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暗闇にさした光【5分で読める短編小説(ショートショート)】

一年ぶりに浴びた日の光は眩しくって痛かった。でも・・・あの日、止まってしまった僕の時計の針は、ゆっくりとまた動き出した。

高校を半年で中退した僕は、その日から「ひきこもり」になった。

原因はイジメでも成績不振でも失恋でもない。

誰ひとりとして知らない世界に、突然放り込まれたことで、精神が追い付かず、ある日の朝、なんの前触れもなく部屋から出られなくなってしまったのだ。

最初の数回は「具合が悪いから学校休む」と両親に言っていたが、何日も続くと、サボっていると勘違いされ、無理矢理手を引く両親とケンカになった。

しかし、一か月も経たないうちに父も母も諦めてくれ、朝の騒動はなくなったが、それと同時に会話も無くなってしまった。

そして、トイレとシャワー以外は部屋からも出ない生活がはじまった。

1日24時間、部屋のカーテンを閉めたまま、テレビをじっと見つめるだけの生活。

来る日も来る日も中学の時のジャージを着て、ただボーッとテレビを眺め、眠くなったら布団にくるまる。

曜日感覚などなく、今が何月なのか?何時なのか?それすら分からない状態が続いた。

食事は1日3回、母が部屋の前に置いといてくれる。しかし、一日中、部屋の隅っこでジッとしている生活、食欲など沸くはずもなく、1日1食しか口にしていない。

もちろん、こんな生活を自分で望んでいるわけではなく、将来の不安が頭をよぎる。

壁に掛かった高校の制服を見るたび、入学式の朝、家族三人で玄関をバックに記念撮影した日が蘇り、時計の針を戻したくなる。

高校生という人生で最も大事な時期、いわゆる「青春」をこんな暗い部屋で終わらせたいとは自分でも思っていない。

外に出たい。でも、その一歩が踏み出せないのだ。

そんなある日の夜、部屋のカーテンを10センチほど開け、ボーッと外を眺めていると、父が肩を落としながら帰宅してくるのが目に入った。

こんなに小さく覇気のない父の姿を初めて目にした。父にバレないよう部屋の明かりを消して、父の様子を伺う。

玄関前に来た父は、カバンからカギを取り出したまま立ち尽くしている。

そして、何かを吹っ切る様に頭を振り、両手で頬を三回叩くと、いつものように『ただいま~!』と大きな声で家に入ってきた。

僕は耳を澄ませていると、何事もなかったかのように「ノリは?なんか変わった様子はない?」と僕のことを母に聞く声が聞こえてきた。

きっと、仕事で辛いことがあったのだろう。しかし、これ以上、母の心配の事を増やしたくなかったのかもしれない。

何事も無かったかの様に振舞う父の気丈な様子に、僕は自分の中で何かがゆっくりと動き出す感覚を覚えた。


翌朝「いってきまーす」という父の声を聞いた僕は、カーテンと窓を開け、「いってらっしゃい」と声を掛けた。

その日、父は肩を落とすことも、玄関前で立ち止まることなく、いつものように「ただいまー」と大きな声で帰宅した。








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