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ミャンマーで現在何が起きているのか?——基礎的なQ&A

ミャンマーで現在起こっている国軍によるクーデターについて、またミャンマー自体についての基本的な知識を得たかったので、新聞記事のデータベースなどを使い、一問一答形式でまとめてみました!

ミャンマーってそもそもどんな国?

東南アジアの西端に位置する国で、正式名称は「ミャンマー連邦共和国Republic of the Union of Myanmar」といいます。旧称は、1948年の独立から74年まで「ビルマ連邦」、74年から88年まで「ビルマ連邦社会主義共和国」でした。その後一度クーデターがあったのちに現在の名称になりました(1)。
日本の約1.8倍の大きさで、人口は推定5404万人ほど。農業では米、綿、サトウキビ、胡麻、タバコ、落花生などが有名。鉱工業では、かつては産油国としての地位を保っていましたが、戦後に西アジア、北アフリカの産油量が飛躍的に増加したことで、産油国として地位が極端に低下しました。サファイア、ルビー、ヒスイの採掘は昔から有名だそう。
公用語はビルマ語ですが、1948年まで英国の植民地だったことから、英語を話せる人も多いそうです。ただ、60年代以降は英語での教育が制限されたので、高齢者の方が流暢な英語を話す傾向があります(2)。

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ミャンマーが昔「ビルマ」と呼ばれたのはなぜ?

国名が変わったのは1989年のこと。ビルマもミャンマーも国名を示す言葉で、どちらかといえばビルマの方が口語的、ミャンマーの方が文語的です。
変更の理由について、当時の軍事政権は「『ビルマ』は特定の多数派民族を指す言葉であり、『ミャンマー』はすべての民族を指す言葉だから」と説明しています(3)。確かに、ミャンマーでいうビルマとは、人口のおよそ70%を占める「ビルマ人」のことで、政治、経済のあらゆる分野において大きな力を持っています。彼らは基本的に上座部仏教を厚く信仰していますが、他の少数民族にはキリスト教、ヒンドゥー教、イスラム教教徒、アニミズムの信奉者もおり、国民のあらゆる層を統合する力を仏教が持っているというわけではないそうです。
そういうわけでミャンマーという国名が現在は定着していますが、軍事政権が定めたものであることから、この名称を使うことは軍政を認めることになると考える人も多く、「ミャンマー」はすぐには定着しませんでした。今回のクーデターで拘束されたアウンサン・スーチー氏も、国家顧問に就任するまでは「ビルマ」という名称を使っていました。

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ミャンマー国軍はどうしてクーデターを起こすほどの力を持っているの?

軍事と政治が分離されていない状況があまりにも長らく続き、加えて、少数民族の数が多いことが理由です(4)。
ビルマ人の最後の王国「コンバウン朝」は1885年に滅ぼされ、翌86年にイギリスが支配するインドに併合という形で植民地化されました(5)。
ビルマ人の反イギリス運動は第一次世界大戦中に始まり、第二次大戦時には「ビルマ建国の父」といわれたアウンサン将軍が、41年に旧日本軍と結託してイギリス軍と戦い、勝利しました。なのですが、日本による占領に反対した人々は反ファシスト人民自由連盟を結成、反攻してきたイギリス・インド軍と協力して日本軍を撃退するなどしたため、ビルマは一枚岩ではありませんでした。
1948年に完全な独立を果たしたビルマでは、旧日本軍が作ったビルマ独立軍という組織が、一枚岩ではないビルマを統合する政治活動にも関係を持ち始めます。そうして軍事と政治が分離されていない状況が続いたため、国軍は現在も「軍事の専門家」としてだけでなく、国政に影響を与え、指導することまでが仕事の反中であると認識しているということです。「連邦」と言いつつ中央集権的な体制であるのはこのためでもあります(6)。

(※…「連邦」はふつう、政治的には地方に権力を移譲する分権型の政治体制であることが多いものです。そうでないケースもたくさんありますが。)

この傾向は民政移管が進むことで消失してしまってもおかしくなかったのですが、あまりに多くの内戦がミャンマーで続いているため、それが国軍が政治にかかわるお題目を与えてしまっています。ミャンマー国内には現在135の少数民族がおり、民族数の多さが、民族間の経済や権利の格差を生み、紛争に繋がっているようです。国軍には、そういう反乱勢力の一つ一つと戦いながらミャンマーを作ってきたという自負心があり、内戦を終わらせるのが自分たちの役割だと強く認識しているようです(7)。だから、国軍は現在でもクーデターを起こすほどの力を持っているのだと言えるでしょう。

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クーデターの直接の原因は?

昨年11月の選挙で国軍勢力の政党が大敗を喫したことから、国軍は選挙の有権者名簿に多数の不正があったと主張しましたが、その意見が受け入れられなかったのが直接の原因です(8)。国軍は総選挙の前から、スー・チー国家顧問率いる国民民主連盟(NLD)が指名した選管を批判しており、選挙後の検証を求める国軍の要求をNLDが否定しました。
このような書き方をすると、あたかもスー・チー氏率いるNLDが悪いかような印象を受けます。しかし、国軍の要求を受けて派遣された諸外国の第三者的な選挙監視団は、くだんの選挙を「おおむね自由で公正な選挙だった」と評価しています(9)。国軍は第三者による調査結果を完全に無視し、「NLDは不正を侵した」というレッテルを貼っているにすぎません。
そのため、ミャンマー国軍は監視団の「正当な選挙」というお墨付きを得た選挙を、カードとして切ることができませんでした。なので、国軍当局は「スー・チー氏は小型無線機を不法に輸入し、許可なく使用した」「大統領のウィン・ミン氏は、新型コロナウィルスの感染が広がる中、多数が参加する選挙活動を行ったことが災害管理に関する法律に違反した」という強引な理由で拘束するしかありませんでした。
スー・チー氏の拘束理由についてはよく分かりませんが、ミン氏の拘束理由はちゃんちゃらおかしいものだと思います。コロナ禍で多数が選挙活動を行ったと国軍は言いますが、既得権益を使って集票できる国軍がそれを主張するのはあまりにアンフェアであると言わざるを得ません。
また、現在の選挙制度は初めから国軍にとって有利なもので、憲法自体が国軍の政治関与を保障してしまっている状態です。2008年に当時の軍事政権が制定した憲法の最大の特徴に「国軍が同意しない限り、憲法の改正ができない」というものがあります。改正には国会の4分の3を超える賛成が必要ですが、憲法では4分の1が最初から軍人枠として定められているため、憲法改正のためには少なくとも1人以上の軍人の「造反」がなければ絶対に改正することができないのです(10)。軍人議員の判断は基本的に国軍の総意にゆだねられ、個別に賛否を示すことはできません。選挙制度と照らし合わせて考えると、ウィン・ミン氏の拘束理由はあまりにも不当であると言わざるを得ません。

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東南アジアのほかの国(ASEANなど)がだんまりなのはどうして?

一部の国では、クーデターへの非難が自国に跳ね返りかねないという事情があるためです。
例えば、タイでは2014年に軍事クーデターが起こって以降、軍主導の政権が続いているため、ミャンマーに干渉すれば自国の首を絞めかねないことへの警戒心が強いのです(11)。カンボジアのフン・セン首相も「国内問題にはコメントしない」と明言しています。30年以上もトップに君臨するセン氏は事実上の一党独裁体制を敷いており、今のミャンマーと同じく、欧米から批判されているようです。このような国では、軍によるクーデターを批判すれば、自国民からの反感を買い、デモが起こる可能性があるわけです。
中小国の共同体であるASEAN(東南アジア諸国連合)では、各国固有の問題に介入しないことで結束を図り、米中露などの大国と渡り合ってきました。政治体制や人種、宗教などもバラバラで、「国益重視で連携する習性が身についている」(ASEAN外交筋)そうです。

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クーデターを起こした国軍が持っているパイプや支援団体とは?

ハッキリいえば、現在のミャンマー国軍は中国との間につながりがあり、今回のクーデターでも国軍は事前に中国に打診していた可能性が高いとみられています。
また、これはミャンマーに限りませんが、ASEAN諸国は現在、新型コロナウイルスのワクチン供給でも基本的に中国頼みです(13)。経済的にも、中国は巨大経済圏構想「一帯一路」の一環で進める「中国ミャンマー経済回廊」開発の加速を図るなどしており、経済的にアメリカに依存し、通商路を提供しているシンガポールやマレーシアから、ミャンマーやカンボジアを切り離す方向で外交を行っています(14)。中国にとって、ミャンマーは中東からの原油パイプラインが通る戦略的要衝であるため、そういう意味でも中国は今回の件で、さらにミャンマーへの関与を深めていくものと考えられます(15)(16)。
去年の一月、ミャンマーの少数民族「ロヒンギャ」(ミャンマーのイスラム系住民)への迫害を国際司法裁判所が糾弾した際、アメリカやEUは国軍の資産凍結などの措置を取りましたが、中国の習近平国家主席がミャンマーの行いに一定の理解を示したことも、中国とミャンマーが接近する原因の一つになりました(17)。

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今後の動向はどうなる?

京都大学東南アジア地域研究研究所の准教授で、『ロヒンギャ危機——「民族浄化」の真相』の著者である中西嘉宏さんは、再び選挙をすれば、またNLDが圧勝する結果になると予想しています。そのため、国軍が総選挙を仕切るならば、NLDの関係者が参加できないように画策するのでは、とも(18)。

1990年に行われた総選挙では、国軍側が選挙結果をみとめず、20年間ほど国軍寄りの暫定政権が続くことになりました。今回のクーデターでも、民政移管後に10年間進めてきた民主化や経済発展が停滞してしまう可能性があるそうです。


——2021年2月8日

(1)"ミャンマー", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-02-07)
(2)朝日新聞「《朝日新聞デジタル》(今さら聞けない世界)ミャンマーってどんな国?国軍の歴史に旧日本軍も影響」2021年2月5日.
(3)Ibid.
(4)Ibid.
(5)"ミャンマー", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-02-07)
(6)中西嘉宏『ロヒンギャ危機』中公新書,2021.
(7)朝日新聞「ミャンマーってどんな国?」2021年2月5日.
(8)日経速報ニュース「ミャンマー軍設置の選管、総選挙の当選証書「無効」」2021年2月6日.
(9)日本経済新聞「ミャンマー軍、正当性演出、憲法根拠に既成事実化、行政立て直しへ主要11閣僚任命。」2021年2月3日.
(10)読売新聞「ミャンマー政変一週間 国軍の不満爆発 NLDと溝 修復不可能に」2021年2月8日.
(11)読売新聞「ミャンマークーデター ASEAN「不介入」貫く」2021年2月5日.
(12)
(13)読売新聞「ミャンマークーデター ASEAN「不介入」貫く」.
(14)読売新聞「ミャンマークーデター 中国も静観続く」2021年2月5日.
(15)読売新聞「[スキャナー]選挙惨敗 国軍焦り ミャンマークーデター」2021年2月2日.
(16)ミャンマー西部チャウピューと中国雲南省を結ぶ天然ガスと原油のパイプラインのことです。朝日新聞「ミャンマー静観する中国 民主化より、安定求める」2021年2月3日より.
(17)読売新聞「ロヒンギャ迫害停止要求 国際司法裁が暫定措置 ミャンマーの対応 焦点」2020年1月24日.
(18)朝日新聞「《朝日新聞デジタル》(今さら聞けない世界)ミャンマーってどんな国?国軍の歴史に旧日本軍も影響」2021年2月5日.

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