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ウェブコミュニティの親近感を追憶する

この追憶に流れ沿うBGMに、私はUPLIFT SPICEの銀河赤道を選ぶだろう。



 私はカタギ氏の16タイプラボに所属させていただいている。存じない方へ16タイプの説明として、これは心理学ユング派に由来する者たちが人間の個性傾向を分類した、MBTIや16タイプパーソナリティといった類型論だ。精度は高いように見受けられるが、2023年に開催された心理学会大会の研究者らの考えとしては、まだ学会に挙がるほどの成果はないようだ。

 最近この16タイプラボであったことが起因して、ふと過去の暖かい想い出が蘇ったので記そうとおもう。


 中学一年生の頃、FPSゲームのバトルフィールド(以下BF)2が発売され楽しく遊んだことを覚えている。当時はパソコンの普及が各家庭1台が定着してきた頃で、私の家庭は看護婦の母が発表やらのためにノートパソコンを所持しており、兄が好奇心旺盛なことからデスクトップも兄弟3人分(お下がり含む)となかなか当時では先進的な家庭環境だった。小学2年生より3DアバターチャットやBF1942、アスガルド、Diablo2といったゲームを兄貴をとおして知り合った人たちと楽しみ、中学ではBF2にはまった。BF2では前作BF1942と異なり、司令官と分隊長や分隊員同士で音声通信が可能となり多くのプレイヤーが熱狂したゲームだ。決まった仲間と音声通信しながら作戦を立てることはクランなら当たり前だが、ゲーム内の音声通信システムが構築されたことで一期一会の分隊員同士で会話(もしくは傍聴)し、日常会話をしたり戦況について作戦や戦術を練ったりする楽しみができた。

 ほぼ社会人のみで構成される15人程度のBF2クランに入り、年齢を隠しながら世代を超えて10歳20歳上の人たちと毎週末ボイスチャットで話しながら楽しんだ。ムスリムの在日外国人や高校生、大学生も一名ずついた。年齢の話題となった際、私の年齢は伏せとおしたがその高校3年生の人からは大学生だと認識されて、クラン長も同じように言っていたが年齢を見抜かれていた気がする。クラン長、のぐりん氏は当時30歳過ぎで、今の私と同い年ぐらいになる。彼は結婚式場に務めており妻子持ちで子が幼年、人柄は誰に対しても明るく暖かさと寛容さがある逸材だ。楽しい月日が経つのは早いもので、彼に癌が発見され、連絡はちょくちょくしてくれていたが次第に顔を出すことが減り、声は明るく振舞っていたが彼が彼自身に対してなにか寂しい面を抱えていた。クラン長後任が選定され、それ以降、より出現頻度が減った。

 それに伴い段々とクランメンバーの出現頻度や他ゲームへの異動も相まって、またそのようなクランを築けたらいいなと自分のクランを立ち上げたが、ゲーマーのBF2ブームが冷めはじめ小規模止まりであのクランほどの愉しさはなく、兄貴とゲーム内容の面白さと分隊行動にのみ熱中した。後々思い返すとあのクランの愉しさは、クラン長をはじめとしたメンバーたちとゲームといった目的抜きでも楽しめる和気あいあいさがよかったのだろう。ただチーム戦で勝つための目的に人が集まった結果としてのクランではなく、その目的に達する過程やゲームの枠組みを越えた情緒に価値があった。

 のぐりん氏が一度だけ、クランでオフ会をしようと提案したことがあったが、オフ会を開催していたらもっと愉しかったに違いない。


 そんな暖みあるコミュニティに辿り着くことを切や祈る。





のぐりんさんへの感謝に添えて


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