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「私のこと、奥さんって呼ぶのやめてもらってもいいですか?」

 結婚指輪というものを買っていなかったが、私がプロポーズのときにもらった指輪と同じデザインをあなたもつければいいじゃんという話になり、新宿伊勢丹に買いに行くことになった。というのも、今月私に臨時収入があり(過去に作った本が重版した)今買わないとまとまったお金が今後いつ入るかわからないという、とても不安定な理由で本日買いに行くことになったのだ。相変わらずいつもギリギリを生きている。

 実は先週に下見をしていて、買う指輪の目星はつけていた。パートナーは肌の色的にゴールドが似合うのではということなったが、先週私たちの接客を担当した60代くらいの店員の発言をふっと思い出した。

 その60代の店員は、私とパートナーを見るなり私を「奥様」と呼んだ。ああまたこれか、嫌だなあと思いつつ、流し、愛想笑いをしたけれど、すごく苦しい気分だった。私はノンバイナリーだ。性別がない。だから特定の性別に指す名称が苦手だ。パートナーがわざわざ「今日は僕の指輪を“パートナー”が買ってくれるんですが……」と、我々をなんと呼ぶべきかきちんと誘導したのにもかかわらず、店員は私を何度も「奥様」と呼ぶ。そして、「今日は私が彼の指輪を購入する」と言っているのに、まるで指輪は男性が女性に贈るものと言わんばかりに「でも“奥様”にもこの金のリングも重ねづけしていただきたいわ〜」などと執拗に購入を勧めてくる。だからワイは奥様じゃねえんだって。

 他人の関係性を、勝手に決め込んで呼ぶのはとても乱暴なものだと身をもって感じる。これは自分に対しても自戒なのだが、なんと呼べばいい?と聞いて明確な答えが返ってこない限りは、相手の呼称(代名詞を含めて)を固定化するのはとても危険な行為だ。そもそも私は誰かの配偶者を「ご主人」とか「奥さん」と呼ぶことですらあまり好きではなく(日本語はこんなに美しい言語なのに、配偶者同士を第三者が対等に呼ぶ名称がない)相手が結婚してようがなんだろうが、できるだけ名前を聞いて名前で呼ぶようにしている。小さな抵抗だけど。

 その60代の店員はものすごく異性愛主義的な人のようで、伊勢丹に指輪を買いに来るのがまるで男と女のカップルしかいないような物言いも気になった。私たちはベタベタしていないのに、「ラブラブ熱々でいいわね〜」と無駄に盛り上げるような発言も心地良くはなかった。連れ合いは、男と女以外のパターンもあるのに、自分が異性愛の定型に無理やり当てはめられたようでなんだか身動きがとれなかった。その日は流したけれど、もやもやは残って、次買いに行く時どうしよう……と悩むようになった。

 そして、本日である。「今日はっきりあの店員に言う。今日も『奥様』と私のことを呼んでくるのであれば、嫌だと説明をしようと思う!」
 玄関で靴を履いているとき、私は急にそう決めた。

 さて、なんと言えば60代の人に伝わるだろうか。いきなり「ノンバイナリーなので、私のことを奥さんって呼ぶのやめてもらっていいですか?」と言っても、相手がノンバイナリーを知らない可能性はかなり高い。宇多田ヒカルって言ってみる? 60代のひとでも宇多田ヒカルは知っていてほしいけど。でも嫌なんだって言ったらきっと理由をずかずか聞かれるよね〜…。でも、ともかく、宝石店のひとに、あなたたちの顧客には、私みたいなトランスのノンバイナリーのにんげんもいるんだよ、ということも知ってほしいと思ったのだ。

 考えた結果、
・相手が「奥様」と言ってきたタイミングで、自分の言葉で「奥様って呼ばないでほしいです」と伝える。言ってこなかったら言わない。
・なぜ?と聞かれた場合、まずはトランスジェンダーだと言ったうえで、ノンバイナリーだと伝えてみる(トランスのほうが認知度が高いと推測)
・仮に攻撃的なことを言われたりめっちゃ傷ついちゃったとしたら、すぐ帰る(そして、欲しい指輪は別の店舗で買う)

 ということになった。私は喋るのが苦手なので、絞り出すようになってしまうが、とりあえず言えればよい。ということに決めた。

 先日ノンバイナリーのひとたちと会う機会があり、自分も含めて確かに存在しているという当たり前のことを実感した。毎月必ず自分は何者なのかと足元がぐらつく感覚に襲われていたけれど、「すでに存在している」という確証は何よりも私のお守りになった。だから、自分を自分のまま存在させるために、呼ばれたくない名称では呼ばれたくない。てゆうか、こんな高い買い物のときぐらい、嫌な思いはしたくない!

 別にそれが原因だとは思っていないけれど、私はヘアメイクやファッションが好きなので、その見た目が私を女性みたいに見せている?と一瞬血迷い、伊勢丹に行く途中にある眼鏡屋で1000円のメガネを買ってみた。
 これは過去、私が毎月自分迷子になるときPinterestで「ノンバイナリー」「queer」などと検索しまくり、ヒットした海外の写真のなかのクールな人がかけていたおしゃれなワイドメガネで、「あっこれってノンバイナリーっぽいかも!?」と勝手に思っていたものだ(※ノンバイナリーぽさみたいなものを決めつける意図はありません)

こういうめがねがかわいいと思っていたの(タトゥーもよい)

 そんなこんなで手に入れたアイテムを身につけいざ伊勢丹に乗り込んだら、あれ? あのひとがいない? あの人に会おうと思ってきたのに、面食らって拍子抜け。
 聞けば例の60代の店員はおやすみらしく(!)今日は変わりの者が対応します。と出てきたのが30代くらいの店員だったのだが、これがまあ驚きで、結論から言ってしまうけれど、私のことも、パートナーのことも一度も呼ばずに接客してきた! 一度たりとも!
 主語抜き言葉を駆使し、「奥さん」「ご主人」などと仰々しい名称を使わずとも丁寧な接客ができることをその30代の店員は実証したのだ。なんと。私は隠れてずっと興奮していた。例を言いたいのだけど、思い出せないくらい自然だった。
 「(明らかにパートナーのほうを見てだれに話しているかわかるように)●号の指輪のほうが指になじんでいると思いますよ」みたいなことも言ったと思うし、名字を聞かれたので、答えたら、その名前で私を呼んだ。そして、私たちが結婚しているのか、どういう関係なのか、などもなにも聞いてこなかった。

 というところでまた冒頭に戻るが、他人の関係性を勝手に決め込んで誰かを呼ぶのはとても乱暴だ、と知っている人であれば、今日一度きりしか会わない接客業であればなおさら、そういうものを気をつけてくれるのかもしれないなと思った。
 60代の店員には嫌な思いをさせられたけれど、30代の店員の人は、ひとを傷つけない原理を知っていてくれたのかなと思う。ならいいやと思えたし、「私のこと、奥さんって呼ぶのやめてもらってもいいですか?」と言うぞ!と意気込んできたぶん力が抜けた。結果、言わずに済んだけど。
 男女のカップル以外が存在することを、想像をしてくれる店員さんがが増えているのならうれしい。勝手な希望だけど、たしかな希望だとおもう。

 30代の店員さんはその後、めちゃくちゃすごいお話スキルで私たちを一度も「呼ばない」まま、私たちの関係性を一切決めつけず、私たちは無事指輪を購入し、結婚指輪なんですとも何も伝えなかった点も配慮してくれて「セレモニーですね!」と、ただ「ふたりにとって特別な買い物」だという一点だけを強調してくれて、気分よく高額な買い物を終えることができた。すごくない? 



今度一人暮らしするタイミングがあったら猫を飼いますね!!