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neutral015 人狼が作りだす異邦人


 人狼ゲームという偽りの自分を作ることで割り当てられた役を遂行し、勝負を勝ちに導く遊びがトレンドで少し前に流行っていた。ドイツ発祥らしく西洋そのものの哲学、人間観、市民社会の深くまで踏み込んで表現していると云っても過言ではない注目すべきゲームだった。
 バリエーションも多く、人数によっても役職の種類が変動するゲームで、大元が押さえられていれば良いかと。
 先ずは市民(村人)と人狼(人間の姿の狼)との対抗戦であること。参加する人々はカードを一枚づつ引いて、自分の身分や役職を確認する。他のメンバーには見せない。朝を迎えるごとに人狼に襲撃された者が一人づつ減ってゆく。残った人数が同じならば人狼の勝ち。人狼は複数の場合は初めから互いに誰が人狼であるのか知っていること。共同作戦が取れるが言葉は交わせない。アイコンタクトでなんとかする。初期設定の時点で市民の方が人数が多い、けど互いに誰が市民かは分からない。夜中に人狼は仲間以外を襲撃し獲物にできる。ゲームからの追放である。追放されるとその後はゲームの見学者となる。チェスのように復帰は出来ないが自軍が勝利すれば美酒は味わえる。
「騎士」(狩人)という役職は夜中に一人だけ人狼の襲撃から守ることが出来る。外れれば無駄骨になる。人狼と市民を見分ける能力が必須だ。「霊媒師」は朝になって追放されたのが人狼だったかどうかゲームマスターから知ることが出来る。「占い師」は朝に一人を指し示し、その人物が人狼かどうか知ることが出来る。騎士と占い師は人狼の天敵でもあり狙われやすい。市民でありながら人狼に味方する「裏切り者」(狂人)という役回りもあって占い師も見破れないという実社会を反映しているのか、スパイ的な存在もいる。
 油断(ニュートラル)は命取りになる。
 昼、全員で話し合いが行われる。仲間どうしが分かっている人狼以外は疑心暗鬼の心理戦で会話が進行する。10分程度なので最初の話し合いでは挙動不審とか、いつもの癖と違うとか、日頃から雰囲気が人狼に似ているとか、話を避けているとか、逆に饒舌とか、普段の仕草との対比を見逃さないように慎重に進行する。時間切れで夜を迎えることがほとんどで、グレー(不明)の様相のまま、苦心して人狼が誰であるのか名指ししなければならない。全員が一人づつを選び、多数決で一人が追放される。市民であっても、役職を持っていても、人狼であっても。追放される人は自身が追放されるに値したかを分かっているのだが、他の人々はその人が市民か人狼か、追放されるのに相応しかったのかは、ゲームオーバーしないと分からない。ゲームの進行役はゲームマスターと呼ばれ、天の声を発し、全てを把握している。追放された人々は別室に集められ、不満タラタラと愚痴など話し合う。中継されたゲームでは生き残っているメンバーの身分・役職も全て別室からは見えてしまっている。追放されてもゲームの進行が楽しめるようになっている(アットホームなニュートラルな世界)。
 さてこのゲーム、欧米社会の成り立ちを良く表現しているところに見所がある。特に初手の追放劇に注目して欲しい。情報がまだほとんど出ていない1回目の話し合い、情報が少ししか得られないうちに追放する人を選ばねばならない。生贄、魔女狩り、犠牲者、とも云える最初の人、人狼の雰囲気があるとか、挙動がいつもと違うとか、適当な理由で名指しされるメンバーがゲームの初手には必ず出て、被害を被る可能性が大きいのだ。市民社会を守るには犠牲者は必要と心得なくてはならない。この感覚は日本にはほぼ見当たらないだろう。フィクションの世界では、違和感が勝って処刑されてしまう『異邦人』(カミュ)のムルソー。彼は欧米の市民社会の在り方の慣わしによって処刑されたと云っても良い。市民社会を守るにはシワ寄せ、不条理も必然的に出て来るということだ。異分子は常に危ない立場に立たされているといっても過言では無い。それは異分子だけではなく誰にでも不条理が降りかかってくる、社会存続の為には犠牲はつきもので、誰でもが犠牲者になりうるという、市民社会とはそういうものであり、そういうものとして生き残ってきた。『ペスト』(カミュ)では都市防衛自体が戒厳令下での戦いであった。アメリカのヒット映画「イージーライダー」もそうであった。世界的な状況として黄禍論もその流れで考えられるのかも知れない。
 第二次世界大戦開幕への過程に於いて大義には無い裏の思想としてアメリカの市民社会を守る目的で黄禍論は潜んでいたか……。市民社会を脅かす僅かな兆候、可能性や違和感のうちに早めに摘み取っておく、という。人狼ゲームは現実にも起こりうるし、事実日本からすれば起こったのだと感じても不思議ではない。
 ムルソーが処刑の前に感じた世界の「やさしい無関心」。裏を返せば「冷たい関心」の市民に歓迎される(やさしい関心。冷たい無関心。でないところに注目)。ムルソー自身、常々違和を感じて生きにくい人生だったろう。がしかし処刑によって初めて市民社会で自分は必要になり、処刑によって社会の健全化、存続に大いに役に立ったのだ。市民社会が人狼に勝利する為に。
(続く)
【追伸】
「グレラン」とはグレーのメンバーからランダムに選ぶゲーム初期の用語だ。グレーは「モラトリアム」であり「ニュートラル」の状態でもある。市民社会では不安定をもたらし、ゲームであるのにも関わらず深い教訓を含んでいる。欧米社会が「ニュートラル」を悲劇を生む時空であり、無かったことにしたい。無いように市民を誘導する社会であることも理解されるであろう。
 2024/04/07


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