男を潰すか。簡単に言うが、俺の力にも制限がある。協力はするが、上手く行くかは全てお前次第だ」

「ああ、分かってるさ。だが、絶対に成功させる。そもそも当初のフランス革命は、全員王党派だったんだ。皆が王と共に生き、王が民を導き救ってくれることを期待していた。それは、『国民、国王、国法』というスローガンからも分かる。これが『自由、平等、友愛』に変わり、そして、『自由か死』かという過激なものに発展した。いつの間にかこの身分闘争は、革命の指導者にとって邪魔な人間を排除する魔女狩りになっている。最悪なことに、果実がロベスピエールに渡ったことで、もっと大勢の人が血を流す危険性がある。何より、果実が彼の手に渡ってしまったのは、ボクの過ちでもある。この問題は、ボクが解決しないといけないんだ」



To Be Continued...



Shelk🦋


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