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30分くらいで書いた短編小説「音楽の力」

「♪~、♪~~」

 少女の歌声がか細く響く。小さな公園には、少女の他に少年が三、四人。

「バーカ」
「何か言い返してみろよ」

 少年たちが笑うのに合わせ、ランドセルが揺れる。その声を掻き消すように、少女は徐々に声を張り上げていく。

「ネクラ」
「……ち、近寄んなよ、ショーガイがうつる」

 対照的に、少年たちは気勢を削がれたように徐々にトーンダウンしていく。

「……グズ」
「えっと、のろま……」
「……」

 そうしてついに、少年たちは完全に押し黙ってしまった。彼らは地面が盛り上がり、公園の他の場所よりも少し高い丘のようになっている場所に立つ、少女を仰ぎ見た。

「……んだよ、ノリ悪いやつ」

 少年の一人がそう吐き捨て、別の少年――年齢的に男の子と表現した方がいいのかもしれない――を面白くなさそうに睨みつけた。

「どうせ聞こえてないんだから、何言ったっていいだろ」

 男の子は耳に障害を持っていた。そのことは少年たちも、少女も気づいていた。男の子のランドセルには、耳に斜線が引かれたイラストと「耳が不自由です」という文字の書かれた黄色いバッチ、いわゆる難聴バッチが付けられていたから。男の子の親が、自分がそばにいられないとき、代わりに周囲の人に助けてもらえるように、と取り付けたのかもしれない。しかし幼く、残酷な少年たちにとって、それは何を言われても抵抗しない的のありかを示す目印でしかなかった。

「♪~~~」

 少年の言葉に、少女は返答せず歌い続けた。行こうぜ、誰かが言ったのを皮切りに、少年たちは一人、また一人と公園を後にする。残ったのは、少女と、男の子だけになった。

「♪、♪~」

 聞こえてないからといって、気づいてないからといって、他人の尊厳を、傷つけられずに生きる権利を、侵害してはならない。少女がそこまで明確に言語化できていたかは分からないが、とにかくそんなようなことを思った。だから、少女は歌った。どうせ聞こえない、と嘲る少年たちの目の前で、聞こえなくても、と。

「♪~♪~」

 今や観客は男の子一人、そして彼女の歌声が男の子の脳まで届くことはない。それでも、少女は歌い続けた。孤独な歌声。男の子はきっと、少女が歌っていることを知らない。彼の難聴がもし生まれつきのものであれば、そもそも「歌」がなんであるのかすら知らないだろう。それでも少女は、日が暮れるまで歌い続けた。

 この時、無音の中でずっと生きてきた男の子の世界に確かに「音楽」があったことは、彼だけが知る事実である……。

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