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カズオ・イシグロを読む

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カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

一組の男女が真に愛し合っていること、あるいはそれを証明できることが、なんらかの権利や恩恵、救いを得るための条件である、ということ。

このモチーフは、イシグロの長編小説でたびたび用いられるものだ。

わたしが読んだ順で言えば、まず『クララとお日さま』(2021)。
AF(人工親友)のクララは、自分の主人である少女ジョジーを重い病から癒してほしいとお日さまに懸命に祈る。その際に、ジョジーがそのような

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カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

『わたしを離さないで』(原題:Never Let Me Go, 2005)を読んだのは初めてではない。
いつだったか正確には覚えていないが、かなり前に一度読んだことがある。
詳細な内容はほとんど忘れてしまっていたが、どういう人たちについての話であったかは、もちろん覚えていた。

今回、わたしはこの小説を、「初めて読むかのように」戦慄しつつ再読した(土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)。

主人公は、三

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カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロは比較的寡作な作家であり、長編小説に限定すれば発表されている作品は全部で八つである。
これまで、それらのうちの五つについて note に拙い感想を記してきた。残るのは次の三つだ(刊行年は邦訳)。

『わたしたちが孤児だったころ』(2001年)
『わたしを離さないで』(2006年)
『忘れられた巨人』(2015年)

今回は『わたしたちが孤児だったころ』について書いてみたい。

『わ

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カズオ・イシグロ『充たされざる者』

カズオ・イシグロ『充たされざる者』

カズオ・イシグロはすごい作家だ、とつくづく思う。
長編第四作『充たされざる者』(古賀林幸訳、原題:The Unconsoled)に度肝を抜かれた。

とにかく長い。文庫版で本文939ページ。
だが、度肝を抜かれたのは長さのせいばかりではない。
この長さをとおして描かれる時間の経過は実際には三昼夜ほどにすぎない。
極端なまでに遅延し、引き伸ばされつつも凝集された濃密な「時間」に度肝を抜かれたのだ。こ

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カズオ・イシグロ『浮世の画家』

カズオ・イシグロ『浮世の画家』

『浮世の画家』(原題 An Artist of the Floating World, 1986)は、不思議な小説である。

同作は、イシグロの長編デビュー作である『遠い山なみの光』(1982)と、ブッカー賞を受賞した作家にとって代表作である『日の名残り』(1989)との中間に位置する。
そう考えてみると、なるほど『浮世の画家』には、これら相前後する二つの作品との間で、それぞれ異なる共通点があるよ

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カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』

カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』

このところカズオ・イシグロにはまっている。

『日の名残り』、『夜想曲集』、『クララとお日さま』、『遠い山なみの光』を続けて読んだ。
これらのうち『夜想曲集』と『遠い山なみの光』は、それぞれ区内の別の図書館の文庫の棚に置かれていたものを、たまたま手に取ってそのまま借りてきたものだ。
ここでは『遠い山なみの光』について書いてみたい。

前回の記事で取り上げた『クララとお日さま』(2021)はイシグロ

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カズオ・イシグロ『クララとお日さま』

カズオ・イシグロ『クララとお日さま』

人工知能を搭載したロボットのクララの視点で語られる不思議な物語である。

女子AF(人工親友)として店に陳列されていたクララは、病弱な少女ジョジーに気に入られ、ジョジーの家に買われていく。そのときから、ジョジーに奉仕し、ジョジーを守ることがクララの使命になる。

この物語では、大事なこと、些細なことを含めて、多くのことが不明のまま残される。

・ジョジーはなんの病気なのか?

・その病気は「向上処

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カズオ・イシグロ『日の名残り』

カズオ・イシグロ『日の名残り』

この歳になって、またしても珠玉の小説に出会った。
カズオ・イシグロの『日の名残り』(土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)だ。
いかにも「いまさら」ではあるけれど……

『日の名残り』(原題:The Remains of the Day)は、ノーベル賞作家のイシグロの代表作であり、ブッカー賞を受賞した名作である。もちろん原作自体が素晴らしいことは疑いない。

しかし、翻訳で読んだ私にとって、『日の名残り

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