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哲学ファンタジー 大いなる夜の物語 謎その3

謎その3 物語るのは誰の声?

さて、今起きたことを、バスの中から見てみましょう。

一台のバスが走っています。一台のバスですが、どのバスでもありません。

運転手が一人乗っていますが、どの運転手でもありません。

〈どのバスでもない一台のバス〉を、〈どの運転手でもない一人の運転手〉が運転しています。

おや、石戸夕璃と草野春人の待つバス停が見えてきました。何やら熱心に話し込んでいますね。あの二人に気づかれると、〈どのバスでもない一台のバス〉は、〈あのバス〉へと変わります。

そうなる前に、私がちょっとした仕掛けをして、そうならないようにしましょう。つまり、〈どのバスでもない一台のバス〉が〈あのバス〉へと変わらないようにするのです。

そうです、あの二人に、〈どのバスでもない一台のバス〉に乗っていただくのです。

ところで、私のことを変に思っておられますか?無理もありません。この物語は、「僕」である草野春人の視点で、進んできたのですからね。

でも実は、私はその「僕」でもあるのです。私が、「僕」である草野春人になっていたからこそ、物語が草野春人の視点で進んでいたのです。ですから、あえて自己紹介をするなら、「私はこの物語のナレーターです」というふうになるでしょうか。

それどころか、もっとすごいことを教えてあげましょう。私は、あなたが今まで読んできた、すべての物語のナレーターをしてきたのです。あなたが子どもの頃、学校の教科書に載っている物語を読んでいたときにもです。あのとき、あなたの頭の中で響いていたナレーターの声、あれは私の声だったのです。

信じられませんか?でも、あのときの声と、今のこの声、同じ声でしょう?

だから、私の声は、あなたの声でもあります。そして、私が草野春人になっていたとき、あなたも草野春人になっていました。私がふたたび草野春人になれば、あなたもふたたび草野春人になって、この物語の世界を眺めることになるのです。

そう、私は僕で、私はあなたです。ですから、あえて自己紹介をするなら、「私は誰でもない私です」というふうになるでしょうか。

おや、石戸夕璃と草野春人が、〈どのバスでもない一台のバス〉に乗りこんできました。

さて、私はふたたび草野春人になることにしましょう。

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